か現か,はたまた…

 光。夜。海。
 そんなものが無秩序にそこにあって、それがあまりにめちゃくちゃだったから、これは夢なのだとわかった。
 からだが軽い。羽根の生えたように。
 けれどもそれはあながち嘘ではなかった。
 少し蹴れば、本当にふわりと浮く。

「わ」

 ぷかんと浮いた。
 まるで雲のように。

「わ。わ。わ。」

 けれどもコントロールする方法を知らなくて、ただぷかぷか浮いていた。
 そのとき海がわれた。
 滝が向かい合うようにそこに生まれて、その奥は暗かった。
 ちょうど真上に来て、興味本位でのぞいてみると、そこに良く知った顔があった。

「ローズ!」

 思った瞬間声は出ていた。
 彼女は迷いも見せずにその中へ、暗くて何も見えないその中へと入っていく。

「駄目だよ。そっちは!!!」

 ふ、とローズが振り向いた。
 けれども声が聞こえたわけではない。

「え・・・」

 そこにいたのは和矢だった。
 いや、あるいはピーターか。
 見分けがつかない。
 最初からみわけることが困難なほどふたりは似ていた。

「――――来るなっ」

 ローズが叫んだ。
 彼はあの笑顔で首を振る。
 待ってて。
 いまそっちに行くから。
 そんなふうな顔をして優しく笑う。
 彼女を安心させるかのように。

「やだっ、いっちゃやだっ、和矢!!!!」

 ―――本当にそれは和矢?それともピーター?
 …誰にもわからない。
 ふと、手に感触があった。
 がっしりとした。
 彼女はゆっくり地上へと降りる。
 意識が薄れて、そして・・・・・








「美恵ちゃん?」

 目の前にいたのは、本物の和矢だった。
 ガバッと起き上がって、しばらく焦点の合わない視線を彷徨わせた。
 喉が渇いて苦しい。

「かず・・・や・・・・」

 汗ばんだ額に手をあてながら、美恵は夢と現実の狭間にいる。

「和矢。駄目だよ。どこにも行かないで。約束してよ、じゃないと、あたし・・・」

 覚醒という名の制御はまだ回復しない。
 ぽろりと涙がこぼれた。
 和矢は驚いた顔をして彼女をみたけれど、握っていた手に、さらに力をこめた。
 彼はずっとそうしていた。彼女が夢の中でひとりで寂しくないようにと。
 夕食を断ったのも、目覚めた時にひとりだったら、かなしい思いをするからという理由。

「大丈夫だよ」

 安心させるように優しい声で囁いた。

「どこにもいかない。約束するよ、ここにいるから。君を守るから。だから安心してお休み―――」

 美恵はぼんやりとその声を追う。

「うん・・・・」

 ふぅっと目を閉じる。顔がさっきより赤かった。熱が上がっているのがわかる。
 和矢は自分のことのように苦しげに眉をよせると、はっと手にしていた錠剤に気づいて立ち上がった。

「ちょっと待ってて」

 彼女にその声は届かない。けれども彼はあっという間に出て行き、あっという間に戻ってきた。
 きれいなコップに透明な水が揺れている。

「・・・・・・」

 すでに眠ってしまっていて美恵に、和矢は自分で水を飲み、その薬を含むと、そのまま彼女へと飲ませた。
 ゴクンと喉が震える。
 濡れたくちびるをふいてあげると、再び彼は眠り始めた彼女を、いままでと同じようにそっと、みつめていた。
 繋いだ手からぬくもりが伝わる。
 せめて彼女がいい夢をみらせますようにと。
 その手を額にあてるようにして、祈った。




 ノックが2回。

「入るぞ」
「・・・シャルル」
「様子は?」
「さっき一度目をさまして、でもうわごとみたいのを言っただけで、またすぐ眠っちまった・・・無意識って感じたったな」
「そうか」

 いいながら、額に手を当てる。
 熱が先程よりあがっているのがわかった。
 わずかに、頬を歪める。
 ふだん元気な人間ほど、こういうときは痛々しい。

「薬は?」
「ん。そのとき飲ませといた」
「だったら心配ないだろう。これから更に汗をかくだろうから、ティナに取り替えさせるといい」
「ああ。そうだな…」

 なにげなく返事をして、あれ、とシャルルを振り仰いだ。

「彼女に会ったの?」

 なぜかいやな顔をするシャルル。

「まあね」

 それに気づかず、和矢はのんきに笑う。

「可愛いよな。オレ、本当の兄貴みたいな気分になってくるよ」
「・・・気楽なヤツだ」

 ほっと息をついて、降参のポーズをとった。
 皮肉げなほほえみは、ある種の尊敬をこめて。

「それよりは、あのポポとモモという生物に興味があるね。ぜひ解剖してみたい」

 げ、と和矢がいやそうな顔をする。

「おまえがいうとシャレにならないぞ」
「当たり前だ。本気なんだからな」

 しゃあしゃあと返して、ニヤリと笑った。

「二匹いるんだから、一匹くらいは問題ないだろ」
「そんなわけあるか!!」

 冷や汗をかきながら、和矢は説得を試みた。

「おい。仮にも匹なんて単位で呼ぶなよ。この家の住人なんだから。解剖なんてもっての他だぞ」
「おやおや。君はいつから本物のピーターになったんだい。気を使いすぎるカズヤ君」

 その言葉に、和矢は皮肉げな笑みをシャルルに向ける。

「おまえが気を使わなすぎるから、オレがお前の分まで使ってやってるんだ。感謝してくれよ」

 シャルルは薄く笑った。

「女でいる間は、君よりオレの方がよほど気苦労が多いぜ。なんなら変わってやろうか」

 それで返す言葉をなくしたのは、和矢の方だった。
 一瞬あぜんとし、次に参ったと首を振る。
 ため息。

「・・・悪いな」
「こうなったら、君の意見を聞くとしよう、お兄様」

 からかうようにいって、シャルルは部屋を出ながら肩越しに振り向いた。

「どうやら君の妹と一緒に寝る事になりそうなんでね。部屋が余ってないのと、女同志だから別にいいでしょ、という理由らしい。たしかに正当な理由だからな、一応断らないでおいた。致命的なのは」

 そういってニヤッと笑う。それはとてもシャルルらしい、冷ややかで辛辣で、どこか甘さを含んだほほえみだった。

「オレが女じゃないということだけだな」



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