妻のあげる悲鳴

 ピカッ―――――――――――

 目をあけていられないほどの閃光が突如その城を襲った。
 音はない。ただ光だけが、地獄と天国の境界を思わせるような、凄まじいエネルギーをのせて散らばっている。

「かみなり!?」

 ちょうど夜だった。皆が眠りについて、だれひとり起きていない時間。寝起きの悪い明美を起こしたほど、の光だった。

「にしては音がしないけど・・・」

 いくぶん冷静ななつきだったが、それでも動揺は隠せない。
 寝乱れた髪をかきあげるようにして、窓に近づく動作は素早かった。

「神様降臨?」

 冗談とも本気ともつかない口調でつぶやいて、外の様子を窺う。
 美女丸の姿が見えた。

「ねぇ!どうしたの!!!?」

 その声に気づいて、振り向きながら美女丸が言う。

「いまそれを調べてるところだ」
「手掛かりは」
「あっちの塔から来たように思ったが」

 視線をそちらに向けながら彼は、それでも聞こえるように大きな声で続けた。

「ちょっといってみてくるから、おまえらはそこにいろ。いいな。動くなよ」

 なつきは不満そうな顔をした。

「あたしも気になるわ」

 その後ろから明美も顔を出す。

「美女兄。わたしも気になるーーーー。一緒に行く」
「駄目だ」

 ふたりでムッとにらみ返すと、倍もにらみ返された。

「反省が足りん!自分たちのしたことを忘れたのか。いいから大人しく待ってろ。すぐ戻る」
「だってえ」

 甘え声を出すより先に、美女丸の容赦ない台詞が飛んでくる。

「猫なで声を出しても無駄だ。明美。今度約束を破ったらおまえとはもう二度と口を聞かない。いいな」

 ビクッと明美の肩が震えた。なにもそこまで・・・という気持ちで彼女の肩を抱こうとしたなつきは、けれども彼女がまだあきらめていないことを知った。
 泣きそうに大きく見開かれた瞳が、それでもまっすぐ美女丸に向けられているのをみて。

「破るもん!」

 腹式呼吸ができている、よい声だった。

「反省が足りないのは美女兄でしょう!?いつもいつもいつもそうやってひとりで何でもしようとする。抱え込もうとする。危険にあおうとする。同じ人間なのに、どうして差別するのよ。自分は絶対大丈夫とでも思っているの?だとしたら、それは違うよ。そんなことあるわけないじゃない。心配してくれてるのはよくわかる。でもね、それじゃ待ってるあたしたちはその数百倍も心配しなきゃいけないんだよ。ずるいよ美女兄は。あたしたちのためとかいって、いちばんあたしたちに過酷な試練を与えてさ。自分だけいつもさっさとそうやって」

 そろそろ自分でもなにを言いたいのかわからなくなってきたときだった。下から声がしたのは。

「そうですよ、美女丸さん。明美さんの言うとおりです」

 みれば、息を切らせたNAOが、はぁはぁいいながら美女丸に駆け寄っていくところだった。

「皆で行きましょう?だってそれがいちばんいいじゃないですか。あなたはもう知ってるはずです。大切な人が自分の目の届かない場所で、危険にあっているかもしれないと考える恐怖を。それに耐えることがどれほどつらいのかということを・・・・そうですよね?」

 彼女の言葉を微笑ましそうにきいていたなつきは、行きましょう、と明美の手首をつかんだ。

「ここにいても埒あかないわ」

 明美は素早く頷く。
 階段を降りるとき、やはり同じように出てきたアンドリューに会った。
 三人は微笑をかわす。

「そうこなくっちゃ」

 元気よく言ったアンドリューに、明美はにっこり同意し、なつきはクールな笑みを浮かべた。

「いつも置いてけぼりは、ストレスがたまるわ」

 外に出ると、そこで美女丸とNAOが待っていた。
 美女丸は、まだしぶしぶといった表情をゆるめない。

「オレはまだ、連れてくとは」
「はいはい。その話は後で聞くわ。時間がもったいないから行きましょう」

 なつきがあっさり打ち切って、すたすたと歩き出した。

「おい!」

 怒ったように美女丸が言う。
 そんな彼に、なつきは冷ややかな微笑を返した。

「あなたって傲慢な人ね」

 どこか険悪化してきたムードに、アンドリューが口を挟もうとする。
 彼女はそれを制するように、一歩前へ出た。

「どうしてあなたの言うことを聞かないといけないのか、わたしにはわからないわ。私たちの立場が同等ではないと、あなたが思っているのなら、その理由を教えて下さらないかしら。それともあなたは、皆が自分の命令を聞かないと不愉快になる、どこぞの国の暴君なの」

 すっと美女丸の顔から、赤味が消えていく。
 なつきはそれ以上は続けず、彼の返事を待った。
 沈黙が続く。美女丸は何も、言おうとはしない。
 ただ時間だけが過ぎて、皆が動けずそこにいた。
 NAOは美女丸のほうをみていた。
 なぜ何も言わないのかが気になって。
 ふだんの彼なら、あんな言い方をされて黙っているはずがない。
 それがどんな反応にせよ、なんらかの形で自分の意見を言うはずだ。
 けれどもいまの美女丸は、何か言う気配はまったくなく、ただ何かに耐えるようにじっとそこに立ち尽くしているだけだった。
 やがて、彼はほっと息をつくと、そのまま顔を背けるようにして歩き出した。

「・・・悪かった」

 ぽつり、つぶやくようにそう言って。

「美女兄・・・」
「来たいのなら勝手に来ればいいさ。オレにそれを止める権利はない。――なつきの言う通りだ」

 怒っている様子はなかった。でもそのほうがまだ美女丸らしいのにとNAOは思った。
 こんなふうに切なげな表情をするくらいなら、そんな顔をされるくらいなら、怒ってくれたほうがずっといい。
 いまの彼から感じるのは、ただ静かなかなしみと、息の詰まるような自嘲で、いつもすぐ態度に出る彼が、そんなふうに何も言わずに抱え込もうとする、そのことがとても彼女を心配させた。
 そして、不安にさせた。
 なつきの言葉が彼に影響を与えたということに対して、彼女は自分でも思ってもみないほど、胸がざわめくのを感じずにはいられなかった。
 自分ならあんなことはいえない。
 あんなふうにきついことは、たとえばそれが本当のことだとしても、きっといえないだろう。
 言えば彼を傷つけてしまいそうで、追い詰めてしまいそうで、それが恐くてできない。
 もともと彼女自身、そんなふうに誰にでも遠慮するようなタイプではなかった。
 どちらかといえばむしろ逆で、下に3人も妹がいる環境で育ったせいか、わりとなんでもはっきり言う傾向にある。
 なのに彼に対してだけ、それができない。
 その理由がわからないのに加え、それをいとも簡単にしてしまったなつきに、羨望と紙一重の気持ちを感じている自分に気づいたとき、苛立ちが彼女を襲った。なんなの、これって!?

「―――さん。行かないの、NAOさん」

 はっとして前を見ると、すでに皆が美女丸の後を追っていた。呼んでいるのはアンドリュー。

「行きます!」

 あわてて返事をして、駆け出していく。筋が通らないと納得できない彼女ではあったが、このうやむやな状態を一旦保留にすると、まずは、目の前にある謎の原因究明に努めることにした。

 まあ、そのうちわかるでしょう。

 そう割り切れる彼女は、間違いなくリアリストだろう。





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