――コン、コン。
ノックの音にNAOはぱっちり目を覚ました。
「はぁ〜いっ」
返事をして、そのまま出て行く。
ティーシャツに、ズボン。
どこにでもいける服装である。
彼女はそのまま仮眠をとっていたのだ。
「よ、おはよう」
朝と変わらない爽やかな笑顔を向ける美女丸が、NAOには少しまぶしかった。
「眠ってないんじゃないの?」
「オレ?平気。3時間寝れば大丈夫なんだ」
「ナポレオンじゃないんだから・・・」
美女丸はすっと目を細める。
「あんな年寄りと一緒にするな」
「怒った?」
笑いながらきくと、ほっと息をついて苦笑した。
「そこまで短気じゃない」
「行こっか」
ふたりは一緒に、マリウスの部屋へと向かった。
ちょうどそのとき
「できたっ!!!」
基地中に響くような大きな声がして、直後、バタンとドアが開いた。
明美が顔をみせる。
「お。美女兄。元気かい」
やたらハイテンションだった。
「おまえまだ起きてたのか!?」
仰天するのは、美女丸の方だ。
夜中も夜中、真夜中である。
明美はそれを気にする様子もみせず、自慢げに持っていたものを広げてみせた。
「ジャジャ――ン」
「・・・・なんだこれは」
その言葉にむっとする。
「見ればわかるじゃん。パジャマよ、ぱーじゃーま!」
「・・・・おまえが作ったのか」
「あたりまえでしょ」
「いままでかかってずっと?」
無邪気に頷く明美に、美女丸は怒る気力をなくした。
ったく・・・。
どいつもこいつもやりたい放題だな。
内心でつぶやいて、けれどもそれがひとつの感情から来ていることを知っている。
「わかった。よく頑張ったな。えらいえらい」
美女丸は苦笑しつつ、明美の頭をなでた。
NAOはそのパジャマを手にしていたが、タオル生地で良くできていた。
「すごいです。明美さん。プロみた〜い」
「えへへ。そう?それほどでもォ」
「おい。NAO。あまり褒めるな。図に乗るぞ」
その言葉に、明美はいやぁな顔をすると、NAOからそのパジャマを受け取り、さっさと歩き出した。
「ほら、はやく行きましょう。マリウスを着替えさせなきゃ」
「おまえが?」
ニヤッと笑って美女丸は言う。明美は、もちろん、といいそうになって、
相手が赤ん坊ではなく、少年であることを思い出した。
「・・・・・・や、やばいかしらね、やっぱり」
でももとは赤ちゃんなんだし。
と、美女丸をみると、彼はからかうような眼差しを返す。
「さあ。おまえが良けりゃいいんじゃないか」
「・・・・・NAOさんはどう思う?」
「え・・・・・・・・・・えっと」
突然とんでもない質問をされて、NAOはあせって考えた。
「ほ、本人にきいてみましょう」
「・・・・なるほど」
そして3人はなんとなく頷きあって、マリウスへの部屋へと向かったのだった。
「あれ・・・・なんかいい香りがする・・・・・」
部屋に入ったとき、明美がそうつぶやいた。
窓の鍵は、あいたままだった。
―OLD TREE
その基地の近くに、老齢の木があった。
大きな大きな一本の木。
枝に葉はない。
「すごい、古い・・・」
ルイはそっとその幹に手を触れた。
ざらついた感触が長い年月を伝えてくれるようだった。
この木が過ごした長い長い年月。
けれどもまだ生きている。
それはとても巨大な木だった。
ともすればてっぺんが見えないほどに。
何の木だろう?
地球にも似たのがあるのかしら。
そんなこと思いながら、そこに背を委ねた。
自然の息吹。
夜との同調。
不安定な夜が、密やかに流れているのを感じる。
そこは風の流れがとても緩やかな場所だった。
ここにはいない人のことを考えた。
大切な人を助けに行った彼。
ふだんは冷たいことばかり言っているくせに
いざとなると決して見捨てはしない人。
今夜もそうだった。
マリウスが熱を出したと知ってからの彼の動きに迷いはなかった。
何も言わないからといって、何も感じていないことにはならない。
「やさしい、人だわ・・・」
それは月の光のようにとうめいなやさしさだった。
太陽のように存在をアピールしない。
ただそこにあるだけの、ただ静かに流すだけのやさしさ。
彼の存在とは裏腹に。
あの、圧倒的な存在感は、見るものすべてをひきつける。
本人が望む、望まないに関わらずに。
そこまで考えて、ほっと息をついた。
夜のせいかしら。なんだか想いがこぼれてくる。
どうしよう。
そのとき、かすかに、声がしたような気がした。
振り向くと、いつのまにか、ひとりの女性が立っていた。
桜色の唇をした、髪の長い女性。
薄紅の着物のようなものを着て、ふわふわとそこにいる。
彼女はルイをみると、小さくほほえんだ。
「こんばんは」
「・・・・こんばんは」
つられて返事をする。まるで存在感のない女性に。
「とても美しい夜ですね」
彼女は、ひとりごとのように続けた。
「こんな夜は・・・彼のことを思い出しますわ」
ルイは、その言葉にほほえんだ。
「似たようなものです」
そういうと彼女はとても嬉しそうな顔でうなずいた。
「あなたの心の彼がとてもやさしいので、私もついつられて思い出しました。
私のあの人も、とてもとても、優しい人ですのよ・・・」
つぶやいて、思い出すように目を閉じる。
ふわり、彼女の傍を記憶が通り抜けた。
一瞬にも似た永遠にも似た時間。
そこは一面の桜吹雪だった。
「――――え?」
その女性は胸の前で手を組んで、ちょうどその風景の真ん中にいた。
風の勢いが増す。その木は若さを取り戻したかのようにいきいきと葉を広げ
夜を呼吸して、満開の桜を散らした。からだじゅうに、薄い桃色の花が
舞って、視界がピンクに埋まる。ルイはぼうぜんと、その景色に飲み込まれた。
「もうずっと、ずっと、あの人だけをみてきました。
風の囁きよりも、あの人の吹く口笛が空気を揺らしました。
鳥のさえずりよりも、あの人の声に心安らぎました。
川のせせらぎよりも、あの人の纏う空気が綺麗でした。
花の蕾の綻びよりも、あの人の笑顔が好きでした。
でもあの人は・・・・・・・・」
涙のように桜が散った。
はらはらと零れるように。
夜も一緒に泣いていた。
ルイの胸も、静かに軋んだ。
その理由も何もわからなかったけれど。
やがてゆっくりと彼女はルイをみた。
そこで桜の花びらがほほえんでいた。
「あなたの心の彼に逢えて嬉しゅうございました。
そしてそれを抱く貴女にさいごの舞いをみていただけて。
もう思い残すことはございません。
とても・・・とても嬉しゅう夜でございました・・・」
あれ・・・なんで泣いてるんだろう・・・・。
気づけばそこにはだれもいず、老齢の木が闇夜にひっそり佇んでいるだけで何もなかった。
けれどもルイはそこに美しい桜を姿をみていたのだった。
彼女が心に残していった、さいごの、記憶――。
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