きつき注意報

「ええ?! どこから出てきたの!!?」

 明美は大きな瞳を、よりいっそう大きくして、突然現れた彼らをみつめた。
 それは彼らにしても同じことだったらしく、

「うっそお。いつのまに?!」

 ルイも目をぱちくりした。
 しかし、明美にしてみれば、そんなことはどうでも良かった。

「シャルル・・・」

 もうずっと会っていなかった、会えていなかった人が、目の前にいるのだ。
 何も考える余裕はなかった。
 気がつくと、からだが動いていた。

「・・・・・・」

 シャルルは、突然のことに意表をつかれたのか、拒否を、しなかった。
 それでみんなが(?)、ここぞとばかりに(?)、彼に抱きついた。
 みんなといっても、一部男性は除く、であるが。

「おい・・・・・・」

 さすがに鬱陶しそうに眉をひそめるシャルル。

「いい加減、離れてくれないか」

 冷ややかな視線と、声。しかし誰も離れようとはしなかった。
 苦笑とも冷笑ともいえるため息をつき、彼は、遠巻きにみていた相棒に視線を投げた。

「なんとかしてくれ」
「自業自得」
「どう言う意味だ」
「おまえの行動の招いた結果だ。甘んじて受けろよ」

 シャルルはこれ以上はないというほど声に冷気を込めた。

「退学したければ、そう言え」

 世間では、これを職権乱用という。
 さすがに誰も、アルディ学園を追放されたくはないらしく、みんな、離れざるを得なかった。
 ようやく自由になったシャルルは、ほっと息をついた。

「なんなんだいったい……」

 迷惑この上ないといった口調だった。

「もう二度と会えないんじゃないかって思ってた」

 アンドリューの瞳には、うっすら涙さえ浮かんでいる。

「それくらい心配させたシャルルが悪いんだ。少しは反省してよね!」
「反省だと? おまえが勝手に心配したのが、なぜ私の責任なんだ」
「突然いなくなれば、誰でも心配するよ!」
「私はそんなに信用がないわけか」

 むっとしたようにシャルルは言った。

「ないだろ、これまでの自分の行為を省みろよ」

 美女丸が、ふっと皮肉げな笑みを浮かべる。

「むしろ教えて欲しいぜ。おまえの何が信用できるんだ?」
「誰もお前には言ってない」

 興を削がれたといった様子のシャルル。

「部外者は引っ込んでろよ」
「なんだと!?」
「ちょっと美女丸、落ち着きなさいよ」

 ルイが苦笑しながら彼の肩をたたく。

「家族の会話に、口出し無用よ」
「・・・そうだな」

 わりと素直に、美女丸は頷いた。

「おまえら、家族だったんだよな」

 そして二人に向けた視線は、どこか羨ましげにも見えた。
 NAOは、そんな美女丸の様子を、少し遠くからみていた。
 家族、いないのかな・・・。
 そんなことを考える。
 彼女は4人姉妹で、家族がいるのが当たり前の環境で育った。
 だから、もし自分に家族がいなかったら、と想像することさえなかった。
 けれども、世の中には家族がいない人も、たくさんいる。
 そんなことに、いまさらながら気づいて、自分はしあわせなのだと思った。
 彼女にとって当たり前のことは、みんなにとって当たり前のことではないのだ。
 それを時々、忘れてしまう。

「あっ、違うや」

 アンドリューの声のトーンが、ふいに、変わった。

「たしかに心配もだけど、それよりなにより」

 じっとシャルルを見つめた瞳から、一筋の涙がこぼれた。

「寂しかったんだ。シャルルがいなくなって、すごく、悲しかったんだ」
「・・・・・・・」
「会いたかったんだ。 すごく会いたくて、寂しかった・・・シャルル・・・・大好き!」

 そういって抱きつかれ、シャルルは驚いたように震える背中をみつめた。

「おい、チビのリュー。おまえはいくつになったんだ。そういう台詞は恋人に言ってくれ」
「ーーいやだ。僕は何度でも言うよ。いくらシャルルが嫌がっても、いつ会えなくなるかわからないんだもの。言いたい時に言うことにしたんだ」
「すごい開き直り方だな」
「どんなに忘れようとしても無理だからね。」

 アンドリューは、まるで暗示でもかけるかのようにシャルルの瞳を凝視した。

「僕は絶対、諦めないんだから」
「・・・・よくわかってるよ」

 シャルルは目を伏せるようにしてほほえんだ。

「アルディ一族は、執念深い」

 アンドリューはその答えに、満足そうに笑った。
 そんな彼らを、なつきは静かに見守っていた。
 まっすぐなアンドリューの姿が、まぶしかった。
 そして、そんな彼を突き放せないシャルルが、くすぐったいほど、いとおしく思えた。
 これまでは、どこか興味本位な部分で彼のことを観察してきたが、ここにきて、なぜこれほどまでに理事長人気が高いのか、その秘密を垣間見たような気がした。

「リューだけ贔屓!? だったらあたしも」

 そういって抱きつこうとした明美を、片手で払うと、シャルルは視線を、美恵に向けた。

「具合でも悪いのか」

 美恵は、はっとしたように顔をあげた。

「え? 何か言った?」

 どうやら、これまでの成り行きを見ていなかったらしい。

「どうしたの、美恵ちゃん。大丈夫?」

 ルイが心配そうに顔を覗き込む。そしてはっと、自分たちの会話を思い出した。
 もしかして、あの話を、本気にしてるのでは・・・・?!

