性の女の誘惑?

 まぶしい光がその部屋をみたした。
 美恵はゆっくり瞼を持ち上げた。
 頭の中がすっきりしている。
 気分は、悪くない。
 まっさきに目に入ったのは、少し驚いたような黒い瞳だった。
 それがだれなのかを理解するのに、少しだけ時間がかかった。
 あ・・・。

「――おはよう」

 朝の挨拶をした。
 彼はゆっくりと表情をやわらげた。

「おはよう。気分はどう」
「平気。大丈夫よ」

 苦笑した顔も、優しい。

「もういいよ。その台詞は。君の大丈夫は当てにならない」
「ひど」

 言いかけて、実際倒れた事を思い出した。
 バツが悪い。
 それでほんの少し視線をそらすと、その横にいつもと変わらず冷ややかな表情の彼をみつけた。
 一気に、目が覚めた。

「シャルル!?」

 え、なんで、ちょっと待って。うそ・・・。
 あまりに意外そうな顔をされて、シャルルはわずかにむっとする。

「なんだ、その顔は」

 けれども、彼女にしてみれば、それはごく当然の反応だった。

「だって、いつこっちに。っていうか、その前にいま朝だよ?」

 その返答に、ますます不愉快さを増す彼だった。

「あいにく、オレは吸血鬼じゃない」

 本当!?
 と、いいそうになった彼女だったが、なんとか喉で止める事に成功した。
 さすがに、それは失礼だ。
 横で和矢が笑ってフォローする。

「ずっと、一緒につきそってくれたんだ。医者として」

 最後のセンテンスに妙なアクセントがあって、シャルルの口調を真似ているのだとわかった。
 クスクス。笑い出す。その様子がリアルに想像できて。
 そのとき、シャルルが腕が伸びてきて、額に当てられた。
 思わずドキッとした。
 わずかに伏せられた眼差しが、妙に色っぽくて、医者に診断されているよりは、むしろ・・・。
 きゃあっ。

「・・・なんだ」

 突然奇声をあげた彼女に、シャルルは訝しげな眼差しを向ける。

「な、な、なんでもないっ」

 まさかいえはしない。
 その先を想像して、などと・・・。
 もう!何考えてるのよ!ここには和矢がいるのに!
 厳しく(?)自分をしかって、彼女はその目を和矢に向けた。
 さっきの言葉を思い出す。

「ずっと・・・いてくれたの?」

 ニコッと和矢が笑う。

「熱がさがったようで、良かった」
「和矢・・・」

 彼女の脈をはかりながら、シャルルが皮肉げにいった。

「言ったろ。たいしたことはないと。心配性のカズヤ君」
「とかいいつつ、結局朝までつきあってくれた、心配性のシャルル先生」

 いやな顔で振り向くシャルル。

「・・・なんだ」
「もう、大丈夫みたい?」

 1分脈を測り終えて、彼はほっと息をついた。
 皮肉げな笑みを浮かべる。

「そうだな。無理をしなけりゃ、百までは生きるんじゃないか」

 げ、と彼女が顔をしかめた。

「なんてこというのよ」

 おや、とシャルルが眉をあげる。

「長生きが嬉しくないわけか」
「だからって、百歳を思わず想像しちゃったじゃない」

 クックッと和矢が笑い出した。

「すっかり元気みたいだな、美恵ちゃん」

 それでぱっと美恵の顔が赤くなった。

「まったくだ」

 シャルルはほっと息をつき、参ったというように首を振る。

「その調子じゃ、もう大丈夫だろ。せいぜい風邪をひかないように、もう一度着替えるんだな」

 その言葉に美恵は、自分が一度着替えさせられていることに気づいた。
 服が、違う。
 え。
 え?
 ええっ!?
 ぼっとユダたこのような顔になった美恵を冷ややかに一瞥すると、シャルルは立ちあがる。

