は,そのとき,舞い込んだ(後編)


「え、え、いまのが答えって・・・!?」

 ぼうぜんと、NAOが聞き返した。彼女には何のことだかわからない。
 なつきは、黙っている。軽くアゴを押さえるようにして何か考えているようだ。
 美恵は、きょとんとして、彼の言葉を繰り返す。

「いまのあたしたちの話って・・・・」

 そして無造作に口にした。

「プラネタリウム」

 その言葉に和矢は力強く頷いた。

「そう。それだよ。偽りの過去の眠る場所」

 3人、次の言葉を考えるのに時間がかかった。
 なにげなく話していた話題に過ぎない、プラネタリウム。
 でもそれがどうして理事長の答えになるのかわからない。

「でもね、和矢、あたしたちはたまたま宇宙の話からそこに移ったわけで」

 正解をみつけたはずなのに、どうしてか納得のいかない顔で美恵がそういうと、 和矢は軽く首を振り、その瞳をまっすぐに彼女に向けた。
 とても自然な動作だった。
 けれどもそのときの彼の瞳が、夜の黒ときれいに重なって、そこに浮かんだ強い光が 星のようにきらめいていて、静かに佇む闇の中でその精であるかのように彼は色っぽく、 美恵は一瞬頭が真っ白になった。

「間違いない。あいつがいってたのはプラネタリウムのことだ」

 和矢はそんな彼女に気づく様子もなく、自分の考えを話す。彼はまっすぐに人をみる。 だからその眼差しは揺ぎなく向けられる、聞き手へと。

「そう考えると辻褄が合うんだ。今回の行き先が宇宙であることを考えればなおさらのこと。 最近あいつ、天体観測に興味を持っていたようだし、けどそこまではいいとして、わかんないことがあるな・・・」

 つぶやくようにそういって、彼は次第にひとり考えの中に沈んでいった。
 その瞳は、もう彼女をみてはいない。それで美恵は金縛りからとけたように、ほっと息をついた。
 う、動けない、あんなふうに真正面から見つめられると。
 それが単なる会話でさえそうなのだから、想いを込めて見つめられたら、どうなってしまうんだろう。
 そんなことを考えて、ぽっと赤くなる可愛い彼女だった。

「美恵ちゃん、どうしたの」
「ううん。なんでもない。それよりなんで、プラネタリウムが過去なのかな」

 なつきはわずかに笑って、いった。

「たぶん、プラネタリウムが過去なんじゃないよ。それは星のことじゃない?」
「え?星って・・・いまここにいっぱいあるこの星?」
「ここにはないけど」

 細かい訂正をして、なつきは空を見上げる。
 さっき自分が思ったことは正しかったのだと感じて。

「光の速度は音よりもずっと早くて、この世でいちばん早く進むものなのよ。でもそれをもってしても、地球に光が届くまで何年も、あるいは何十年、何百年、何万年とかかってしまう。いま見ている光はすべて過去の光よ。あの星々はもうとっくにずっと未来を生きているはずなの。でもここではその過去が現在に届いている。・・・すごく、不思議よね」

 NAOが、わかった、といったように顔をあげた。

「だから、プラネタリウムは偽物なんですね。その星はイミテーションでしかないから」
「ん、だと思う」

 美恵はなるほど、と思ってその話を聞いていた。和矢が、補足するかのようにいう。

「光はさ、秒速3億メートルっていうすごい速さで進むんだ。けど天文単位にすれば全然足りない。宇宙人がいるとかいないとか、そういう話がでるけど、もしいるとして見つけられない理由は、その絶望的なまでの距離だろうな。交信するにしても、電波は波動よりよっぽど遅いから、それこそいま発進した電波がいるかもしれない知的生命に届くまで、オレ達が生きてるなんてことはほとんどない」
「本当に・・・・広いんだねぇ」
「このまま無限に広がっていくのか、それともやがて縮小していくのか、それさえわかんないけどな」

 目を細めるようにして、夜空を見上げたその眼差しが、まぶしそうに細められた。

「この宇宙が開いているのか、閉じているのか、まだ科学的に検証されてないんだ。理論値と観測値があわなくて、世界中の天文学者達が騒いでいるけど、だれひとり解決できた人はいない」
「シャルルも、そういうことに興味あるのかな」

