イムリミット

「なにか光ってない?」

 最初に気づいたのは、明美だった。

「え?」
「ほら、そのピアス」

 指差したのは、美女丸の耳元。

「本当だ」

 なつきも、美女丸をみる。
 つられてNAOも。

「どうしたんでしょう」
「美女丸さん?」

 当の本人は、なぜか真剣な表情をしていた。

「美女丸?」

 ルイが訝しげに呼んだ。

「何か、あった?」

 しばらく美女丸は、黙って何かを聞いているようだった。
 しかしまもなく、その理由は明らかになった。

「どうやら、オレ達には時間がないようだ」

 開口一番、美女丸はそう言って皆を見渡した。

「どういうこと?」

 なつきが不思議そうに、目をしばたかせる。
 美女丸は、飲めないものを飲むような、苦々しい表情だった。

「24時間後には、学園に戻らなければいけないらしい」
「はあ?」

 明美はそういうと、鼻で笑った。

「何言ってるの。シャルルがいないのに、帰れるわけないじゃん」

 みんなその言葉に同意した。
 しかし、美女丸の表情は変わらなかった。

「・・・ちょっと、本気?」
「オレだって、ふざけるなと思ってる」

 忌々しげに、美女丸は答えた。

「アイツは、どれだけオレ達を馬鹿にしたら気がすむんだ?」
「シャルルがどうかしたの?」

 アンドリューは、おそるおそる、訊いた。

「どうもこうもあるか」

 吐き捨てるようにいって、美女丸は目に険しい光を浮かべる。

「時間が来たら、自動的に学園に戻るように、プログラムしていったのさ。その場に自分がいなくても」
「・・・・なによ、それ」

 なつきは、信じられないといった顔で美女丸をみた。

「ていうか、そういうことは、もっと早く言って欲しいわね」

 美女丸はムッとして、なつきを見返した。

「オレだって知らなかったんだ」
「は? じゃあいつ知ったのよ」
「いまだ」

 わけがわからないというなつきに、ルイが口を開く。

「そのピアス、ね…」

 美女丸は頷いた。

「どうせロクなもんじゃないだろうと思っていたが、予想以上に厄介なものだったな。だからつけたくなかったんだ」
「電話にでもなってるの?」
「ないだろ、それ」

 明美の言葉に、美女丸は皮肉げな眼差しを向ける。

「あいつが、人の話を聞くと思うか?」
「全然」
「言いたい事だけいって、反論は受け付けないと来たもんだ。了見が狭すぎだろ」
「・・・・ごめん」

 アンドリューが、申し訳なさそうに言った。

「なんであんたが謝るのよ、リュー」

 驚く明美に、アンドリューはほほえむ。

「なんとなく。シャルルのことというより、一族の話に思えて」
「あんたは違うわよ。あたしの話もちゃんと聞いてくれるし」
「・・・・ありがと、アッキ」

 しかし、アンドリューはどこか寂しそうな表情をしていた。
 彼にはわかっていた。
 自分も間違いなく、その血を受け継いでいるのだと。
 だから、いまは良くても、この先どうなるのかなんて、わからないのだと。

「でも・・・もしそれが本当なら」

 NAOは、つぶやくようにいった。

「はやく皆と合流しないと、まずいですよね・・・」

 ーーもし、間に合わなかったら?

 そんな言葉が脳裏に浮かんだが、口に出す者はいなかった。

「24時間もあれば、たいていのことは、なんとかなるものよ」

 ルイの腕の中では、ようやく泣き疲れて眠ったマリウスが、すやすやと気持ちよさそうな寝息をたてていた。
 そのぬくもりが、彼女の力になる。

「でも、当てもないのに、どうやってみつけるの?」

 なつきが、冷静な意見を述べた。

「こんなとこ、闇雲に探したって、迷子になるのがオチだわ」

 迷子になった彼女の意見は、説得力があった。

「当ては、ないこともない、かな」

 ルイは、ゆっくりと言った。
 驚く皆の視線の前で、彼女は、何かを思い出すように目を細めた。

「根拠はないけど、彼のもとに連れて行ってくれるんじゃないかって思える場所が、ひとつだけあるの」
「どこだ?!」
「・・・・宇宙船の近くよ」
「いいかもしれないですね」

 NAOが、静かに言った。

「悩んだときは、初心に返る。名探偵だって、推理に行き詰まったときには、犯行現場に戻ります」

 説得力があるような、ないような。しかしこの際、藁にもすがる思いだった。

「よし! 一度、最初に戻ろう」

 美女丸の意見に、反対するものはいなかった。

「でも、どうやって戻るの?」

 明美は不思議そうに訊いたが、その何倍も怪訝な顔で返された。

「どうして、戻れないんだ?」
「だってどうやってきたか、覚えてないもの」
「それはおまえだけだろ」

 ムッとしたような、美女丸の声。

「普通は、来た道は戻れるんだ。いいな、わかったな」

 反論は許さないとでもいうようなその言い方に、明美は、さっきの美女丸の言葉を思い出す。

「了見の狭いのは、美女兄も一緒じゃないの」
「なんだと!? もういっぺん言ってみろ」

 ふたりは戦闘モードに突入した。

「ちょっと、アッキも、美女丸さんも、落ち着いて」

 アンドリューがあいだに入るものの、お互いに譲る気はなかった。

「何度でも言うわよ。美女兄も、十分に独断的だよ。自分勝手だよ」

 明美のなかで、これまでの出来事が、膿のようにたまっていた。

「シャルルも、お兄ちゃんも、美女兄も、みんな自分のことしか考えてないんだよ。周りの人の気持ちなんて、少しも考えてないんだよ。自分がしたいようにしてるだけなんだよ。明美のためとか言いながら、全然あたしの話を聞いてくれないんだよ!!」
「だったら、何も言われないような行動をしろよ。見ていられないようなことばっかりするのは、おまえだろう?! オレだって和矢だって、好きでやってるわけじゃない。言わずにいられないんだ」
「放っておいてよ! あたしが何をしようと、あたしの勝手でしょう?!」
「それができたら、もともとこんなに口を挟んだりしてない!」
「なによそれ」