「あら・・・起きたの」

 そのときちょうどよく、ティナが姿をみせた。

「朝ご飯の準備ができたから、一応呼びに来たんだけれど、・・・・今朝は無理にでも食べてもらうからね、お兄ちゃん」

 昨夜のことを根に持ってるらしい。
 和矢は苦笑する。

「ここにもってきてもらえると嬉しいんだけど・・・っていったら、怒る?」

 なんですって!?
 一瞬ティナの目が大きく見開かれたが、申し訳なさそうな顔をする美恵に気づいて、妥協することにした。

「いいわよ・・・・ついでにそちらの貴女は、どうするの」

 冷ややかに尋ねる。シャルルはその部屋を出ようとしていて、視線だけを流した。

「いらない。それよりも・・・・あいている部屋を貸してくれ」

 不審げな表情をするティナに、和矢が付け足すように言う。

「ああ、仮眠を取りたいんだと思うよ。ずっと起きてたみたいだったから」

 ふぅん、とティナが興味なさそうにつぶやいた。

「だったら、あたしの部屋使えば。片付けてきちゃったけれど」

 一瞬、間を置くシャルル。

「他に部屋は?」
「カルアとキルトの部屋があるけど」
「だったら、そちらを貸してくれ」
「・・・・・・・」

 シャルルにしては当たり前の事でも、彼女にしてみればそうではない。
 まじまじと彼を、いや、彼女をみつめて、ティナは信じられないといった顔をした。

「見ず知らずの男の部屋で寝る気なの?あなたいったい何考えてるのよ!?」

 シャルルはその言葉を一笑する。

「見ず知らずの女の部屋よりはマシなんでね」

 いいながら、和矢に視線を流して、意味ありげにほほえんだ。

「彼と一緒がいちばんマシといいたいところだけど」

 ますます青ざめるティナに、シャルルはふっと笑って背を向ける。

「とりあえずは、あなたの部屋以外ならどこでもいいさ」

 そして、わざと挑発めいた言い方をして、その部屋を出て行った。
 残されて、真っ赤な顔をして怒るティナ。

「なんなのよ、あの女!!ちょっとお兄ちゃん!あの人誰よ!?昨夜から、えっらそうにあたしに指図して、すっごい腹立つ〜〜〜!!!」

 それが本当に心底頭にきているといった様子だったので、和矢はあわててフォローした。

「や、あいつは、素直じゃないだけで、本当は」

 だがその態度が、ますます火に油を注ぐ。

「何よ。お兄ちゃんはあの女を庇うの!?そりゃあ綺麗なのは認めるわ、けど性格がサイテーよ。おまけに何よ、あの言葉遣い。いい、騙されちゃダメだからね」

 あっけにとられる和矢の手を、ぎゅっと握りしめてその目をみつめる。

「絶対お兄ちゃんに気があるのよ。そうに決まってるわ。ほんとに、あんな節操のない女に騙されないでよ。ああ、まさかカルアやキルトにまで手を出そうってんじゃないでしょうね。魔性の女め」

 あまりに暴走しすぎるその思考についていけず、和矢はぽかんとしてティナの言葉をきいていた。
 彼女はすっかりシャルル=魔性の女説を信じているようで、キラッとその目を光らせると、今度は美恵の手を両手で握りしめる。

「美恵さんっ!!」
「は、はい・・・」
「いままで悪かったわ。あたしちょっとあなたに意地悪だったわね。でも昨日のあなたをみてて、お兄ちゃんを本気で好きなんだってわかった。だから、あなたをお姉さんと呼ぶ事にするわ」

 美恵はビックリする。
 ティナは力強く頷くと、その手に力をこめた。

「だから、お姉さん。あの女の手からお兄ちゃんを一緒に守りましょう!」
「え・・・・」

 ティナに認められたのは嬉しかったが、話の方向が微妙にそれているような気がする。
 思わず和矢の方を向くと、彼は降参のポーズをしていた。
 たしかに、いろいろ誤解は多そうだ。

「そうと決まれば、いま、朝食を運んでくるわね。ちょっと待ってて」

 何もいえずにいる美恵に、ニコッと笑ってティナは立ち上がると、キッチンへ戻っていった。
 残される二人。
 同時に漏れるため息。

「さすが、ピーターの妹だな。あの思い込みの激しさは」

 ぽつりつぶやいた和矢に、美恵は深く頷いた。

「はじめて彼にあったときを思い出したよ。魔女って誤解して」
「シャルルもシャルルだ。もう少し友好的な態度は取れないもんかね・・・」

 美恵は不思議そうな顔をする。

「あの子、シャルルを女だって誤解してるみたいだったけど、なんで訂正しないの?」

 ふっと和矢の瞳が揺れて、そういえば、と彼女にまだいっていないことを思い出した。
 もともと、彼女の代理になれるようにと、はじまった彼の女装。
 その必要が消えれば、無理に女でいる必要はないはずだ。
 それで、美恵にそれについて口を開こうとした和矢だったが、

「・・・・・・ん、あとで話す」

 いまはやめておこうと思った。
 まずは彼女の回復が先だ。
 いまは余計なことを考えて欲しくない。

「おまたせ」

 そこにちょうどティナが朝食を運んできた。

「おはようございます。気分はいかがですか」

 カルアも一緒に姿をみせる。
 あら、とティナは振り返って、そこにキルトの姿がないのに気づいた。

「キルトは?」

 何を言ってるの、とカルアが首を傾げる。

「あいつがこんな時間に起きるわけないじゃない。部屋で寝てるよ」

 ティナの顔色が変わる。

「あの女は!?」
「ああ」

 笑って、カルアは答えた。

「彼女、部屋に来て、まだ彼が寝ているのに気づくと、その辺に腰掛けて眠っちゃったよ。軽く腕を組むようにして・・・」
「・・・・・・・なにか、言ってた?」
「別に。ただ、部屋を貸して欲しいとだけ」

 カルアは先程のやり取りを思い出して、小さく笑う。

「昨夜とはずいぶん印象が違ったな。もっと女性らしい人だと思ったけど、口調は冷たくて、言葉遣いはまるで男みたいで」

 美恵と和矢は顔を見合す。
 その前でカルアはどこか嬉しそうに笑うと、

「おまけにすっごい綺麗で。オレ、タイプだな、ああいう人って」

 その目にいつになく甘い光を浮かべた。

「すっげぇ、好き」

 そして言葉もない3人を残して、口笛を吹きながら、ご飯を食べにいってしまった。
 和矢も美恵も、恐くてティナに声をかけれなかった。
 彼女は怒りのあまり声もなく、いや、彼女が怒る理由はないのだが、そういうふうに割り切れないのが感情というもので、無言のまま立ち上がると、バタンとドアをしめて出て行った。
 残されたふたりの脳裏に、さっきのティナの言葉が思い出される。
 ・・・魔性の女?
 それはもしかするとあながち間違いではないのかもしれなかった。

 (・・・いや、男だけど(笑))





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