「何を考えているのですか」
背後に女の気配がした。
シャルルは目を閉じたまま、答えなかった。
女は再び問う。
「あなたは、なにを、想っているのですか?」
沈黙。
女はふぅとため息のようなものをついて、彼の座っていた椅子の、肘掛に軽く腰掛けた。
「我々が言える立場ではないのを十分承知で言わせてもらいますけれども」
「だったら黙ってろ」
「・・・やっと、答えてくれましたね」
ふ、と唇の笑みを浮かべ、女は続ける。
「あなたのなさろうとしていることは、間違ってると思わなくて?」
わずかに、彼の眉が動いたような気がした。
「マリウス、といったかしら、あの坊や」
冷やかな眼差しは、彼の感情を覆い隠す鎧。けれどもここでは無意味。心の動きは、そのまま波動となって彼女に彼の怒りを伝える。鋭い刃のような冷たい怒り。
「あらあら。冷静沈着な方だと思っていましたが」
しかし、それ以上どんな言葉を紡ごうと、彼の波動が乱れることはなかった。
女は舌を巻く。
「可愛くありませんわよ。貴方。―――話を戻しますけど」
彼女の指が一点を差す。するとそこに、歪んだ映像が映し出され、焦点が合うにつれ、そこに小さな赤ん坊がいることがわかった。
・・・・・・マリウス・・・・・・
思わず引き込まれる。その映像が本物であるかどうかさえわからないというのに。
理性は感情を抑えきれず、青灰の瞳が優しさを湛えていくことを、止められなかった。
オレの、大切な・・・・
「随分甘いのね、この子にだけ」
興味をそそられるのは、仕方の無いことだ。
女はまじまじとシャルルをみつめる。
こんなふうにあからさまに、愛情を示す彼の姿は、彼女にとって意外なものであった。
「そういう眼差しは、好きな女性に向けられるものよ。いくら血の繋がった兄弟でも、しかも同性でありながら、そんなふうに一途に愛したりするものなの」
理解が、できない。
だから知りたくなる。
シャルルは女の写し出す映像に視線を向けたまま、冷やかな口調で答えた。
「人間より精神に近い身でありながら、そんなお粗末な分析しかできないのか。哀れだな」
侮蔑した口調に、女の表情が厳しいものへと変わる。
「何様のつもり、あなた」
「オレは、シャルル・ドゥ・アルディだ」
静かな口調ではあったが、激しい意思が潜んでいた。
彼はゆっくり振り返り、まっすぐに女を見ると、勝ち誇ったような微笑を浮かべた。
「嫉妬とは見苦しいものだね。そんなにオレに興味があるのかい、シャーラ」
瞬間、女を取り囲んでいた雰囲気が一変する。
屈辱と憎悪に波動が乱れ、その嵐は女を取り囲んだ。
「黙りなさい」
シャルルはクッと笑うと、氷のように冷たい眼差しを、女にむけた。
「しゃべらせたのは、君だぜ。これでやっと、静かになるな」
シャーラは湧き上がる怒りをなんとか抑え、黙ってその場を離れた。
彼の余裕が理解できなかった。
自暴自棄になっているわけでもない。
むしろこちらを挑発してくる態度は、冷静な計算ができるからこそ。
「まったく君は・・・・」
妻が立ち去ったのをみて、男は苦笑しながら現れた。
「自分の立場がわかってないのかい」
返答は、無い。
思いの中に沈んでいるのか、彼の視線を捉えることは難しかった。
「もう二度と、仲間のところにも、いや、生まれた星にさえ帰れないんだぞ。少しは感傷とか、ないものかね」
冷たい男だな。
その内心のつぶやきを肯定するかのように、シャルルは小さく笑った。
「あいにく、仲間など持った覚えは無い。帰省本能も持ち合わせてはいないんでね」
「―――帰る場所がない、というのか」
「オレの心配より」
質問を遮り、シャルルは男に冷笑を浴びせ掛ける。
「アンタは、浮気の心配でもしてろよ」
すると男は、あぜんとシャルルを見返したが、次の瞬間、弾けるように笑い出した。
「―――いや、君はなかなか、面白いことを言う。シャーラが、君に惚れたとでも言っていたか」
「言葉が必要かい」
含むような口調で、挑むような眼差しをむけるシャルル。
「馬鹿な話はよしたまえ」
むっとしたように男はシャルルを睨んだ。
「いくら客人でも、妻を侮辱されたら黙っていないぞ」
「へえ」
逆に、余裕のほほ笑みを浮かべるシャルル。
「いまの話、信じたのか。ずいぶん深い夫婦愛だな」
「・・・・・・!!!」
「それとも、オレに盗られるくらい甲斐性が無いのか」
男は完全に怒り心頭し、彼を凄まじい形相で睨んで、去っていった。
そして誰もいなくなった空間で、彼は独り、自嘲気な眼差しを宙にむけた。
『心を操るような真似、もう二度としないでよ!今度したら、絶交だからね』
―――悪いな、リュ―。おまえとの約束、守れなくて・・・
―――――――っ?!
「どうしたの・・・・・」
アンドリューが驚いたようにつぶやいた。
青灰の瞳から、音もなくこぼれ落ちる涙。
彼自身、両手で頬に触れながら、驚いたように立ち尽くした。
「わからない・・・・・・・けれども・・・・・・・・痛いんだ・・・・・・・・ここが」
そういって、心臓を差す。
「なかないで」
なつきの姿に戻っていたが、まだ想いが残っていたのか、そういって「彼女」は「彼」を抱きしめた。
それをみていたアンドリューの胸にも、いいようのない哀しみが押し寄せてきた。
「・・・・・シャルル」
今すぐ、君に会いたいよ―――・・・
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