の夜の不思議2

明美はその作業に夢中だった。
他のいっさいを忘れて、一心に針を動かす。
裁縫道具は簡単なものしかなかったが、それでも彼女には十分だった。
自分にできることをみつけた。
その瞬間、それはやらなければならないことに変わっていた。
あんなに熱が出れば汗が出る。着替えが必要だ。

眠気との闘いだった。
けれども彼女は見た目とは違い、たくましい精神力の持ち主だった。
たしかに和矢の妹だ。芯が強い。だから眠気に負けることはなかった。
ふと、思い出した人がいた。
兄と同じ黒髪の、いつも冗談ばっかり言う陽気な彼。
いままでいちどもそんなことはなかったのに、彼を思い出した自分に明美は驚いた。
同時に、気づいた、ああ、あたし疲れている・・・。

窓の外に人影を感じた。
とっさにカーテンを開ける。
そこには夜が広がっているばかりで、誰かのいる様子はない。
明美は窓をあけると、そこから首を出してキョロキョロ見回した。
あれ・・・。
兄の後ろ姿を見た気がした。
目をこする。もう一度見るとそこには何もなかった。闇が佇んでいる。
彼女は苦笑すると、窓を閉めて戸締りをし、ほっとため息を漏らした。
駄目だなぁ・・・・こんなんじゃ
だからブラコンって言われるんだ。
彼女は自分が幻をみたのだと思い、柔な精神を叱咤した。
こら、しっかりしろ明美、まだ途中だぞ。
そうして一度からだを大きく伸ばすと、首を左右に回し、肩をまわしてストレッチ。
気分も新たに、再び針を手にすると、裁縫を始めたのだった。






-One room


寝息が空を震わせていた。
荒い呼吸と、穏やかなもの。
ふたりの呼吸がユニゾンしていた。

カタン。

かすかに音がした。
その後も、カタカタと音が続いたが、やがてゆっくりと、窓が開いた。
侵入するひとりの男性。
音をたてないように、部屋へと降り、ゆっくりとベッドに近づいていく。
そこにうつ伏せるように眠っているアンドリュー。
ふわりと髪に触れる。
少し皮肉げな声。

「ずいぶんと気持ち良さそうに寝てくれる」

マリウスを頼むといったのに。
オレとの約束は、君にとってその程度のものだったかい。
そう尋ねれば、強い否定が返ってくるのは明らかだった。
だから、聞かない。
起こさないでその脇を通り過ぎる。
静かなほほえみを浮かべて。
責めているにしては、あまりに優しすぎる口調だった。

「居眠りのリュー、ご苦労さん」

その言葉に反応するかのように、アンドリューが小さく声を漏らした。

「ん・・・・」

そうして再び、幸せそうに眠りについた。
笑みが浮かぶ。愛しさが募って、彼に降り注ぐ。
そのなかでアンドリューは、いい夢をみているに違いなかった。

さてと。

彼はゆっくりと、もうひとりの眠り人に近づいた。
さらさらと肩に零れる、白金の髪。
けれども今は月明かりの下で、黄金のように輝いた。
彼を包む雰囲気は独特、そのオーラはちょうどダイアモンドの輝きに
冬の湖を足しあわせたかのようなもの。
冷ややかで繊細。
優美さの中に潜む鋭さ。
この世の矛盾をあらゆる形で内包した美。
だからこそ彼は夜の中でこんなにも光を纏える。

「・・・・・・熱が高いな」

長い指で少年の髪をかきあげ、手のひらをあてた。
伝わる体温は、予想以上に高い。
彼はしばらくそのまま、少年をみつめていた。
優しい眼差しに宿るのは、純粋な慈愛。
他のどんなものもそこには存在しない。
ただ愛しく、慈しみたいと願うその気持ちだけが、そこにはあった。
やがて彼は、そばにあったタオルを手にとると、少年の汗をそっとぬぐった。
額、鼻先、頬、首筋、耳の下、そして胸元。
壊れ物をあつかうかのように、やさしくそっと、汗をぬぐっていく。
少年の息遣いは苦しげだ。
わずかに、眉をひそめた。
そのとき

「ママ、ン・・・・」

少年の口から、言葉がこぼれた。
彼はその言葉に、切なげに目を細め、そしてそっと、その小さな手を握った。
安心させるように、ささやく。

「大丈夫。きっと治してあげるから。だからいまは何も考えないでゆっくりお休み」

胸ポケットから、二粒の錠剤を取り出した。
近くのテーブルにあるエビアン水を、グラスに注ぐ。
彼は水と一緒に錠剤を口に含むと、ゆっくりと少年にそれを飲ませた。

「――――――ん・・」

なんとか喉を通過させ、ほっと息をつく。
熱が下がれば問題はないだろう。
ただの疲労のようだ。
彼が飲ませたのは、解熱剤と栄養剤。
タオルで口元をぬぐってあげると、彼はしばらく、そこで少年の寝顔をみつめていた。



時間にすればほんの数分。



「・・・シャル・・・る・・」

ぼんやりと少年は瞼を持ち上げた。
まさか起きるとは思ってなかったのか、彼は驚いてつぶやく。

「マリウス…」
「ああ・・・・・しゃるるだ・・・・・よかった・・・・・・」

それだけを口にして、マリウスはふぅっと再び目を閉じた。
少しだけ表情が穏やか。彼が来てくれたことに安心したのか。
シャルルはクスッと笑うと、顔を近づけ、彼の柔らかい頬に唇を押し当てた。
そっと、祈りを込めて。

「愛しているよ」

起きる気配のないアンドリューにも、やさしいキスを落として。

自分の得られなかったすべてを、この子達に与えたい。
だれよりも幸福でいて欲しい。
そのためなら、どんなことでもしてみせる。

そう、心に誓う。



彼らは シャルルの夢 そのものだった。





≫BACK






















シャルルとマリウスin MOON LIGHT
愛が余って絵までできてしまいました。