物ではない輝きを秘め


 明美は夜の学校をウロウロしていた。
 ひとり、ではない。一緒にいたのは、強引に呼び出したアンドリューだった。

「ほら、行くわよっ、リュー」

 そういって彼の華奢な腕を握って、彼女はいう。
 アンドリューは苦笑しつつ、彼女といっしょに歩き出す。

「ねえアッキ、もう帰ろうよ」

 そういっても無駄なことは百も承知で、けれども彼は続けた。

「もう諦めた方がいいって。だってレーダーに何も映んなくなっちゃったんでしょ。だったら見つかるわけないよ。きっと途中で外れたか、見つかって取られたか、どっちかだ」

 彼女だってそんなことはいわれなくてもわかっていた。
 けれども、それでもあきらめないからこうしているのである。
 それで彼女はピタ、と足を止めると、グルッと振り返ってアンドリューを真正面からにらんだ。

「あんたねえ、あたしにやる気をなくさせようとしてるの!?」

 アンドリューは肩をすくめる。

「この学園は広すぎるよ。手掛かりなく探すには無理がありすぎるんじゃないっていってるの」
「だから手掛かりならあるじゃないっ、少なくとも、ここまでは反応があったんですからね」

 憤然といって、明美は背後にそびえる7階建ての大きな建物をみあげた。

「たしかにここに来たのは間違いないのよ」

 アルディ学園の図書館は24時間開放されている。
 よってそこは夜の空間に浮かび上がる光の建物だった。
 なにせ東京ドーム5個分ほどの広さを誇る場所だ。
 その窓から明かりがもれるとなれば、そこだけ夜を無視した空間といっても過言ではない。
 ふたりはその第21ゲートへと立っているのだった。

「もう帰ろうよ」

 ほっと息をついてアンドリューがいった。

「なによ、あんただって修学旅行に行きたいっていってたじゃない」

 むっとして明美が言い返すと、アンドリューは参ったといって首を振った。
 そのとき白金の髪がふわりと揺れて、明美をドキッとさせた。
 とはいえそれは、某人を思い出してのことであったが。
 明美は無造作にその髪に手を触れる。彼に同じことをしたら、即座に拒絶されるだろうが、アンドリューはきょとんとしただけだった。

「なに?」
「ん・・・・きれいな髪だねぇ」

 建物の光にほとんど月明かりは消される。けれどもたぶん、月光で紡げばこんな色をするのだろうと思わせるような白金髪。彼はいつの頃からか髪を伸ばしていて、いまは腰あたりまであった。
 ただでさえ少女のように愛くるしい美貌だ、これで髪を伸ばしたらまさに女性ではないか、と明美などは思ったものだが、意外にも彼はたしかに男性で、最近では肩幅などもずいぶん広くなり、彼を少女と見間違えるような人はあまりいなかった。時々はいたのであるが、それでも彼と親しくなるにつれ、彼が男であるとか女であるとか、そういったことはほとんど問題にならない、というのが常であった。
 彼の純真さや、まっすぐその人の心に飛び込んでいくような天真爛漫さの結果である。
 明美はひそかに思っている。神に愛された子というのは、シャルルよりむしろ、アンドリューのような人間をいうのではないかと。そしてたぶん、それをシャルルは知っているんだろうとも思った。
 憧れにも似た嫉妬、そんなものを彼に感じるようになったのはいつの頃からか。
 けれどもそんな気持ちさえ彼と一緒にいるとどうでもよくなるのだから、本当にすごい才能だ。

