その惑星の昼夜の長さは地球とあまり変わらないようだった。
次第に薄暗くなり、影法師は前へ前へと長く伸びる。
美女丸達は出て行ったメンバーが一向に戻ってくる気配がないため、このままここにいても仕方がないと結論し、みなで探しに出かけようということになったが、ちょうど日が落ちてきてあたりが薄暗くなったため、今夜一晩はとりあえずここで過ごし、明日の朝早くに出発するという話に落ち着いた。
この惑星の時間がわからない。
それぞれ時計を持ってはいたが、たぶんそれは地球時間を示すことになり、明らかに狂っていた。
「日が昇れば朝だし、日が暮れれば夜よ。時間なんて関係ないわ」
なつきはそういってかすかに笑った。
たしかにそれが生活の基本で、ここには学校もなければテレビもない。正確な時間を知る必要性はいまのところないようだ。
寝る場所には困らなかった。
どうやらシャルルは様々な状況を想定していたらしく、このままここで暮らせるだけの道具は揃っている。奥へと入ってみれば、制御室とは反対側にレストルームもバスルームもあったし、サウナまでついていて、入ってみれば中は広く、かなりの豪華さだった。
もちろんキッチンも配備されていて、巨大な冷蔵庫には2週間分の食料が入っていた。
個室も用意されていた。
円形のホールがあり、円状に扉が配置されている。
そこを開ければ10畳ほどの部屋があって、窓がわにベッドが置かれていた。
ここでいう窓とは、本当の意味での窓ではなく、そこに映し出されている風景はコンピューターで作り出された偽物の映像である。ベッド脇には操作パネルがあって、好きなように画面を変えることができるのだ。色調は薄いブルーで統一されていて、さすがに趣味が良かった。
もし美恵がここにいたなら、薄いピンクじゃなかったことを残念がったかもしれないが、この際それは我慢してもらうことにしよう。
そういうわけで、暮らすことそのものには、しばらく困ることはなさそうだった。
「それじゃ、明日の朝に出発ってことで、問題ないな?」
美女丸がそういって皆を見回すと、そこにいた全員が頷いた。
「時間はどうするの?」
アンドリューが聞くと、美女丸は腕にしていた時計を指す。
「これでわかるだろ」
「でも時間が合ってないよ」
「合わせればいいさ」
そういって美女丸は、時計を外すと、針を動かすネジを回し始めた。
「今を夕方の6時にしよう。みなの時計が同じ時刻をさせば問題ない」
「ああ、そっか」
納得したようにアンドリューは頷くと、同じように時計を外して時間を合わせた。
他のメンバーもそれにならう。
ただ、マリウスだけが、戸惑うように美女丸を見返した。
「時計、持ってないんだけど・・・」
「じゃあ、僕が起こしてあげるよ」
リューがそういうと、マリウスはぱっと顔を輝かせた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
そうしてふたりは仲良くほほえみあった。
美女丸は軽く頷くと、女性達の方に目を向け、いった。
「出発は明日の朝6時だ」
「ええっ!?」
驚いたような明美の声に、なんだといった視線を向ける。
「都合が悪いのか」
「っていうか、早すぎない?」
「いまから休めば平気だろ」
「・・・そうだけど」
「こんな状況に置かれるのは、そう長くは耐えられん。本当ならいますぐにでもここを出たいくらいだ」
悔しそうにいって、美女丸はジロッと明美をみる。
「それでもまだ早いという気か」
その迫力に、明美はほっと息をつくと首を振った。
「オッケー・・・」
「他に訊きたいことは」
「あの、お風呂の順番とかは・・・」
おずおずといった感じでNAOが手をあげると、美女丸は意表をつかれたような顔をした。
「決める必要があるのか?」
「え、でも一応・・・」
「ざっと見てきたが、個室にシャワーはついていたようだな。風呂は沸いてなかったぞ。入りたきゃ沸かせばいいが、あの広さだとかなり時間がかかりそうだな」
はっ、そうか!