 美恵がきくと、和矢はクスッと笑った。

「あいつは一応医者だからな。けど興味がないとは思わないよ。基本的に好奇心の塊だ。今回もそんな一面をかいま見た気がするもの」
「でもわたし、ひとつわかりません!」

 NAOが手をあげて、いった。

「どうして彼は眠るという言葉を使ったのでしょう?プラネタリウムは眠っているの?」
「オレもそれが気になった」

 いって和矢は腕を組んだ。

「この学園にオレの知ってるプラネタリウムが見れる場所はひとつしかない。けど、あそこは…」
「え?そんなとこあったの!?」

 3人同時に叫んで、和矢をみる。彼はぽりぽりと頭をかいた。

「あるにはあるけど、たぶんそこじゃないと思うんだよなぁ・・・」
「なんで?」
「たしかに機械はあるけど、ほとんど飾りのようなもんだし、実際そこで星をみたことないし」
「でもひとつだけなら、そこしかないんじゃないの?」

 不思議そうに美恵がいうと、うーん、と和矢はうなった。

「行ってみてもいいけど、何もないぜ。見る場所さえない。ほとんどあそこはプライベート・ルームだ。一般客が入るのをだれよりあいつが拒むんだよ。そんな場所に招待するとは思えないんだよなぁ・・・」

 その言葉に、なつきとNAOがぴくんと反応した。

「それはどこっ!?」

 あまりの迫力に、和矢はうろたえる。

「・・・どうしたの、君たち」

 美恵が笑いながらフォローした。

「ふたりともシャルルのファンなのよ」

 それで和矢は納得したが、するとますます言い出せなくなった。
 そこは彼の私室、教えたらあとが恐い。

「いや・・・たぶん違うと思うし、他をあたったほうがいいと思うぜ」
「えーーーいってみなきゃわかんないじゃないですか!」
「そうよ。ぜひ行きましょう!それはどこにあるの!?」

 和矢は困った顔をしたが、やがて考えをまとめて、はっきりと首を振った。

「違った方向から攻めたほうがいい。とりあえずこの学園の見取り図を見てみよう」

 この提案はかなり3人の意表をつくものだった。

「そんなのみてどうするの」

 冷ややかにいったのは、なつき。

「だってないんでしょ、プラネタリウム。だったらのってるわけないじゃない」
「いや、わからないぜ」

 ニヤっと笑って和矢はいう。

「なにしろ隠し部屋が好きな奴だからね。プラネタリウムのひとつくらい、どこかに作っててもおかしくはない」

 NAOはうーん、と考え込む。

「あなたの発言の有効性はわかりませんが、プラネタリウムともなれば、ある程度の広さが必要ではありませんか?」
「だから、探せるかもしれないだろ」
「はて?」
「無駄に広いスペースがある場所がみつかれば、そこがあやしい」
「そんなに上手くいくものかしら」

 美恵がつぶやくようにそういったが、和矢は自信ありげだった。
 ポケットから携帯を取り出して

「とにかくやれるだけやってみようぜ。生徒会室に学園全体の見取り図があったはずだ。他にもこの校舎を建てたときの資料とかいろいろ。美女丸に連絡取ってみる」

 そういうと彼は少し離れたところにいった。

「なんで美女丸なのかな」

 電話する彼をみながら、美恵が不思議そうにつぶやく。

「手伝ってもらうんじゃないの?」

 いつのまにかそこに座り込んでいたなつきが、そういってわずかに笑った。

「みんなも座ったら?長くなりそうだよ」
「湿ってない?」
「なーにいってんの。毎日晴天続きでしょうが」

 それで3人は草むらに寝っ転がった。
 顔をあげなくても星がみえる。みえるというよりはいまは、降ってきそうで思わず目を閉じた。

「すごーい。瞼の裏にまで星が見えるよ」
「うそ?」
「記憶が残ってるからかな。目をつむっても消えないくらい、きれいで」
「でもここは・・・少し光が多すぎますね」

 NAOはかつてみた満天に散らばる星空を思った。

「以前山奥で見た星はもっと、輝いていました。空ももっと、深くって、闇ももっと・・繊細で」

 なぜだか手を伸ばしたくなった。そこにあるのは空気。けれどもこの手につかみたいのは違うもので、もっと生きていくために必要なもの。

「繊細な、闇・・・かぁ」

 ためいきのようにひとりごとのようにつぶやいたなつきの脳裏に、ひとりの男性が浮かびあがった。そしてNAOもまた同じ人を思い描いていた。
 重なるのは彼の姿。
 冷ややかな美貌、なのに纏う雰囲気ははかなく繊細で優美、その青灰色の瞳を過ぎるのは果たして何なのか。そのバラのように美しい唇が紡ぎたい言葉が何であるのか、心の声を、聞きたいと思った。
 けれどもそれはまるで通り過ぎる夢のように、瞬きする一瞬だけみえる、そんな奇蹟にも似ていて、近づこうとするたび容赦ないまでの拒絶を感じずにはいられない。
 その心に入りたい。
 きっとそこなら宇宙より深くて甘美な彼の素顔が見えるだろうから・・・。

