「だれ?」
わずかに目を細めるようにして、けれどもしっかりした口調で和矢はいった。
相手はその言葉に、警戒の色を濃くして、彼を見返した。
顔が青ざめている。
「それはこっちの台詞だ・・・・・おまえも彼女の仲間か」
慎重に口を開いた彼に、和矢はちらっと美恵をみながら頷く。
「そうだけど」
「!」
美恵が止める前に彼はその事実を認めてしまった。
「ち、違うよ、和矢、この人が言ってるのは」
魔女の仲間かってことなのよ。
そういいたかったが、すでに遅かった。
ピーターは明らかに和矢を敵とみなしたようだ。
「ふたりがかりでおでましとはな」
吐き捨てるように言って、ピーターは和矢を睨む。
和矢には状況が理解できていなかった。
「目的は何かいえよ。わざわざ僕に似せてきた理由はなんだい」
「・・・何の話だよ。そりゃあ確かに双子みたいに似てて気持ち悪いくらいだけど」
「いまさらとぼけてどうなる。彼女といい、僕を焦らして楽しんでいるのかい」
「だから何の話だ?」
さすがに和矢の顔も険しくなる。それは自分と似ているものへ対する驚きではなく、自分に敵意を持つものへの警戒だった。
美恵は言葉を挟むことが出来ず、ただみつめあうふたりをドキドキしながらみつめていた。
まるで鏡に対峙しているかのようなふたり。
声まで良く似ている。柔らかい感じのするやさしい声。
けれども今は、突然現れた敵に対する緊張をみなぎらせ、冷たい響きを含んでいた。
そんな和矢は、美恵がそれまでみたこともない姿だった。
彼女はやさしい和矢しか知らない。
もう少し言えば、自分に厳しい彼も少しは知っているつもりだが、その根底には必ずといっていいほど、優しさがあった。彼は自分自身に対してではなく、常に自分以外の存在に心を砕き、そのために悔いたり、悲しんだり、自分を責めたりしているのだ。自分という存在を彼自身が意識することは、少なくとも美恵の知る限りあまりないようだった。そういう面をまったくといっていいほど見せないといっても過言ではない。だからこそ、彼女はかえって不安になるのだが、もちろん彼はそんな彼女の気持ちを知る由もない。
今突然目の前に現れた、自分と同じ姿形を持つもの。彼ははじめて、自分という存在を無視できない形で突きつけられたのかもしれない。そして相手は明らかに敵意を持っている。自分に向けられる自分からの敵意、いったい彼にはどう思えるのだろう。それは彼女の想像を越えていた。
「とぼけるのもいい加減にしてくれ!」
鋭く叫んでピーターは、憎しみと哀しみが溶け合ったような淀んだ瞳を和矢へと向けた。
苛立ちさえかなしみに溶け込み、それは憎しみへと姿を変える。
彼は自分を抑えられない。魂の半分とも思える存在を奪われて、彼はひとりでたてない子供と似ていた。そして何かに駆り立てられるように、口を開く。
「あまり焦らされると、頭がおかしくなりそうだ。それが君たちの狙いなら、成功しているよ」
一方的な言葉に、さすがの和矢もむっとしたようだった。
「だから何の話だっていってるだろ。人の話を聞けよ。オレは君に会ったこともなければ、そんなふうに罵倒される覚えもない。人違いだろ。少し冷静になれよ」
その言葉に、ピーターは一瞬言葉を飲んだ。
それはまるで自分自身の声だった。彼自身、自分が冷静さを欠いている事をどこかで自覚していた。
けれどもどうしようもないのだ。冷静でいられたら、たぶんそれは本当の自分ではない。
頭でわかっていても心が少しもついていかなかったが、それでも彼に言われ、ようやくわけもわからず立ち込めていた濁った霧が、少し晴れるようだった。
少し落ち着かなくては。
そう自分に言い聞かせて、頭を整理するように首を振る。
そして顔をあげると、わかったというように右手をあげて頷いた。
「いいだろう。そちらの話を聞こう。話してくれ」
和矢は美恵に視線を向ける。彼女は、和矢に続きを任せることにして、頷いてみせた。
「和矢が話して。あたしじゃ感情的になりそうだから」
「わかった」
そうして彼は話し出した。自分達がどこから来たのか。なぜここにいるのかを手短に。
その話を、ピーターは疑わしそうに聞いていたが、マリウスの話がでると、はっとしたような顔をし、そのあとは、始終静かな瞳で聞いていた。なにか憑き物が落ちたかのように穏やかな表情で。
やがて和矢が話を終えると、彼は開口一番、こういった。
「すまなかった」
突然の素直な反応に、ふたりは顔を見合わせた。
まさかこうもあっさり信じてもらえるとは、正直なところ思っていなかったのだ。
ピーターはわずかに顔をあからめて美恵をみる。
「君にも、失礼なことを言った。改めて詫びる。その、・・・」
さっきとはうって変わって、照れたようなその表情に、美恵はドキッとしつつも、大きく首を振っていった。
「いいよ。気にしないで」
心臓に良くない。こうしていると彼は本当に和矢に似ていると思い知らされる。
「でも、どうしてそんなに簡単に信じられるの?あなたは自分の目で見たことしか信じないんじゃないの?」
さっきの言葉を思い出してそういうと、彼は申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん。あのときの君の言葉で思い出すべきだったんだ。僕は頭がどうかしていたらしい」
「思い出すって・・・」
「もしかして、オレ達を呼んだのって、君?」
ええ!?
