惑の続き

「え〜〜〜!?」

 朝ご飯の準備をしながら明かされた彼女の計画に、大声があがった。

「だって、本当にお兄ちゃんそのものなんだもん。確かめないと納得できないわ」

 そういってトーストを焼いていた明美は、隣でハムエッグを作っていたなつきに声をかけた。

「悪くないと思わない?」

 なつきは、火加減を調節しながら、口だけを動かす。

「確かめたい気持ちは同じだけど、方法がちょっと、問題あるんじゃないかしら」
「そうかなぁ。これがいちばん確実だと思うんだけど」

 NAOが、顔を赤らめながらいう。

「あの、もし、その、人違いだったら、どうするんでしょう…」

 明美は顔に似合わず豪快に笑った。

「そんときゃ、そんときよ」

 それはもはや計画ではない。なつきは苦笑する。

「そうもいえないんじゃないの。仮にも夜這いしようって人間が」
「やだわぁ。そんな人聞きの悪い。だれがだれを襲うのよ」

 あはははと笑って、明美はバターとジャムを用意しながらいった。

「ただ、彼のスリーサイズを、夜中こっそり測ろうってだけじゃない」
「あの・・明美さん。別に直接本人に頼めばいいんじゃないでしょうか」
「それじゃスリルがないわ」

 す、すり、すりる?
 目をしぱしぱさせたNAOに、明美はニヤリと企みの笑みを浮かべた。

「あたしねー、ここにきてすごい暇なのよ。シャルルもいないし、つまんないったら。ここらでひとつ遊ばないと、気が狂っちゃうのよぉ」

 なんともすごい理由である。

「じゃあ、本当の理由は、それってわけ?」

 呆れた声を出したなつきに、明美はにこっと天使のほほえみを浮かべた。

「ま、詳細は気にしないで。大事なのは、行うことよ」
「そう・・・なのかしら」
「あ、すごい美味しそう。なつきさんってば、料理の才能あるわ」

 あたしも、シャルルがいたら頑張るんだけどねぇ。
 のんきにつぶやいて、できたてのハムエッグをみつめた。

「じゃ、みんなのこと、呼んでくるね」

 そういってあっという間にキッチンを出て行った明美は、酒にまみれた美女丸とピーターに会うことになる。






「ちゃーんすっ」

 内心でそう叫んで、明美はメジャーをもってピーターに近づいた。
 たしかに夜に部屋を訪れるのはさすがにまずいかもしれない、と思いなおしたのだ。
 なにしろ嫁入り前のからだである。シャルルに嫁ぐまでは、身も心も綺麗にしておかなくては、と、ひとり固く心に誓う、なかなか淑女の明美嬢である。

