景品和矢は綺麗にリボンがけされ、たりはしなかった。
そこまで男としてのプライドを落とされては、さすがに困る。
彼は無理やり貴賓席へと連れて行かれると、逃げ出さないように両脇にしっかり護衛をつけられ、そこから競技の様子を見守ることとなった。
はっきりいって、不機嫌も限界に達している。
彼は自分を他人の意志で動かされている現状に、ものすごく苛立ちを募らせているのである。
「君たちは、なんで彼女の言いなりなんだ」
愚痴をこぼすと、右側にいた護衛その一が、ジロリ、和矢をにらんだ。
「おまえこそ、いい加減ローズ様の言うことを聞いて、彼女と結婚しろよ」
同感とばかりに、左側にいた護衛その二が、大きく頷いてみせる。
「まったくだ。そうすりゃ万事、上手くいくのさ」
和矢は不満げな息をもらす。
「オレの意志はどうでもいいわけかい。彼女の気持ちはわかるとして、好きになった人間が自分を好きになるとは限らないって、その年でわからないこともないだろ」
口調が冷たくなるのは、状況を考えれば致し方ない。
けれども護衛たちは、お互い顔を見合わせると、あっはっはと馬鹿にしたように笑った。
「ガキが、生意気な口、聞きやがるぜ、なぁ、相棒よ」
「まったくだ」
どうやらそれは、護衛その二の口癖らしい。
「坊や、笑わせるんじゃないぜ。惚れた腫れたと騒ぐのは、お子様だけだ」
明らかに侮辱されて、和矢はカッとなる。だがそれより早く、護衛その一が口を開いた。
「身分が違うんだよ。おまえが誰を好きだろうと、そんなことは問題にはならん。いいか、よくきけよ坊や、いま大切なのは、ローズ様の夫が決まって国が安定すること、何より後継ぎが誕生することだ。あの花が枯れる前にローズ様が子を成さなけりゃ、この国は滅びちまうんだからな」
「国が、滅びる?」
思わず聞き返した和矢を、ふたりは同時にジロっと睨んだ。
「なんだおまえ、知らないなんていうなよ」
和矢は返答につまる。それはこの国では当たり前のことなのだろうか。だとすれば、余計なことを聞いては怪しまれてしまう。
「勿論知ってるけど、さ、改めて言葉にされると・・・」
ごまかすようにいった和矢の言葉を、ふたりは素直に信じたようだった。
「まったくだな。俺たちも一概には信じられんからな。だが単なるお伽話でもあるまい。実際滅びた国があるくらいだ」
「隣国の王女は、からだが弱くて、後継ぎを残す前に死んじまったらしい。それで移民が流れてきて、おまえんところにもふたりいるだろ」
話を向けられて、和矢は頷きながら考えた。カルアとキルトのことだろうか。
「あいつらはまだマシさ。ちゃんと暮らしてる。だが引き取り手のなかった子供達は、いまでも森の中で暮らしてるんだろうよ。そう思うと、不憫でならねぇ」
「こっちも、そんなに裕福なわけじゃないから、全員引き取るのは無理だしな。仕方ねぇとはいえ」
「みてて気持ちいいもんじゃ、ねぇよなぁ…」
和矢には初めて聞く話ばかりだった。
ローズが子を成さないと、国が滅ぶ?
あの花って、何の花だ?
既に滅んだ国がある?
その生き残りがカルアとキルト?
ではピーターは、それを知って引き取っていたのだろうか。
そしてだからこそ、ローズを拒むことができなかったのだろうか。
あの約束は、彼の精一杯の譲歩だったのだろうか。
好きな相手が見つかれば、彼女と婚姻はしないと。
逆に、みつからなければ、自分がこの国の柱の一本になると?
それはきっと、ギリギリの決断だったに違いない。
ローズの人生の共犯者になること、もし単なる優しさでそれを引き受ければ、偽りの人生を歩むことは必須。自分自身はもちろんのこと、彼女自身を、騙し続けるという意味においてだ。
いくらそれを承知で彼女が契約したとはいっても、彼女がピーターに契約以上の気持ちを抱いているのは、一目瞭然である。
それを知って結婚したなら、彼は彼女の気持ちを受け入れたと、そう思わないはずがない。
なんてことだ。
和矢は、自分がいままでずいぶん危ない橋を渡っていたことに気づいた。
たしかに二人の言う通り、惚れた腫れたと騒いでいては始まらない。
事はもっと複雑に混ざり合っている。もっと緻密に考えなくては、うっかり国を滅ぼしかねなかった。
ゾクリと、背筋に悪寒が走るような気がした。
これは自分の手におえるような問題ではない。
ピーターの背負うものは、彼が代役を務められるような簡単なものではないのだ。
それをうっかり、軽い気持ちから背負ってしまった自分の甘さに、彼は嫌気がさした。
なんて自惚れだ。ひとりよがりもいいとこじゃないか。
血が滲むのも構わず、彼は強く唇を噛みしめた。
自分だけの問題なら、まだ自己嫌悪すればすむことだった。
けれども、もうひとり巻き込んでいる、自分のせいで、いま大変な思いをしているに違いない、彼女。
目の前に広がる巨大な庭のなかでも、彼女を見分けることができた。
まだパーティーは始まらない。
いったい何をさせるつもりなのか、見当もつかなかったが、彼はこの大会を、軽んじていた。
ピーターに相応しい女性を選ぶ大会。
馬鹿らしくて、興味もない。
だから彼女にも、頑張る必要なんてないと告げたし、だれが勝ち残ろうと、自分はそもそもピーターではないのだからして、選ぶ権利なんてどこにもないのだ、そう割り切っていたのだった。
けれども、もしいまここにピーターがいないことがバレたら・・・?