 明美はだんだん頭に血がのぼり、自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。

「あたしが泣こうが喚こうが、放っておけばいいのよ。みんなあたしを甘やかしすぎなのよ」
「お前がそれ言うか?!」

 美女丸が目をむく。

「お兄ちゃんも美女兄も、あたしを信じてないのよ!!」
「そういう問題じゃないだろ! オレたちはお前が心配で」
「そんなの頼んだ覚えないもん!!!」

 明美は顔を真っ赤にして、涙目で美女丸をにらんだ。

「あたしは! もう心配されるだけの子供じゃないの!! あたしだって心配なの!! 美女兄もお兄ちゃんのことも、シャルルのこともみんなのことも、心配すぎて気が狂いそうなの!! どうしてこんな気持ちにさせるの!? それでどうして、大切だからなんてフザケたこと言えるの?! 大切な人に、こんな苦しみを与えていて、それは気づかないの!?」

 あまりに興奮して、息が乱れる。それでも恨めしそうに美女丸をにらんで、明美は続ける。

「男なんて、皆、馬鹿なのよ。女の前でいい格好したくて、強いフリをして、かばうフリをして、守るフリをして、逃げているだけなのよ。自分の大切な人が、目の前で傷つくのをみたくないから、そんなの耐えられないから、自分が矢面に立とうとするのよ。そして自分が傷ついて、満足するのよ。かばった相手の気持ちなんか、考えないのよ。自分がよければそれでいいのよ。しょせん、強がっているだけのーー」
「いい加減にしたら?」

 静かな声が響いた。アンドリューが、明美の手首を握っていた。
 表情は、いつものようなやさしさを湛えてはいない。

「それ以上言ったら、後悔するから。もうやめなよ」

 言葉は穏やかだったが、口調は、違った。

「君がいま辛いのはわかるけど、でも、それはここにいる誰かのせい? シャルルのせい? 美女丸さんのせい? 和矢さんのせい? それとも、僕のせい?」
「・・・・・・・・・」
「そういうことだよね。いまアッキが言ってたことって。
 …感受性が強い君には、本当にキツイ状況だと思うよ。でも」

 アンドリューは、青灰の瞳に、強い意志を浮かべた。

「どんなに自分がつらくても、他人のせいにしちゃ駄目だ。それは自分の品格を下げる行為だよ。必ず、後悔するから」

 まるでそうだった経験があるように、アンドリューは言った。
 いつでも明るくて優しいアンドリューしか知らなかった明美は、別人のような彼の姿を目の当たりにし、あまりのショックに、それまで自分を支配していた感情が、すーっと静まっていくのを感じた。
 頭が冷えるに従って、明美は自分の言葉の醜さに、吐き気がしてきた。

「・・・ごめんなさい」

 頭を下げる。深く。深く。
 泣いてはいなかった。
 そんな狡さを、自分に許すわけにはいかなかった。
 顔をあげようとしない明美を、アンドリューはじっと見つめた。

「もしシャルルがいたら」

 そういって、明美の頭に触れた。

「きっと、そんなふうに言うのかなって、思ったんだ」

 やさしく撫でながら、アンドリューはそういって、小さく笑った。

「僕じゃ役不足だけれど」

 そんなアンドリューを、うしろから抱きしめる手があった。

「なつきさん?!」
「ううん。ううん。いまのはあなたの言葉だよ。シャルルじゃない。あなたの心が紡いだ言葉なんだよ、リューくん」

 なつきはそういって、ぎゅうっとアンドリューを抱きしめた。
 そのとなりから、違った手が伸びてくる。

「いつのまに、そんなにいい男になったかなあ。リューちゃん」
「ルイさんまで・・・」
「男の子は、ほんといつのまにか大きくなっちゃって」

 NAOは感慨深げにそういうと、彼の肩をそっと抱き寄せた。

「まいったよ」

 ポン、と頭に大きな手がのる。

「・・・美女丸さん」
「お前の方が、よっぽど大人だな」

 苦笑めいたほほえみだったが、細められた目には、まるで成長した我が子に向けられるようなやさしさがあった。

「そんなふうに言われると、僕は…」
「ありがとう、リュー!」

 明美は、ぱっと顔をあげると、力いっぱい彼を抱きしめた。
 気づけば、彼を中心に、自然と輪ができていた。

「あら?」

 ルイは驚いた声を出した。

「ねえ、ほら、笑ってるみたい。マリウス君」

 みれば、いつのまに目を覚ましていたのか、ルイの腕の中でマリウスが、きゃっきゃと楽しそうな声をたてている。

「シャルルが喜んでいるのかな」
「ほんと、そんなふうにみえますね」

 なつきの言葉に、NAOが同意した。

「きっと、大丈夫なんだわ」

 明美が、小さな声で、言った。

「ああ、大丈夫だ」

 美女丸も力強く同意し、アンドリューもほほえんだ。

「うん。僕たちには、天使がついているものね」
「それじゃ、行きましょうか」

 ルイは、マリウスをだきしめて、頬ずりをした。

「一緒に、行こうね」

 タイムリミットは、あと23時間12分だった。










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