美恵は木の枝に洗濯物を干していた。
いい天気だった。
光が燦々と降り注ぎ、明るい日差しが心をまでを照らす。
そのなかにいると、無条件でしあわせになれる気がした。
「美恵さん、そんなに初日から働かなくてもいいんですよ」
カルアが傍の枝に腰掛けて、足をぶらんぶらんしながらそういって笑う。
「ムキになってるみたいですけど、ティナはいい奴だから」
「あたりまえだ」
もう少し高いところの枝に、猿のように器用に足をかけて、宙釣りになりながらキルトがいった。
「彼女は繊細で優しくて、最高の女性なんだ」
「はいはい」
聞き飽きたといったように、カルアがひらひらと手を振る。
そして美恵をみて、クスッと笑った。
「キルはさ、ティナに惚れてるんだ」
キルトの顔がうっすらと赤くなる。
美恵は笑い出した。
「そんなの、最初からバレバレだよ。隠してるつもりなんてないんでしょ」
「まあね」
いってキルトは、くるっと宙返りを2回して地面に降り立つ。
純ちゃんもできるかしら・・・と、美恵はここにはいない友達のことを思い出した。
「隠すような気持ちじゃない。だれにいっても恥ずかしくなんてないよ」
「顔が赤くなるのは、一種の生理現象ってところ?」
「ばっ」
ますます赤くなる。可愛い。と、思わずからかいたくなるものである。
それは相棒のカルアにしても同じで、彼はいつもキルトをからかって遊んでいた。
「一日に10回は聞かされてますよ。本人にだってバレバレなんだ、な、キル」
へえ、と美恵は興味を覚える。パンパンと洗濯物の水気を切りながら、美恵は聞いた。
「で、返事は?」
思いっきり単刀直入のこの問いに、ふたりは一瞬顔をみあわせ、次の瞬間、同時に笑い出す。
きょとんとする美恵の前で、彼女があきれるくらい笑っていた。
「おっもしれぇ〜」
「まいった」
うーん、喜んでいいんだろうか。
判断に迷う美恵の前で、やがてふたりは笑いをおさめると、キルトがクスッと笑った。
「そうだね。ピーター離れができたらってところかな。彼女はとてもお兄ちゃんっ子だから」
それはみていて、いやというほどわかった。
でも・・・。
美恵は優越感を感じる。
そのお兄ちゃんっ子である彼女が、ニセモノのピーターに気づかないということに。
もし自分なら、絶対和矢以外の人を見間違ったりしない、と、最初会ったとき勘違いした自分をすっかり忘れ果てて、確信していた。
とはいえ、彼女の兄ゾッコン振りはものすごいものがあった。
美恵が少しでも近づこうとすると、阻まれる。
朝食の席もいちばん遠くにさせられたし(なにせ彼女が作ったので文句が言えない)、その後散歩に誘ったときも、仮縫いがどうのとかなんだかんだといわれて、結局駄目だった。挙げ句の果てに、彼女はピッタリとピーターもとい和矢に密着するのである。あれはたぶんクセなのだろう。じゃなければ、兄と妹があんなに年がら年中くっついていていいはずがない。
「あのさぁ、ティナはいつもあんなにピーターにべったりだったの?」
美恵はやっと洗濯物を干し終えて、カゴを抱えながら聞いた。
いつのまにかその中では、ぽぽとももが眠っていた。
ねむっていてもやっぱり、ふかふかでもこもこだった。
Zzzzzzzzzzzzz.....