彼が、ここにいる皆をすべて捨てて、たったひとりの女性を、選んだのだと知ったら?
もちろんそれが真実である。
けれども、告げ方というものが、あるのではないだろうか。
こんな舞台裏を突然みせるように、この劇を幕にしてしまって、いいのだろうか。
そんな中途半端、だれをも傷つける終わり方ではないか。
せめてすべての決着がつくまで、この劇は続けなければならないのではないか。
グルグルと思考が回り始める。彼はそれでも考えをやめるわけにはいかなかった。
逃げ出せない。まだここから、逃げ出すわけには行かない。
そこまで考えて和矢はふと、おかしなことに気づいた。
なぜ、自分なのだろうかと。いや、正確にはピーターなのだろうかと。
「あの、少し聞いてもいいかな」
ふたりの護衛は、同時に和矢をみていった。
「なんだ」
「ふつうに考えれば、彼女の旦那を募った方が早いと思うんだけど」
「おまえ、何言ってんだ?」
信じられないといったように、ふたりは顔を見合わせた。
「ローズ様と結婚したい人間などな、掃いて捨てるほどいるんだぞ。いまさら集めてどうするんだ」
「だから、オレの相手を探すより、よほど効率的じゃないか。いちばん彼女に相応しい奴を選べばいい」
「・・・・おまえって、残酷なこと言うな」
和矢は目を見開く。
「なにが」
「いまおまえのこと、絞め殺したいくらい憎いぜ、ピーターよ」
苛立ちと怒りと悔しさがごちゃまぜになって、その瞳には浮かんでいた。
「よく聞けよ、世間知らずの坊や。そんなのは誰もが思ってることなんだ。だがな、当のローズ様が、おまえを婚約者と公言してるんだぞ。いったいだれが反対できる?」
「それにだ、どのみちローズ様は、国のために結婚しなきゃならねぇ身の上だ。そんなのはな、あの方が生まれたときから誰より知ってるんだよ。そしたら、好きな男と結ばれて欲しいと思うのは、当たり前の感情ってもんだろ。あの方は結局、生まれたときからこの国のために生きてるんだ。あのちっちぇえ肩に重荷をたっぷり背負ってな。それこそ、不憫すぎて、涙もでねぇよ。少しでも血が流れてりゃぁ、この国に住むもんは、皆おめぇとローズ様の婚姻を願ってるさ」
ズキっと、胸に痛みが走った。
聞けば聞くほど、執拗に糸が絡み付いていくのを感じる。
もがけばもがくほど、それは絡み付いてきた、まるで蜘蛛の糸のように。
捉えた獲物を逃しはしないと、意志をもって主張しているかのようだった。
ピーターの気持ちを考える。自分と瓜二つのこの国の住人。なぜだか手にとるようにわかった。
彼は彼女を愛したかったに違いないと。
他の誰も目に入らないほど、ローズに恋をして、彼女を愛したかったのだと。
けれども、心は思い通りに動くものではなかった。
どんなにそう願っても、彼にとって彼女は、恋人にはなり得なかったのだろう。
それでも、もし他の誰も愛さなければ、彼女と共にあることもできたのかもしれない。なのに・・・出逢ってしまった、自分の総てを捧げて愛せる人に。
それは幸運だったのか、それとも―――――。
「お、そろそろ始まるぜ」
その声に、はっと我に返る。みると、盛大なファンファーレが鳴るところだった。
和矢は苦しげな声で、聞いた。
「彼女達は、これから何をするの」
身動きが、取れない。
ローズの気持ちも、ピーターの気持ちも痛いほどわかる。
そしてそのちょうど渦中にいる彼女。
「おまえに相応しい女を選ぶそうだから・・・そうだな、まずは剣の腕でも試すんじゃないか」
和矢は立ち上がる。
「無理だっ、今すぐやめさせる!」
「おい、おまえは大人しく―――――」
どんな手を使ってでも阻止しようと決めた和矢だったが、なぜかその瞬間、自分を掴んでいた腕が緩んだ。
驚いて振り返る。するとそこには、差し入れのようなものをもったメイドがひとり、涼しい顔をして立っていた。
男ふたりは、すでに床に転がっている。
あぜんとする和矢に、そのメイドはふっと笑うと、皮肉げな口調で言った。
「よぉ、ピーター、久しぶりだな」
あまりに馴染みのあるその声に、彼は一瞬耳を疑う。瞬きを繰り返す。けれども、その美貌はそうどこにでもあるものではなく、いや、彼の知る限りこの世にふたつとないものだった。
風にさらっと揺れる白金の髪。そして物憂げな感じのする青灰の瞳。
「シャル、ル?」
ふわっと、和矢の顔から緊張が抜ける。もう長く会ってなかった友との再会を、どうして喜ばずにいられようか。
「シャルルか!」
そうしてふたりは、軽い抱擁をかわした。もしこの場をローズが見たならば、怒りの矛先は彼に向けられたであろう事は置いておいて、そうしてふたりはお互いを確認しあった。
そこまでは、感動の再会である。がしかし・・・
「おまえって実は、女装が趣味だったりする?」
その一言に、ふっと空気が凍りつき、和矢は護衛達がくらったのと同様の一撃を、拳ではなくその視線で、食らうハメになったのだった。
「死にたいのなら、はっきりそういえ」
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