NAOは致命的事実に気づいた。
広いお風呂に入れると喜んでいたけど、沸くのに時間がかかるという欠点があったのか。
ちなみに気になってNAOはきいてみた。
「あのぉ・・・それで沸くのにどれくらいかかるのでしょう」
「知らん」
「え」
「なんでオレがそんなことを知ってるんだ」
「美女丸の家のお風呂も大きそうって気がするから・・・・知ってるかなぁって」
そういうと美女丸は、むっとしたようにいった。
「風呂焚きはオレの仕事じゃない。ついでにいっておくと、家の風呂は入りたいときには沸いてるんだ」
それって・・・つまり一日中沸いてるってことなじゃないかしら。
それとも朝と夕方、家の人が彼のために沸かしてるのよね、う、お坊ちゃま。
NAOは、どうも生活様式が違いすぎると思い、あたりをみまわしたが、どうみても風呂を沸かしたことのあるような人たちはいなかった。
女性陣は別だが、そうすると大きさは一般的なものであろうし、それなら人に訊くまでもない。
ああ、残念!
「どうした。やめるのか」
皮肉げな美女丸の声に、ほっと息をもらす。
「とりあえず、沸かしてはみます。自動だから勝手に止まるでしょうし」
「せいぜいがんばってくれ」
興味なしといった感じでひらひらと手を振り、美女丸は付け足す。
「火の始末にだけは注意してくれよ。こんなわけのわからん星で焼死死体なんてシャレにならんからな」
「解剖にも面倒でしょうしね」
クスッと誰かさんを思い浮かべて笑い、NAOは頷いた。
「承りました」
「よし。他に聞いておきたいことはあるか」
すると今度はなつきが手をあげた。
「部屋割りは?」
「別にどうでもいいぞ」
アゴに手をあてるようにして美女丸が言う。
「好きな場所でいいんじゃないか。重なったらそのときは当人同士に任せよう」
彼にしてみれば、この場に寝ても平気なくらいだ。
「だったらあたしが一番奥でいいかしら?」
他のメンバーを見渡しても、だれからも異存は出なかった。
なつきはにっこり笑うと、じゃあお先に、といって、奥へと入っていった。
それを合図に、残りのメンバーも部屋を選んでいった。
「あたしは美女兄の隣!」
「・・・アッキ、まだ彼が決めてないのに、それじゃわかんないよ」
「早く決めてよぉ、美女兄〜」
「おれは残ったところでいい」
「じゃあ僕はキッチンに一番近いあの部屋がいいな。マリウスはその隣にする?」
「うんっ。遊びに行くね」
「NAOは?」
「え?NAOちゃんいないよ?」
「・・・風呂のスイッチを入れに行ったのか。彼女はいちばん風呂場に近いところでいいんじゃないか」
「だとすると、あそこだね。とすると、残ってるのは5部屋でしょ。まだ決まってないのが、ここにいる人でアッキと美女丸さん、いない人がルイさんと美恵さんとカズヤとシャルルで計6名ってことで…え?」
アンドリューは指を折るのをやめる。
あれ、何か間違ったかなともう一度やり直したけれど、やっぱり指はひとつ足りず、要するに部屋が足りないのだった。
「誰かの分がないよ!?」
明美はキラリンと目を光らせ、隣にいた美女丸の腕にしがみついた。
「あたし美女兄と一緒でいい」
「ばかやろう、おまえの兄貴に殺されるのは御免だ」
明美は懲りずに言う。
「じゃあシャルルと一緒がいい。でも帰ってこないかも・・・」
すると悲鳴のようなマリウスの声。
「駄目ですっ!だったら僕をシャルルと一緒の部屋にして下さい」
「それは無理だと思うよ、マリウス」
苦笑してアンドリューはいう。
「彼が誰かと一緒のベッドを使うとは思えないもの。気の毒だけど、僕と一緒に寝るかい」
「ああ、そうですね。それでいいです」