驚く美恵に、ピーターは困ったような顔をしていった。
「少し違うけれど・・・」
だがその言葉は、美恵には届いていなかったようだ。
彼女は興奮して叫んだ。
「ちょっと!」
驚くピーターは気にも止めず、彼女は早口で言う。
「あのねぇ、大のおとなが何よ、赤ちゃんを人質にするなんて、恥ずかしいと思わないの!?
いったいなにがあったか知らないけどね、男なら自分で戦いなさい!奪われたら奪い返しなさい!他の人を当てにするなんて、しかも他の惑星の住人を当てにするなんて、ちょっと何か間違ってるわよ、根性みせなさいよ」
まっすぐに彼の目を見据えながら、彼女はきっぱりとそう言った。
彼はぽかんとして聞いていたが、やがて、笑い出した。
心の底から可笑しそうに、笑っている。
今度は美恵があっけにとられ、ぽかんとした。
え、なに。笑う場面じゃないじゃない。どーしたのっ!?
その答えを求めて和矢をみれば、彼もまた同様に笑っていた。
ええっ!!?
美恵はまずいことをいったのだろうかと、あたふたしてしまったが、それでもいっこうに笑いをおさめないふたりに次第に腹が立って、再び大声を出した。
「ちょっとふたりともっ。なにが可笑しいのよ!?」
そういうとピーターは、目をこすりながら、ごめんといいつつ、美恵をみた。
ちょうど下から覗きこまれるような体勢で、笑いを含んだ黒い瞳が、やたらと色っぽい。
「いいね。君。そんな君を魔女に間違った僕は、本当に愚か者だ。どちらかといえば・・・そう」
いって、まぶしそうに上を眺める。そこにはない何かをみつめるかのように。
「女神様だ。力強く、パワーに満ちていて、正しく、慈悲深い」
突然そういわれ、美恵は顔を赤らめる。
そんな彼女に視線を戻して、ピーターはちょっとだけ笑った。
それは少し自嘲的な、かなしげな感じのするほほえみだった。
「そうだな。まったく君の言う通りだよ。奪われたら奪い返さなくてはね。ありがとう」
彼は静かにほほえんだ。
「迷いは消えた。僕は行くよ。どうしても行かなきゃいけない。何を捨ててでも」
「行くって、どこへ?」
横で和矢が訊く。先ほどとは違う、心配そうな気遣うような光を浮かべて。
「オレ達の事情は話したぜ。今度はそっちの話を聞きたいな。オレ達を誰に間違った?魔女って何物だ?よければ話してよ。こうして出会ったのも何かの縁だろ」
ピーターは、再び和矢をみつめる。自分と似ている外見を持ちながら、まったくの別人である彼。
そうして彼は目を伏せ、しばらく迷っていたいたようだが、やがて思い切ったように顔をあげると、口を開いた。
「ありがとう。君の申し出はとても嬉しいよ。たしかに何かしらの星の導きを感じるな。良ければ聞いて欲しい、少し長くなるかもしれないけれど」
「あら。長くていいわよ。その代わりわかるようにちゃんと話してね」
美恵の言葉に頷くと、その前に、といって彼は空を見上げた。
「そろそろ日が暮れる。話は小屋へ戻ってしよう。いい?」
「そりゃもちろんいいけど…」
和矢は首を傾げる。
「別に寒くもないし、日が暮れるとまずいわけ?」
ピーターは、軽く笑った。
「そうか。君たちは天気予報をみてないんだな」
「夕立でも降るの?」
「ん。似たようなもんだな。けど、たいしたことないよ。すぐ終わる」
その返答に、美恵は何気なく問い返す。
「似てるって、微妙に違うんだ」
「まあね。降るのは水じゃないし」
「じゃあ雹とか?」
彼は首を振ると、そんな大層なもんじゃないよと、笑いながらいった。
「ヤリが降るだけさ」
・・・・・・・・・・。
ふたりは返す言葉を持たず、何秒かしてのち、和矢が律儀に返事をしただけだった。
「あ・・・・・・・・そうなんだ・・・」
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