「すぐ来るってさ、美女丸。美馬さんにも連絡ついたし、あとはイツキ君だな」

 和矢がそういって、近づいてきた。

「ん?美馬さんとイツキも来るの?」

 美恵が立ち上がりながら、驚いたようにきいた。和矢は困ったような表情をしてる。

「のはずなんだけど、イツキ君に連絡がつかないんだ」
「番号知らないってこと?」

 和矢は首を振る。

「じゃなくて、繋がらない。電源を切ってるみたいでさ」
「家にいるんじゃない。そっちにかけたら」
「もちろんやってみたけど、まだ帰ってないみたいだ」
「・・・11時少し前、か・・・まあ健全な男の子だったら別に家にいる時間じゃあないわね」

 なつきがドキッとするようなことをさらりといって、じゃあね、と含み笑いを浮かべた。

「さくらのところにかけてみたら」

 さすがに和矢もそこまで考えなかったらしく、なるほど、とつぶやいて番号を押そうとし、ふっと手を止めた。

「そういえば、彼女の番号、教えてもらってないや」
「じゃああたしがかけるね」

 言うが早いか、美恵の携帯から呼び出し音が聞こえ出す。
 は、早いぞ、美恵ちゃん!
 と、その場にいた全員が思ったが、あえて声には出さなかった。
 やがて聞きなれた声がした。

「はい。こちらさくら」

 が、この声に4人はぼうぜんとなった。
 いつもよりずっと低い。
 すると電話口で、もうひとつの声がした。

「ちょっと失礼」

 そしてこの声にも、あぜんとする4人。
 なにがおこってるのか、さっぱりわからない。

「あ、ごめん、美恵ちゃんだろ、さくら今、寝てるんだ、熱が下がんなくて」
「ちょ・・・なにを勝手に・・ごっほごほごほごほげほげほげほ・・・・ゔ」
「ああ、ほらいいから、君は寝てて。病人は大人しくベッドで寝てなさい」

 それらのやりとりから、なんとなく状況がわかった。
 つまりイツキは彼女の見舞いにいっているらしい。

「あのね、イツキ、実はあなたに用事なのよ」

 美恵があっけにとられつつもそういうと、向こうでイツキの驚いたような、けれども嬉しそうな声がした。

「なに?」

 美恵は携帯をそのまま和矢に手渡した。そのときわずかに彼のがっしりとした手に触れて、ドキッとした。

「もしもし、イツキ君?」

 そして彼は手早く用件を伝えた。向こうの返事はよく聞こえなかったが、ときどき「そうなんだ」とか「わかった」とか、そんな簡単な相槌を和矢は打っている。やがて彼は「サンキュ」といって、通話を終えると、それを美恵に返した。

「ありがと」

 彼が使ったと思うと、その携帯が世界でたったひとつしかないもののように思えて、美恵は思わず両手で受け取った。

「なんだって?」

 その答えを、なつきとNAOも興味深々、といった様子で待っていた。
 和矢はかすかに笑った。

「来るのは無理だってさ」

 なんとなく、答えは予測できていたので、だれも驚かなかった。

「人手、足りないですか?」

 NAOの問いに、和矢はきょとんとした。

「へ?」
「だって、だからみんなを呼んでるんでしょう?」

 なつきがそういって、彼を見返す。すると彼は、その意味がわかったのか、クスッと笑うと、軽く首を振ってみせた。

「そうじゃないよ」
「違うの!?」

 美恵も、驚く。彼女の瞳は、彼を急かすように和矢へと向けられた。

「だったら、何のためよ」
「セキュリティを解くためだよ」
「なんの?」
「資料が仕舞われている、宝庫のさ」
「宝庫〜?」

 聞く事すべてに驚いているような彼女に、和矢はほほえんだ。
 素直な反応が、見ていて飽きない。

「生徒会役員にでもならないと、たしかにわかんないことだけどな」

 フォローするようにそう言って、彼は話し出した。

「基本的にこの学園に関する資料って、極秘なんだ。どこからどんなふうに漏れて、どう悪用されるとも限らないからね。特に理事長は有名人だろ。髪一筋のスキャンダルだって命取りだ。そんなわけで、建物の構造なんて、もちろんマル秘なわけ。で、点在する宝庫にしまってるんだけど、その鍵をあけるのに、生徒会役員の4人がもってるキーが必要なんだ。会長のオレと、風紀委員長の美女丸と、そして書記と会計の美馬さんとイツキ君。この4人が揃わないと宝庫は開けられないよう、理事長自ら設計したのさ。あいつ以外には破れないはずだ。もっとも」

