彼女は不思議なものが好きである。
図画工作は苦手だが、物作りは好きだった。
簡単なものなら、すぐに作れる。
チョキチョキチョキ―――。
「あっきー、何作ってるの?」
隣にいたなつきが、お弁当を食べながら訊いた。
「さて、なんでしょう」
切るといっても、たいした作業ではない。
「あっきーちゃん、なんではさみ持ってるの」
正面にいた美恵が、笑っていった。
「用意周到なのよ、わたしは」
「そりゃあ初耳だ」
みんなでお弁当を食べていた。いつもの決まった場所は、アルディ学園の講義棟屋上。
「ルイ姉、ひどーい」
「事実をいっただけだよ」
夏に外で弁当をわざわざ食べるのは、考えてみれば不思議なことだった。
けれども彼女達は、常時冷房の効いた部屋にずっといたため、避難するために外へと出たのである。
それで屋上で、ちょうど日陰になる場所をみつけ、そこに輪をつくったというわけだった。
「NAOちゃん、学校には慣れた?」
初対面を思い出して、ルイはニヤッと笑った。NAOはわずかに膨れてみせた。
「どうして笑うんですかぁ」
「いやいや、笑ってないって」
その答えの信憑性は、限りなく薄い。
「そうですねぇ、慣れるには、この学園広すぎって感じです」
いやに真剣な顔でそういう彼女に、他のメンバーは笑い出した。
「素直だぁ、NAOちゃん!でもほんとそう、ちょっと罪だよね、この広すぎる敷地」
「どうせアルディ家の所有なんでしょ?」
から揚げを食べながら美恵がつっこむと、あっきーはアハハと笑った。
「そうだね。でもだから、罪なんだよ。ただでさえ、土地なんて溢れてるのに」
「贅沢って、しなれると、もうそれが贅沢とは思えないんだろうね。自然になってるとこが恐いよ」
ルイがウーロン茶を飲みながらそういった。
このウーロン茶、実は非売品である。
アルディ印のマークが入った缶は、それなりに可愛い。
しかもその成分の中に、夏バテ防止のための栄養が揃えられていた。
そのせいかは定かではないが、アルディの生徒に夏バテで保健センターを訪れる者は、いまのところいなかった。
「で〜きたっ」
嬉しそうにいって、あっきーがそれを前に掲げると、皆がそれに注目した。
最初に美恵がいった。
「なんでセロハンテープ持ってるの?」
彼女はニコッと笑う。
「用意周到だから」
今度はルイは何も言わなかった。できたものをみて、クスッと笑う。
「メビウスの輪だね」
なつきの言葉に、あっきーは嬉しそうに頷いた。
「ちょうどいい大きさだったから」
傍には、割り箸の袋の残骸が切り刻まれた姿を晒していた。
それにチラリと目をやりさくらが一言。
「医者になったら、マッドサイエンティストの素質あるかも。切り刻み方が、すごい」
冷や汗をたらしつつ、あっきーは苦笑いする。
「不器用なのよ、あたし。でも医者はドクターだから、マッド・ドクター?」
「狂った医者も科学者もいらないよ」
冷静なルイの感想に、皆が頷きあった。
「どちらにせよ、医者は無理。手術中に気絶する自信があるわ」
そんな自信、あっても何の役にも立つわけがない。
「けど理事長の傍にいたいんなら、腕のぶつ切りのひとつやふたつ、料理できないとね」
なにげに美恵が物騒なことをいう。
「う・・・・痛いところを」
「大丈夫よ。他の動物と思えばなんてことないわ。牛や豚と同じじゃん」
「美恵リンはできる?」
尋ね返されて、美恵は言葉につまる。が、ものの5秒もしないうちに口を開いた。
「あたしはいいのよ。和矢はそんな変なことさせないもん」
この言葉に、残り大勢がピクッと反応した。
「なんですって?」
「美恵ちゃん!そりゃあシャルルは腕のぶつ切りくらい平気でするけど、別に好んでしてるわけじゃないわよ!」
「そうよ。変なことなんて、失礼な」
「そりゃあ彼は少し人とは違うけど」
「かなり人とはズレてるけど」
「すごいおかしいところあるけど」
もはやフォローになってるんだか、なってないんだか、わからない。
「でも彼は彼なりに一生懸命なのよ」
怒涛の理事長ファンの攻撃にあって、美恵は自分の迂闊さを後悔した。
さくらだけはその攻撃に混ざっていなかった。
その様子をみて、これから気をつけようと、教訓を得る。
彼もかなり興味深い分析の対象ではあったけれど、彼女は理事長にそれほどの興味を覚えることができなかった。
その理由は、彼女自身、よくわかっていない。
なおも理事長について力説を続ける彼女達だったが、なつきはそんとき、ぽろっと何かが下に落ちたのに気づいた。
それを拾い上げる。それは先ほどあっきーが割り箸の袋で作ったメビウスの輪だった。
なにげなくそれをみつめた。
裏だと思っていたらいつの間にか表になっている。
それがメビウスの輪。
もしそれが地球より巨大で、あるいは宇宙より無限だったら、人は気づかないうちに運命という名のメビウスの輪の上を走り続けているのかもしれない。そんなことをぼんやり考えた。
だとすれば人の心もまた同じ。
はじめて会ったときの理事長の印象は、あまりに鮮烈だった。
その美貌が?
いや違う。たしかにそれは彼の一部だったけれど
逆を言えば、それは彼の一部に過ぎなかった。
なぜ目を奪われたのか。
吸い寄せられた瞳がみたのは、決して華やかさではなくて、もっと透徹した何か。
彼を覆っていた独特の雰囲気が、彼女に興味を抱かせた。
好き、なのだと思う。
こんなにも気になる存在は、いまだかつてなかったから。
けれども恋愛ゴッコをする気にはなれなかった。
彼との恋は刺激的かもしれないけれど、それだけを望むには、彼はあまりに圧倒的過ぎた。
もっと深くまで関わりたい。恋愛と言う甘さ抜きでも、彼という存在は刺激的だ。
だから最初に言った言葉に繋がる。共犯者になりたいと。
なつきは最大のライバルをみつけたと思った。
人生のライバル、カノンのように絡みあえたら、どんなにか甘美なことか。
「アんヴェるス・・・」
そのつぶやきを、隣にいたあっきーがつかまえた。
「ん?どういう意味?」
「・・・反対、逆」
「ああ、メビウスの輪、拾ってくれたんだ」
彼女はそれを持ち主へと返しながら
「なんでそんなものを?」
意味を知りたくて、尋ねた。あっきーはいたずらっぽく笑う。
「矛盾の象徴だと思わない?」
「・・・彼のこと、かな」
「それもある。でももっと広く大きく。たとえば宇宙」
彼女はまぶしそうに太陽の方をみつめた。
「宇宙の中に私たちはいるけど、案外私たちは宇宙を抱いている、とかね」
見つめているつもりが、みつめられている。
守っているはずなのに、守られている。
誰の中にも宇宙は存在する
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