体行動の中の個人主義

「ん・・・・・・」

 最初に目を覚ましたのはアンドリューだった。
 彼はきょろきょろとあたりを見回し、隣に眠っていた明美に気づき、他の人たちをみて思い出した。

「あ。そっか」

 その声に美女丸が気づいた。

「起きたのか」

 アンドリューは彼の方を向いた。

「ここは?」
「目的地らしい」
「着いたんだね」

 ぱっと嬉しそうに笑うアンドリューは、どこか子犬のような印象を与えた。
 毛並の良い犬。白金の髪は乱れて肩にまとわりついていた。

「他の人も起こした方がいい?」
「ほっとけばそのうち起きる。それよりどこもなんともないか?」
「大丈夫」
「そうか」

 そっけなくいった美女丸に、けれどもアンドリューはもう一度にこっと笑った。

「ありがとう。心配してくれて」

 美女丸の頬がわずかに赤くなった。
 彼はそれをごまかすようにコホンと咳払いをすると、ところで、とまるで棒読みのようにいった。

「おまえの甥からの伝言を、忘れないうちにいっておく」

 その言葉にリューはいぶかしげな顔をし、やがてそこにいないシャルルに気づいた。
 いない者は他にもいる。

「美恵さんとカズヤ、シャルル・・・あとひとり・・・」
「最初のふたりは下見に行った」
「・・・じゃああとのふたりは?」
「シャルルは」

 美女丸はつい先ほどのやり取りを思い出しながら言った。

「出て行った」
「え?」

 意味がわからず問い返すリューに、美女丸は説明する。

「オレにもよくわからん。ただ少し出てくるから、君はここにいろと言われただけだ」

 もちろんそういわれて「はいそうですか」と納得する美女丸ではなかったから、そこにはそれなりの問答が繰り返されたわけだが、口でシャルルに適う人間などそうそういるものではない。
 結果的に美女丸がここにいてシャルルがいないというのがすべてを物語っていた。

「おまえの甥は自分勝手で手におえん」

 あきれているような口調ではあったが、そこから怒りや腹立ちは感じられなかった。
 リューはそういった甥の習性になれているので、それほど驚きはしなかった。
 ただため息をついただけである。

「悪気はないんだよ。美女丸さん。シャルルは特別なんだ」
「そうなんだろうな」

 美女丸が苦笑しつつも同意を示す。

「オレも別にあいつを責める気はないさ。どう動こうと本人の自由だからな」

 けど、と美女丸は付け足すように言う。

「仮にもここに連れてきたのはあいつだろ。責任ってもんはないのか。他の誰もこの土地について知らないのに、オレは少々勝手が過ぎるんじゃないかと思うぞ」

 それを本人にそのままいってやったのだ。
 そのときの相手の返事はといえば、彼らしい冷ややかな微笑を浮かべ、わずかに挑戦的に

「へえ。じゃあ君のいいたいことはこうかい。オレにここにいて欲しいと。その理由はといえば、君は未知の惑星でひとり残されるのが不安だからと、こういうわけか」

 まったく挑発のうまい男である。
 今にして思えば、美女丸に諾といわせるための手段でしかないとわかるのだが、そのときは彼もむっとして、思わず言ってしまった。そんなわけないだろ、と。
 そこから彼が美女丸の同意を得るのにそれほど時間はかからなかった。

「ところでシャルルは、僕に何て?」

 思い出したようにいったリューに、美女丸は彼の言葉を思い出すと、それを正確に伝えた。

「オレのいない間、マリウスを君に任せる。リュー、頼むぞ。」

 アンドリューはビックリした。目をまんまるく見開く。

「任せるって?シャルルが僕に!?」
「ああ、確かにそういった」
「うわ。すごい。すごいよ!」

 興奮したように叫ぶリューをみながら、美女丸は内心でため息をついた。
 素直に喜ぶアンドリューはかわいい。が、他人事であればシャルルの言葉に含まれる裏の意味がみえてくる。
 彼はうまく言葉を選ぶ。そういうふうにいえば、アンドリューがどんな反応を示すのか、たぶん彼には手にとるようにわかったに違いない。

「僕、頑張るよ。シャルルの期待を裏切らないように」

 すっかりやる気のアンドリューに、美女丸はこういうしかなかった。

「そうだな・・・がんばれよ」

 そのマリウスは、まだ気持ち良さそうに眠っていた。
 夢の中にいるらしい。
 わずかにだがほほえみを浮かべている。
 それをみつめるアンドリューの瞳はやさしかった。
 心の中で語りかける。

 僕が君を守ってあげるよ。
 いままでずっと守られてばかりいたんだ。
 いろんな人に、特にシャルルにね。
 でもその彼が僕に頼んだんだもの。
 今度はシャルルが僕にしてくれたように、僕が君を守るから。
 だから心配しないで。
 大丈夫。

 そのとき本当に突然、アンドリューはここにいないもうひとりの女性の名を思い出した。

「ルイ先生は?」

 そう。それは泥棒学入門の非常勤講師の彼女だ。
 美女丸は首を振る。

「気づいたらいなかった」
「!?」

 不思議そうな顔をするアンドリューに、美女丸は苦笑を返した。

「行き先はだいたい見当がつく。・・・ついていったんだろう。たぶんな」

 誰に、かは、訊くまでもなかった。
 それにしても、とアンドリューは違った意味で感心する。

「風紀委員長の目をかすめるなんて、さすがはルイ先生だね」

 そういうと美女丸はいやぁな顔をした。

「風紀委員は関係ないぞ」
「いつも遅刻者を見逃さないでしょう?」
「あれは見ているわけじゃなくて」

 いいかけて、美女丸ははっとする。

「じゃなくて?」
「いや。なんでもない」

 それ以降、彼は貝のようにぴったりと口を閉ざしてしまった。

 あぶない。
 危うく企業秘密を口にするところだった。

 アルディ学園の遅刻者がどのように監視されているのか、それはいまだ秘密のヴェールに包まれている・・・。





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