 そこで言葉を区切って、和矢は意味ありげに美恵をみると、ニヤリと笑った。

「ダイナマイトを使えば話は別だけどな」

 彼がさっきの美恵の発言を覚えているのは明らかだった。
 美恵はカァーッと赤くなると、いじわる・・・と小さくつぶやいて下を向いた。
 彼は楽しそうに笑って、ぽんと彼女の頭に手を置く。

「いじけるなよ。あれくらいのパワーあったほうがいいって」

 フォローになってるんだかなってないんだか微妙な発言ではあったが、褒められていることにしておこう、と楽観主義者の彼女は思い、顔をあげた。
 ちなみにその場にいたふたりの話では、じゃれているとしか思えなかった、というのは余談であるが・・・・。

「話はだいたいわかったわ」

 ひととおり聞いた後、なつきは上半身を起こしながら、そういった。

「で、イツキは来れないんだから、宝庫は開かないわけね?」

 すると和矢は首を振る。

「いや。たしかに彼は来れないけど、美馬さんに連絡とって、自分の分まで預けるってことだから、問題ないだろう」
「それって他人がもってもいいの?指紋とか声紋とか、あるいは瞳孔とかじゃないんだ」
「その方が確実って気がしますよね」

 NAOが同意する。たしかに「物」よりは盗まれにくそうだ。

「残念ながら違うよ。それはね、コレ」

 いって和矢は横を向くと、左の耳を差し出した。
 突然向けられた横顔に、3人はドキッとした。
 無理もない。夜とはいえ、星明りはある。校舎のあかりも。夜の闇にほのかに漂う光、そこに浮かびあがる精悍な頬、視線からはずれると彼の眼差しが意外にクールなのに気づいたりもする。
 うあぁ・・・・ちょっとこの人・・・・カッコいいかも・・・・。
 と、素人(?)さえ思ったのだから、ただでさえ彼に弱い美恵はというと、そのまましゃがみこんでしまいそうだった。足に力が入らない。ドッキン、ドッキン、ドッキン・・・
 けれども当の本人、てんで鈍く、そんなことには何ら気づかない様子だった。

「ほら、この小さなピアスだよ。落とせば気づくし、なくした時点であいつに言えば、すべてのセキュリティがシールドされるってわけ。指紋は勝手にとられるかもしれないけど、さすがに肌身離さず身につけてるものだとわかるだろ」

 そうしてこっちをみて、ふっとほほえんだ。

「だれがいちばん反対したと思う?」

 ぼうぜんと見惚れていた美恵は、その言葉にはっと我に返る。

「反対って、このピアスに?」

 それはもう、ひとりしかいないだろう。

「美女丸でしょ」
「あったりー。あいつさー、こんなチャラチャラしたのは嫌だってつっぱねて、大変だったんだ」

 よほどすごかったのか、そのときのことを思い出し、和矢は笑い出す。

「結局シャルルの詭弁に負けて、つける羽目になったんだけど、穴あけてもらうときも、ブツブツ文句いって大変だったんだぜ」

 たしかに。想像できよう。あのお堅い風紀委員長の耳にピアスとは・・・いままで気づかなかったのが不思議なくらいだ。そういうと、和矢が教えてくれた。

「ああ、それはね、最終的に色を肌にあわせて目立たなくすることで妥協したわけ」

 そのとき、黙っていたなつきが、ところで、と口を開いた。

「その穴は、どなたがあけたのかしら?」

 当然、というように和矢が答える。

「シャルルのほかに誰もいないだろ」

 ああ、やっぱり・・・・・うらやましい!

「手が耳元に触れるのよね・・・それだけでもう代わって欲しいかも・・・」

 そういってNAOも、ほぅっ・・と感嘆にも似たため息をもらした。

「さてと。じゃあそろそろ行くか」

 いって、和矢が歩き出す。

「行くって、どこに?」
「生徒会室。そこに集合ってことにしたんだ」

 肩越しに振り返ってそういうと、なつきとNAOも立ち上がった。

「長い夜になりそうだねー」

 伸びをしながら美恵がそういう。それをきいた和矢が、クスッといたずらっぽい笑いを浮かべて、振り返る。

「朝までかかって宝探し、だな」
「うんっ!」

 元気良く頷いて、美恵が隣に並ぶ。そして4人は仲良く生徒会室へと向かったのだった。





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