「なんだ、つまんない・・・」
チェッと舌打ちをし、明美はまだ希望を捨てきれないのか、チラッと美女丸をみた。
「提案なんだけど」
「聞きたくない」
「なによ。名案なんだから。あのね、いまは数が足りてるんだからさ、戻ってくるまでひとり一部屋でいいじゃない。最後に戻ってきた人に任せましょうよ。どうするのかを」
その言葉に、美女丸は少し考えていたが、たしかに一理あると頷いた。
「そうだな。そうするか。人騒がせな奴らに少しは懲りてもらうとしよう」
「でしょでしょ」
明美はしてやったりと、内心でガッツポーズをした。
いちばん最後に戻るのは、シャルルである可能性がいちばん高い。
むかしからの付き合いなのでよく知っているのだが、彼は神出鬼没を絵に描いたようなところがあるのだ。
となれば、選ぶのはシャルルに任されるわけだが、そうすれば当然彼は和矢と一緒の部屋を選ぶだろう。
妹である自分がそこへ行くのはとても自然な行動だ。
あるいはアンドリューを選ぶかもしれない。
でもやっぱり幼馴染の部屋に行くのも自然だわ。
それで彼女は、もうすっかりシャルルの部屋に遊びに行く算段をたてていたのだが、可能性はもっと無限にあることを考えようともしなかった。
「ということで、美女兄はどこの部屋?」
いまはそれが先決とばかり、明美が聞くと、美女丸は参ったといったように首を振った。
「いい加減甘えるのはよせよ。いったいおまえは幾つだ」
「いいじゃない。同じ部屋は諦めたんだから、せめて隣の部屋くらい〜」
「当たり前だ。この年の男女が一緒に寝るわけにゃ如何だろう」
小さい頃はよく雑魚寝をしたものだが、それを持ち出したところでどうにもならない。
明美にしても、さすがにその辺のことはわかっているので、それ以上はいわなかった。
美女丸はほっと息をついた。
「じゃあおまえが先に決めろ。オレがその隣に行けばいいんだろ」
「美女兄大好き!」
ぱっと顔を輝かせた明美に、美女丸は苦笑する。
こういうところはむかしから全然変わってない。
「あたしはここがいいな」
そういって明美は、NAOの隣の部屋を指した。
「わかった。オレはその隣でいいよ」
これでとりあえずそこにいたメンバー全員の部屋割りが決まった。
そのとき、NAOが戻ってきた。
「あれ、どうしたんですか」
「NAOさん、お風呂どうでした?」
「ん。水が溜まるのに時間がかかりそうでした」
残念そうにいってNAOはほぉっとため息。
「本当は水を入れてこようと思ったんですけど、そのまま寝ちゃって水びたしにでもなったら困るのでやめました。精密機械とかもあると思うし、壊れて地球に戻れなくなったら、それこそシャレになりませんものね」
それは確かにそうだった。
「だったら意味のない風呂だな。なんだってシャルルはそんなもんを作ったんだ?」
「シャワーがあるなら、それで十分なのにね」
「さぁ・・・・でもきっと彼のことだから、深ぁい意味があるんだと思いますけど」
それで思わず全員で考え込んでしまったが、本人がいない以上答えがみつかるわけでもなく、時計をみればもうすぐ19時になろうとしていた。
区切りをつけるように美女丸はパンっと手を叩いた。
「明日は早い。そろそろ休もうぜ。ここにきて体調を崩すのは一番まずい。いまは医者もいないしな」
その言葉に皆は頷き、おのおの先ほど決めた自分の部屋へと退散した。
「あのぉ、私の部屋は・・・」
「勝手に決めさせてもらったが、ここでいいか」
「構いません。ではおやすみなさい」
静かに夜が始まろうとしていた。
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