「どうかした?」

 気づくとすぐ目の前に上品な青灰色の瞳があって、ドキッとした。

「うわっ!!!」

 動揺を隠すように大げさにいって、彼から離れる。
 アンドリューはきょとんとしている。まだ彼女の手に握られている白金の髪。

「僕の髪…」

 明美はあわててそれを離した。

「あはは・・・あんまり綺麗だから、つい、ね」
「きれい?そうかな。特にふつうだと思うけど」

 不思議な顔をして彼はつぶやいたが、すぐに明美の方をみて、にっこりと笑った。

「アッキの方がキレイだよ。下のほうがクルクルってなってて、すごい、可愛い」

 ごく自然にそういえるのが、アンドリューがアンドリューである所以だった。
 明美の顔がほんのり赤くなる。

「あ・・・ありがと」

 そして気持ちを切り替えるように、声の調子を変えて、いった。

「でもこれとそれとは話が別だからね。お兄ちゃん探索は、続行。いざ、図書館へ!」

 その言葉にアンドリューはほっと息をついたが、どのみちそうなるだろうと思っていたこともあり、わりと簡単に頷いた。

「いいよ。特に用事もないしね。じゃ、行こうか」

 そういって先に歩き出したアンドリューの背中は、いつのまにか明美の記憶より、だいぶ大きくなっていて、彼女に時間の流れを感じさせた。
 このあいだ美女兄がいっていたのは、こんな気持ちだったのかしら。
 もうあの頃とは違う、あたしも、美女兄も、そしてリューも・・・・。
 一瞬、そんな感傷が浮かび、けれどもすぐにそれを打ち消すように首を振った。
 過去は過去、今は今だ。
 いましなきゃいけないのは、なんとしてもお兄ちゃんを見つけだして修学旅行についていくことだわ!
 改めて心に誓う明美だった。




 さてその頃、シャルルと和矢は何をしていたかといえば・・・。

「うわ、また6かよ。おまえ何か細工でもしてるんじゃないのか?!」
「そんなわけないだろ。だいいち君と同じのを使ってるじゃないか」
「そりゃそうだけど・・・」

 人生ゲームをしていた。
 ふたりは小さな頃、ときどき思い出したようにこのゲームで遊んでいた。
 初回限定版、ずいぶん古いものである。

「上がりだ。今回もオレの勝ちだな」

 かすかに笑って、シャルルは和矢をみた。

「チェッ。一度もおまえに勝てないって、どういうことなんだか」

 ジロォッと見返して、和矢がいう。

「実力の差だろ」
「策略の差だと思うけど」

 その答えにシャルルは笑った。

「否定はしない」
「しろよ」
「たかがゲームだろ」
「そのたかがゲームに本気になるおまえにいわれたくないね」
「いや、しょせんゲームさ」

 ふっと口調を変えて、シャルルはそこに並べられたコマをみた。

「偶然の値に任せて駒を進めていく、それはたしかに似ているけれど、こんなふうに簡単に」

 いって、スタート地点にコマを戻す。

「フリダシになんて戻れない」

 和矢もじぃっと、そのコマをみる。やがてほっと息をついて

「まあな。けど戻りたいとも思わないけど」

 そういうとシャルルは、目を伏せるようにしていった。

「そうだね。君の言う通りだ」
「さてと。じゃあそろそろ片付けるか。明美なんかにみられたら、どうからかいのネタにされるかわかったもんじゃないからな」

 駒を集め、板を箱へと戻しながら、和矢はちらりと時計をみた。

「・・・来るかな、あいつ」

 間をおかないシャルルの答え。

「来るさ」

 ニヤッと笑って彼は、胸ポケットから小さな黒い物体を取り出した。

「こんなものまで用意して、君を尾行しようとしたくらいだ。もうとっくに来てるだろ、この上に」

 和矢は片付け終え、ドサッとイスに腰掛けると、額に手をあて、ほっと息をついた。

「ほんとにあいつは何を考えてるんだか」

 青灰の瞳にからかうような微笑を浮かべてシャルルが答える。

「わかりやすすぎるくらいわかりやすいところが、彼女の良さだろ。正直オレは、感心してるぜ」
「やめてくれ・・・そんなこといったら、あいつ、今度は何しでかすか」
「簡単だ。狙うのはたぶん」

 いいながらシャルルは、腕を伸ばすと和矢の左耳に触れた。

「これだろうな」

 そこにあるのは、綺麗な深い青色の石。けれどもその中にはICがたくさん詰まっている、精密装置だ。彼女が兄につけた発信機とは比べ物にならない精度の。

「好奇心が旺盛のお嬢さんには、絶好の宝探しだろうからね」
「・・・あたま痛い・・・・」

 和矢は頭を手で押さえる。それをみてシャルルは軽く笑うと、手を離し、制御室へと足を向けた。

「そろそろ客人をもてなす準備をするとしよう。君の話では、来るのは美恵、なつき、NAO、美女丸の4人だったな」
「ん。美馬さんは今回はパスするっていってた。くれぐれもシャルルを頼むってさ」