「ううん。平気。ちょっと疲れちゃったみたい。貧血っぽいだけだから」
「それは大丈夫とは言わないのでは?」
「でも体質だし。今に始まったことじゃないし」
「美恵さんって、繊細なんですねえ……」

 NAOは、ほぅ、と、どこか羨ましげなためいきをついた。

「いいですねえ。わたしなんて無駄に元気で殺しても死なないなんて言われるくらいで、か弱さを見習いたいです」

 すると、背後で笑い声がした。振り返ると、美女丸が、声を出して笑っていた。

「何がおかしいんですか」
「いや、殺しても死なないって、おまえ、見かけによらないんだな」

 たしかに、彼女の外見は、むしろか細いほどである。

「長女はタイヘンなんですよ。死んでる場合じゃないんです」
「それをいうなら、あたしも長女なんだけど」

 美恵が、律儀に言う。

「妹さんが?」
「ううん、うちは弟」
「だからですよ、きっと」
「え、なんで?」
「だって男の子は守ってくれるじゃないですか」
「兄じゃなくて弟だよ?」
「ある程度成長すれば、弟でも男の人ですよ。姉を守るくらい、してくれます」
「いや、守るっていっても、別に守られる必要ないし」
「いいなあ。美恵さん。いいなあ。わたしも男の兄弟欲しかったです。そりゃ、妹達もすっごく可愛いけれど」

 途中から、NAOはひとりの世界にいってしまった。
 いやに現実的かと思えば、時折こんなふうに乙女な一面を見せたりもする。
 彼女の魅力は、万華鏡に似ていた。

「少し、元気になった?」

 会話を聞いていたルイが、ほっとしたような声を出した。

「さっきはほんと、倒れそうにみえたけれど」

 言われてみると、頬にも赤みが差していた。

「もしかして、おしゃべり欠乏症とかじゃない?」

 明美がぽんと手を打っていう。

「ここんとこ、あんまりおしゃべりしてなかったから、女子としては、物足りないというか、息苦しいというか」

 それを聞いて、美恵はなるほどと思った。

「そうかもしれない。重い空気は、すごい疲れるし」
「絶対そうだよ。もっとくだらない話しないと、あたしたちは駄目なんだよ」

 明美は断言した。

「これからは、女子会のノリで行こう」
「なに、それ」

 なつきが、怪訝な顔をする。

「知らないんですか?」
「聞いたこともないわ」
「さすが、大人の女性ですね」

 何を感心されているのかさえ、もはやわからなかった。

「つまり、男性がついていけない女性ならではのハイテンショントーク」
「ここには男性がいるのに、いいの、それで?」
「別にいいんじゃない」

 意外にも(?)、ルイが同意した。

「あたしも、暗いのは苦手なのよ。この際だから、女子会に一票」
「おお、話がわかるね、ルイさん」
「ま、いいけど。で、何を話せばいいわけ?」

 なつきが投げやりに訊くと、明美は嬉々としていった。

「そりゃ、もちろん、恋バナよ!」
「・・・・だって、みんな同じ人好きなんでしょ? 奪い合いでもするの」
「まっさかあ。同じ人が好きってことは、気が合うってことなのよ。ライバルだけど、仲間よ」
「あたしは違うよー」
「美恵ちゃんは、そういう意味じゃ独占できていいよねえ」

 お兄ちゃんのことを、とは、声に出して言わなかった。

「でも、致命的な問題がありました……」

 NAOは、小さな声を出した。

「なに、致命的って」
「さすがに本人がいる前では、恋バナ、しずらいです」
「!!!」

 すでに男性陣は、会話参加を放棄しているとはいうものの、こんな静かな場所では、会話はダダ漏れである。
 それに加え、脱出方法を考えもせず、女子会トークに花を咲かせていいんだろうか、と、冷静なNAOは思っていた。

「あのお」

 コソコソと、いちばん話しやすそうなアンドリューに近づいた。

「ん?」
「率直な意見として、今のあたしたち、どうですか」
「んん?」
「明らかな現実逃避というか、目の前の問題から逃げているというか」
「え? いいんじゃない?」
「・・・・いいんですか?」
「だって、それでみんなが元気になれるなら、すごくいいじゃない」

 その言葉に、NAOははっとした。
 そういえば、そうだった。
 きっかけは、暗い雰囲気をなんとかしようというところからきていた。
 もっといえば、元気のなかった美恵さんを、励まそうというところが、スタート地点だったのだ。

「そうですよね!」
「そうだよ。どうせ時間はたくさんあるんだし、好きなだけ話せばいいと思うよ」

 しかし、世の中、そこまで甘くはなかった。

「適当なことを言うな、リュー」

 いつの間にか、シャルルがそばにいた。
 思わず、一歩、後ずさる。

「なんで、いいじゃない。おしゃべりするくらい」
「そっちじゃない」
「そっちって? どっち?」

 アンドリューはどこまでも無邪気だったが、その態度が、彼を苛立たせたらしい。
 一睨みで彼を凍りつかせると、冷たく言い放った。

「この惑星は、まもなく崩壊する」
「・・・・・え?」

 あっけにとられるアンドリュー、誰も理解できない突然の言葉に、沈黙が流れる。
 その中で、シャルルは再度、今度はため息混じりに言った。

「いったいどこに時間があるんだ。あるなら是非とも見せて欲しいね」









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