「お、明美、メシできたのか」

 ピーターの後ろからきた美女丸と、目が合った。

「うん。軽いけどね。ちゃんと美女兄のはご飯を炊いといたよ。昨夜ね」
「へぇ、気が効くじゃん。サンキュ」
「あ。あたしじゃないの」

 その準備をしたのは、NAOだった。
 それを伝えると、美女丸は、へぇ、ともう一度つぶやくと、じゃ、伝えといてと軽く言う。

「もう、わかってないなぁ」

 そうぶつぶつつぶやいた明美だったが、鼻をつく酒の匂いに、うっと顔をしかめた。
 はっきりいって、かなり強い。

「これ、すごい匂いなんだけど、何やってたの」

 まさか樽ごとぶちまけられたとは思わないだろう。
 美女丸は苦笑しながら、張り付いていたシャツを脱ぐと、明美に渡した。

「悪い。洗っといて」

 こういうところが男である。明美は汚いものでもつまむように、指の先でそれをつまんだ。

「おい」

 むっとしたような美女丸の声。

「別に掃き溜めに落ちたわけじゃないぜ」
「当たり前じゃない。そんなのよこさないでよ」

 だいいちなんで、あたしが美女兄の服を洗濯するのよ。
 そういうと、美女丸は驚いたように言った。

「たまたま通りかかったから」

 その答えに、今度は明美がむっとする。

「じゃあ、他の人だったら、その人に頼んだわけ」

 美女丸はわずかに考える。

「いや、そうそう他人には頼めないだろ、悪くって」
「じゃああたしはなんなのよ!?」
「妹みたいなもんだろ」

 返答に詰まる明美だった。
 彼女はしぶしぶといって感じでそれを受け取ると、わかったわよぉとつぶやいて、ついでに、と手を出した。

「あっちの人のももらってきてよ。ひとつもふたつも同じだわ」
「お。サンキュ。まってろ」

 バスルームの中に姿を消して、すぐに戻ってきた。

「悪いな」

 アルコールの匂いが倍増する。

「じゃ、頼んだ。適当に乾しといてくれていいからさ」

 そういって再びバスルームへ入っていこうとする美女丸の腕を、明美はあわてて掴んだ。

「何だ?」

 不思議そうに振り返った美女丸に、にっこり笑顔。

「ねぇ、美女兄。ギブ・アンド・テイクって言葉を知ってるわよね。だれもただでやるとはいってないわよ」

 美女丸は大きくため息をつく。

「なんだいったい」
「ピーターの、スリーサイズを測ってきてよ」
「はぁ!?」

 何を言ってるんだと顔をしかめた美女丸に、明美はもっていたメジャーを押し付けた。

「本当は、あたしが直接測ろうと思ったんだけど、美女兄に頼むわ。ちゃんと裸で測ってよね」

 事の展開についていけない。

「なんで、オレが、あいつのサイズを測んなきゃならないんだ」

 誠にごもっともの質問をする。

「だって、あたしがいま中に入っていったら、まずいでしょ?」
「当たり前だ!!」

 怒鳴りつけられて、明美はいやぁな顔をした。

「それくらいの常識はあるわよ、あたしにだって」

 ・・・夜這いの話はおいておくとして。

「だから、美女兄に頼むんじゃない。いやなら、あたしが測るわよ?」

 美女丸は目をむく。

「それのどこが頼みなんだ。脅迫だろ」

 いったい和矢はどんな教育をしてるんだ!?

「だいたい理由がわからんな。あいつのサイズを測って、服でも作るつもりか」
「確かめるためよ」
「・・・何を」
「だって本当にあれはお兄ちゃんじゃないの?どうみたって、どう観察したって、お兄ちゃんじゃない。測ればはっきりするわ。ほんとに自分をピーターだと思い込んでいたって、からだのパーツまでは嘘つけないもの。あたしはね、はっきりさせたいのよ」

 どこかのだれかと似たようなこという彼女に、美女丸は何も言い返せなかった。
 参ったと、息をつく。右手でぬれた髪をかきあげて、苦笑混じりにつぶやいた。

「あいつは和矢じゃない・・・・オレが確かめた」
「脱がせたのぉ!?―――――痛っ」

 ゴンと拳を頭に上に落とされて、明美は恨めしそうににらんだ。

「何すんのよ」
「品性を疑われるぞ」
「だってふたりともずぶ濡れだし・・・」

 疑わしそうな視線を向けた明美に、美女丸は再び拳を落とした。

「ちょっと!馬鹿になったらどうすんのよ!!」
「それは大丈夫だろ。それ以上どういじっても、おかしくなりようがない」
「なんですってぇ!?」
「とにかく、だ。あいつはおまえの兄貴じゃないよ。オレが保証する」
「美女兄の保証なんてどうでもいいわよ。それより、約束だからね!」
「わかったわかった。おまえがそれで満足なら、頼んでみるよ」

 不本意ながら、美女丸は頷く。さもなくば、本気で彼女が彼を脱がせそうでこわかった。

「じゃあな。くれぐれも品位を保ってくれよ。ピーターに不躾な質問をするのだけはやめろよ。教育を疑われかねん」
「しないわよ、そんなこと。あたしを何だと思ってるのよ」

 クッと笑って美女丸は、明美の頭にぽんと手をのせた。

「親友の妹」
「大切な、を付け忘れてない?」
「じゃ、付けといてくれ」

 軽く応じると、そのままバスルームへ入っていった。
 残る、酒まみれの服が2着。
 明美は鼻をつまみながら、それをさっさと洗おうと外に出た。
 近くに川が流れているのを、先日探索したときに、見つけたのである。
 朝が心地よく広がっていた。
 風が、気持ちいい。

「あれ、明美さん、どうしたんですか?」

 外の空気を吸いに出ていたNAOが、明美をみつけて声をかけた。

「ん。洗い物を頼まれちゃって」
「うわ。すごいアルコール…」

 そこへルイが姿をみせる。

「あら、明美ちゃん。ご苦労様」
「ルイさん、知ってるの?この匂いのもと」

 彼女はいたずらっぽく笑うと、自分を指した。
 ふたりとも、同時に叫ぶ。

「ええっ!?」
「悪ガキどもに、少しお灸を、ね」

 ウインクした彼女に、明美はなるほど、と納得した。
 どうりで理由を言いたがらなかったわけだ。
 それにしても、悪ガキって・・・。
 笑いがこみあげてくる。
 それはNAOにしても同じらしく、ふたりはそれほど間をおかずに笑い出した。
 天下の風紀委員長も形無しだ。

「男の子って、いいわねぇ・・・」

 そんなつぶやきが、ふたりの耳に届く。

「幾つになっても変わらない。ここんところに、少年が住んでいるのね、きっと」

 そういって、胸を指した。そこにあるのは、なんだろう。
 NAOが眩しそうに目を細めた。

「女の人より男の人の方が自由って感じしますよね。何にも縛られないって意味で」

 明美がクスッと笑う。

「ずいぶんと意味ありげな発言ね、NAOさん」
「ほぉんと。でも」

 ルイがその言葉を引き継いで、意味ありげにほほえんだ。

「縛られるのも、案外悪くはないのかも。たとえば女は恋に生きるって、昔からいうじゃない」

 その言葉に思い浮かべたひとりの男性。
 たぶんみなが同じ人を、思い浮かべたのだろう。
 そして各々、納得した。
 たしかに、縛られるのも悪くないと思えた。
 たったひとりのひとをみつめていたい。
 それだけで何にも変え難い幸せを、ひょっこり得られたりするのだから、本当に恋とは厄介なものである。




≫BACK