 笑いながらいった和矢に、シャルルはムッとした視線を返す。

「おい、誰にものをいってるんだ。だれからも頼まれる覚えはない」
「そういうなよ、おまえを心配してるんじゃないか」

 それでも不愉快そうなシャルルの背中に、彼は続けていった。

「あとイツキ君もさくらちゃんと待ってるってことだったし」
「さくら?ああ・・・彼女か」

 なるほどね、と論外に聞こえて、和矢は訊く。

「知ってんの?」
「昨日、保健センターへ来て、オレが直接診た。ただの風邪だったが、低くない熱で、喉をだいぶやられているようだったな。薬を飲んで寝てれば治るだろうけど、ひとりじゃつらいだろうから、連れてきたイツキにいったんだよ。熱が下がるまでついててやったほうがいいって」
「へえ」

 話を聞いて和矢は、意味ありげにほほえんだ。

「優しいじゃん、シャルル」
「・・・オレは医者だからな。病人に優しくするのは当然だろ」
「ま、そういうことにしとくよ」

 肩をすくめてそういって、けれども和矢の位置から、彼の頬がわずかに染まるのが見えた。
 ほんとに素直じゃない。けど、言葉にしないから、彼の優しさはかえってストレートだ。

「あとはルイを呼び出せば終わりか・・・」

 思考を切り替えるようにシャルルがそういうと、どこからともなく声がした。

「あら、あたしはここにいるわよ」

 そして正面のドアから、姿をみせる。
 さすがにシャルルも驚きを隠せない。

「・・・・・・」

 滅多にみられない彼のその姿に、ルイは満足そうにほほえんだ。

「ね、ちゃんと探せたでしょう。みんなね、あなたが思ってるほど軽い気持ちじゃないのよ」

 その言葉にシャルルは、ほっと表情を緩めると、わずかに皮肉げな微笑を浮かべて、ルイをみた。

「肝に銘じておくよ。よくわかったな」

 言葉は相変わらずだったが、眼差しがいつもよりやさしくて、ルイは嬉しくなる。

「偶然っていったら、せっかくの登場が台無しになっちゃうかしら。でも本当に偶然なの。 昔から大好きだったプラネタリウムがあってね、そこが閉じちゃうっていうんで、観にいったのよ、最後の上映会。それをね、ふっと思いだしたの。言葉に直すとインスピレーション。ああ、もしかして、これがそうなのかなって。でも確信はなかったわ。それでいってみて、あなたに出会った。でもあなたは、ここは違うといったから、困っちゃって・・・。この学園、他にプラネタリウムはないしね。そんなとき、ちょっと勉強しなきゃならないことがでてきて、この図書館に来たの。そしたら偶然、生徒会長の姿をみつけて、おかしな場所に行こうとしてるから気になって、そのままついてきちゃったったわけ」

 経緯を説明すると、ふふっと笑った。

「ちょっとズルかな。あのとき和矢をみつけられなければ、ここを見つけられなかったから」

 シャルルはちょっと首を傾げるようにしてルイを見ていたが、その言葉にクスっと笑うと、静かに首を振った。

「それは違う。君は最初からプラネタリウムに気づいていたんだろ。だから、もうひとつのプラネタリウムに現れた。オレはその時点で、君に合格点をあげていたよ」

 思いがけないその言葉に、ルイは驚いてシャルルをみた。彼はやさしく頷いた。

「人の思考力は本当に優れているとオレは思ってる。何かを強く考え、それを一心に求めれば、思ってもみないところから答えがみつかったりもするんだ。たとえばドイツの科学者フリードリッヒ・A・ケクレは、原子が蛇のように一列に並び、それが身をくねらせながら自分の尾を口でくわえはじめ、ぐるぐる回りながら一つの輪になっていく夢をもとにインスピレーションを得て、それまでだれも考えつかなかったベンゼン環の構造式を発見したといわれている。もしこれが本当だとしたら、彼がインスピレーションを得ることができたのは、彼がベンゼン環の構造について、それまでずっと考えていたからだ。なにもないところからなにかが生まれたりはしないからね。化学になんてまったく興味のない人間が彼と同じ夢をみたところで、それは単なる夢で終わるだろうし、どちらかといえば彼がみたその夢そのものが、彼の思考の成果だったんじゃないかと、オレは思うね」