美恵はいいこいいこと頭をなでた。
「基本的にそうだよね、カル」
苦笑しつつも、その瞳をやさしくして、キルトはいう。
「つまりさ、寂しがりやなんだよ、ティナは。でも意地っぱりだから、言わない。で、信頼してる人に思いっきり懐くんだ。ももみたいにさ」
そういって、よしよしするようにももをなでた。
「ティナが、このももちゃん!?」
ビックリしたような美恵の声に、カルアがちょっとだけ笑った。からかうようにキルトをみて
「こいつ、ベタボレだから。評価は当てになんないですよ。でも」
ぴょんと地面に飛んだ。キルトの肩に腕を回し、その瞳を覗き込む。
「案外当たってるかも。ティナの心って、ももに似てるかなって、オレも時々思うんだ」
その言葉に、いった本人が驚いていた。
「カル?」
目を見開く相棒に、カルアは意味深な笑みを浮かべる。野性的な瞳に、鮮やかな光が宿る。
「ピーターがいなかった間、みてて辛いくらいに彼女ボロボロでさ、オレも評価改めたわけ。ああ、彼女も無理してたんだろうなって。そう思うと、悪くないね、むしろ、可愛くさえ思えるよ」
すぅっとキルアの顔から笑みが消える。まじまじとカルアをみて、彼が真剣な表情をしているのをみて、息を飲んだ。まさか。こいつも・・・・。
そうしてまじまじとふたりはお互いの気持ちをはかるように見詰め合っていたが、やがてたまらないといったようにカルアが吹き出した。
「なぁんてね、そう言ったら焦るか?」
瞬間
「カル!!!!!」
キルアの顔に似合わない怒声が響く。彼はその白皙の美貌が可愛くみえるほど顔を真っ赤にして怒っていた。
美恵は思わず笑い出し、睨まれたが、それさえ可愛いとしか表現できなかった。
「ほんっとおまえ素直だねぇキル。オレもからかいがいがあって楽しいよ」
ニヤニヤと笑いながら、悪びれる様子もなくカルアがいう。
キルアの出した拳は、胸の前でカルアに受け止められた。
同時に反撃に出るカルア、それをひょいと右に避けて、キルアはそのまま背後を襲おうとするが、一瞬早く防御の姿勢を取られる。そうしてふたりは、攻撃と防御を繰り返し、まるで何かの試合のように戦い続けていた。
「おっと、あぶない」
「へへん。これくら避けれなきゃ、死ぬぞ」
「その余裕が命取りって言葉、知ってるか」
「まだまだ」
軽口をたたきあって、けれどもかなり本気でたたかっているように美恵には思えた。
仲がいいんだか悪いんだか、ま、悪くはないないんだろう。
そう思いながら、美恵はぽぽとももを載せたまま、洗濯籠を持って、戻ろうと背を向けた。
そのとき
「スキありっ!」
高い声がして、え、と思ったときには、目の前に蹴り出された足があった。
ひえええ、ぶつかるっ・・・・
とっさに目を閉じた美恵は、力強い腕に引き寄せられた。
「・・・・・・・・・・」
少しして、おそるおそる目を開けると、攻撃を仕掛けてきた足は、彼女を守るように出された腕にあたり、そこで止まっていた。
振り返ると、そこに和矢の姿がある。
彼は険しい顔をして前をみていた。
少し、低めの声。
「おい。なんのつもりだ」
真近でみるその横顔は、緊張のせいか、いつもの優しい表情とは違っていて、まるではじめて会った人のように美恵に目に映った。そして彼女をとっさにかばったそのたくましいからだに、ドキドキが止まらない。いまさらながら、一目惚れをしてしまったかのように。
和矢は、突然攻撃をしかけてきたその相手を見極めようと、わずかに目を細めた。
その相手は、光の差す方を背にしていたが、よくみるとその足は細くしなやかで、華奢だった。
「ピーター、なぜそんな相手を庇うんだ」
ふっと光が明度を落とす。雲に阻まれたせいだ。そしてその相手をみれば、それはふたりのよく見知った顔だった。・・・髪は長く、スタイルの良さが一目でわかるような衣装を身に纏っている。そういう意味でかなりの違いはあったが、顔だけみれば間違いなく・・・
「か、薫〜!?」
叫んだ美恵に、彼女はその三白眼で冷たい一瞥を与えると、敢然と言い放つ。
「あたしの名はローズ。彼のフィアンセだ。おまえごときにピーターは似合わん。いますぐ我らの前から立ち去れ」
げ・・・和矢だけじゃなく、薫のそっくりさんまでいるなんて、聞いてないよ〜・・・。
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