突然現れた謎の美少女が薫そっくりであることにあ然とした美恵だったが、状況判断は早かった。
「こ、婚約者〜!?」
すっとんきょうな声を出した彼女に、ローズは冷ややかな視線を向ける。
「そうだ。よそ者に出る幕などない。わかったか」
高圧的な態度は、薫というよりもシャルルに似ているように、美恵には思えた。
「わかるわけないじゃない」
だがしかし、話は簡単だった。要するにピーターの婚約者であるということは、いまは和矢のということになってしまう。冗談ではない。
美恵は持ち前の積極性で、和矢を押しのけるようにして前へと出、ひるむことなく相手をにらみかえした。
「あなたこそ何言ってるのよ。彼はね、あたしと結婚したのよ」
いまはそういう設定である。
だがそれを素直に受け入れる相手なら、最初から苦労したりはしなかった。
ローズはハハンとアゴをつきあげるようにすると、見下すように美恵をみた。
「惚れ薬でも飲ませたのか。あたしは一向に構わないね。いますぐ別れればいいだけのこと」
「違うわよ。彼があたしを選んだのよ。文句あるなら彼に直接きいてみれば?」
「ほほう、面白い。ピーターがあたしより自分を選ぶという自信があるとでも?」
クスッと笑ったその表情は、勝利を確信している者の余裕に満ちていた。
美恵はカァッと頭に血を上らせ、和矢の腕をむんずとつかんだ。
「ちょっと何か言ってやってよ、この生意気な女に!」
和矢は苦笑する。話の展開がいまいちわからなかった。
彼は観察するようにローズをみた。
・・・本当に響谷に似ている。あいつも女だったらこんな感じだろうな・・・
失礼なことを考える。だがたしかに、たとえ太陽が夜にのぼっても、薫は絶対こんな格好はしないだろうと思えるほど、ローズの露出度は高かった。だいいち生地が薄すぎる。薫じゃなくても、着ないだろう。
「ピーター」
ローズが彼の名を呼んだ。和矢ははっとして彼女をみる。
ローズの表情は美恵へ向けるものとはずいぶん違って、心なしか、声さえ、優しい響きをもった。
「ピーター、おまえ本気でこの女を選んだのか?」
単刀直入にローズはきいた。和矢は、それに対する返答を持たなかった。彼は何も聞いていない。状況を何も理解できなかったし、ピーターにとって彼女がどんな存在なのか、知るよしもなかった。
それで黙っていると、美恵もローズもしばらくは彼の言葉を待っていたが、それも長くは続かなかった。
「黙ってるなんておまえらしくないな。はっきりいえよ」
和矢の腕をつかんで、けれどもその手はわずかに震えていた。それに気づき、和矢ははっとする。強気な言葉とは裏腹の彼女の不安げな瞳にぶつかった。
「あたしよりこの女が好きなのか!?」
単刀直入すぎる、問い。和矢はたまらないといったように顔を背けると、重い口を開いた。
「・・・そうだよ。オレは君より・・・彼女が好きなんだ。だから・・・結婚した」
「ピーター!?」
「この手を離してくれないか、ローズ」
できるだけ冷たくそういって、和矢は皮肉げな笑みを浮かべる。彼女の真っ直ぐな視線が痛かった。
ローズは信じられないといったように和矢をみていた。
信じられない。あれほど彼女のことを忘れられずにいたのに。まるで人が違ったように他の女を好きと明言する目の前の男。
ふと自問する。この男は本当にピーターか!?あたしの好きな、あの強くてまっすぐな男か!?
・・・だがどうみても目の前の彼は、彼女の良く知る人物でしかなかった。
変わったのか。あのかなしみを消し去るために。そうしなければ生きられないほど、彼の心に穴が開いたのか。
それはかなしい結論だった。けれどもそう思えば、いまの彼の態度も腑に落ちた。
が・・・・。
「・・・・おまえさん、名はなんと言う?」
いままでとは違った、ゆるやかな声だった。美恵は意外そうにローズをみる。彼女はほほえみを浮かべ、美恵をみていた。
「美恵、だけど」
「ミエか。ならばミエ」
そういって彼女は、腕を組むと、ふっと美恵をみた。その表情は勇者とでもいうべき威厳に満ちていて、とてもただの女とは思えない。ゴクンと息を飲んでみつめ返す美恵の前で、ローズはふっと不敵な笑みを浮かべた。
「あたしと勝負しろ」
一瞬、何をいわれているのかわからなかった。
数秒後
「は!?」
間の抜けた美恵の声。それに嘲るように笑ってローズは、一方的に宣言した。
「あたしが見定めてやる。本当にピーターに相応しいかどうか。もしそうなら、もう何も言わず、大人しく祝福でもなんでもしてやるよ。けれどもし、あたし以下だとでもいうのなら」
そこで言葉を切り、ニヤッと笑った。
「どんな手段に訴えてでもおまえさんを追い返す。それがピーターのためだからな」
唇をゆがめて人を小馬鹿にしたように笑うその様子は、どこからみても響谷薫そのものだった。
思わず見惚れるほどの美貌、そしてその態度は、明らかに挑発的。
美恵は思わず望むところよ、といいそうになって、和矢に止められた。
「かず、・・・ピーター・・・」
右腕をつかんで、引き寄せる。その腕に囲いながら彼はまっすぐにローズをみた。
「おいおい。ずいぶん勝手なことをいってくれるじゃん。オレはとっくに彼女を選んでるんだぜ。いまさら君に見定めてもらう必要なんてないな」
リンとした瞳で見据えられる。そこに強い意志が浮かび上がり、彼女を守ろうとしているのを感じた。ローズは唇を噛みしめる。あの腕で守られるのは自分でありたかった。そう思わずにはいられない。
けれどもそんな感傷をかき消すと、彼女は高らかに言い放った。
「おまえの指図は受けん、ピーター。あたしが決めた。それがすべてだ。まさかそれに逆らう権利があるとでも思っているのか」
和矢には何のことかわからなかった。けれどもそれを本人に聞くわけにもいかず、返答に詰まる。その代わり、美恵がその質問を返した。
「あなたはなんの権利でそれをいうわけ?」
ローズはふっと笑んだ。それは支配者特有の傲慢な笑みだった。
「決まってる。この土地を治めるものとしてだ」
「―――――――!?」
驚く美恵に、それまで黙って成り行きをみていたキルトが教えてくれた。
「もともとは彼女の父親が治めていたんだけど、数年前に病に倒れて、それ以来ずっと彼女が実質的な統治者なんだ」
「だ、だからって、こんな高圧的でいいわけ〜?」
「・・・・・・特別、なんだよ」
その言葉の意味が美恵にはよくわからなかった。けれどもそれを聞き返すより早く、和矢の声がした。
「君は権力を傘にかけて、人を思い通りにするつもりかい」
その声はいつもより低く、表情は険しかった。漆黒の瞳は真意を探ろうとでもするかのように彼女を見つめ、ローズはその視線を受け止めた。
わかっていた。そういわれるだろうことは。けれどもいまのピーターはふつうではないのだ。どんな女に騙されるともしれない。それくらいなら、自分で見定める、どんな手を使ってでも。たとえ彼に、嫌われたとしても。
「悔しければおまえも権力を手に入れることだな、ピーター」
彼女はそれだけ言うと、嘲るようなほほえみを残し、ゆっくりとその場を去っていった。
そんな彼女の後ろ姿を見送りながら、カルアがつぶやいた。
「ふーん、面白くなってきたじゃん」
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