 ルイは黙ってその話を聞いていた。シャルルはいつになく饒舌で、彼の機嫌がすこぶるいいことがわかった。青灰色の瞳に明るい光が浮かび、どこか嬉しそうな表情。少し物憂げな感じは抜けなかったが、いつもより生き生きとしているように思えた。

「シャルル・・・楽しそうね」

 ほほえみがもれた。彼はゆっくり瞬きをして、クスリ、と笑った。

「こうも意外なことばかりが起こるとね、さすがに、驚かされる」

 それはとても穏やかなほほえみだった。

「意外なことって、和矢がきたこと?あたしが来たこと?みんながこれから来ること?それとも」

 その全部かな。
 彼はちょっとだけ笑うと、制御室のドアに寄りかかるようにし、コン、と頭を軽くつけて上を向いた。

「ねえルイちゃん、過程は結果を選べないけど、結果は過程を証明するんだ。どんなに努力しても報われないことはあるし、やっただけの成果があるとは残念ながらいえないけれど、その逆は、成り立つ」
「・・・・・ええ、そうかもしれない」

 彼は視線をルイへと向け、その言葉にゆっくりと頷いた。

「何かを成し遂げるような、望む結果を手に入れるような人物は、それだけのことをしてきたんだよ。未来は現在の延長上にしかないのだから、振り返ればそこに、その人のしてきた努力や苦労、あるいは犠牲にせざるをえなかったものが、残っているはずだ。たとえどんなにそうはみえなくてもね。だからオレは、この場所をみつけた君たちを認めるよ。その結果がなにより証明している。その強い気持ちをね。他のメンバーも同様だ。さすがに発信機をつけるというのは、多少のルール違反を含んでいるとは思うけれど」

 さいごに皮肉に、あら、といってルイは笑った。

「アルディの人間の言葉とは思えないじゃない。ルパート曰く、悪を行えるのも力なんでしょう」

 シャルルはうっすらと笑うと、腕組みをする。

「君の言う通りだ。けど、彼女の場合、悪でも、ましてや善でもない。認める理由にはならないな」

 和矢が心配そうに口をはさむ。

「じゃああいつ、アンドリューと一緒に、あのままか?」
「そんなぁ、可愛そうよ」

 同時に言われて、シャルルはほっと息をつく。そして壁から身を起こすと、そのドアをあけて、中へと入りぎわ、

「ま、彼女の出番もあるかもしれないし、ここまでして成果なしじゃ、リューも報われないしね」

 そういって、ドアを閉めた。
 ルイと和矢はお互い顔を見合わせ、同時に、笑う。
 パチンっと、手を合わせた。

「どうやらみんなで行けそうだな」

 嬉しそうにそういって目を細める和矢に、ルイもニコッと笑って

「良かったわ。でもなんだかんだいって、結局はみんなの願い、叶えてあげる人なのよね」

 そういうと、硝子越しにみえるシャルルの姿をみた。

「さっきの話、興味深かったけど、ちょっと違うかなって、思う」
「どんなふうに?」

 ルイは嬉しそうに目を細めて、彼の姿を見続けていた。

「たしかに過程は結果を選べないかもしれない。でもそういいながら彼は、ちゃんと過程を認めて、その努力を認めて、それに釣り合うだけの結果を与えられる人なんだなって。自分では結果しかみないようなこといってるけどね、過程を大事にしてくれる人だと思うのよ」

 彼はずっと見守っていた。
 挑戦をぶつけるようにして、突き放すようなことをいいながらも、途中で見捨てたりはしなかった。
 そんな彼だから、みんな惹かれるのだろう。
 どんなに冷たいことをいっても、決して人を裏切らない。
 その見えにくい彼の優しさに、気づくとはまっていて、そうしたらもう抜けられないのだ。
 やっかいといえば、やっかいな人。
 でもそんなところさえ、魅力のひとつに思えてくるから、ますます、やっかい。
 どこまでもどこまでも。
 それは、イミテーションじゃない本物の輝きだからこそ・・・。


「さて、君たち、準備はいいかい」

 やがて準備を追えて出てきた彼は、そういうと、ふたりをみた。
 和矢とルイは同時に頷く。

「いつでも」
「待ちくたびれたぜ」

 シャルルは満足そうにうなずき、わずかにほほえみを浮かべて、いった。

「では、ショーの始まりだ。まずは客人を丁重にもてなさないとね」


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