こんばんは。
世間では、っていうか、世界では
戦争の事で話題がいっぱいですが(2003年3月22日現在)
先日の更新にも書きましたが
友達の、大親友の、大大大親友のコニタンが
今日の午前中、旅立っちゃいました。

別に、コニタンは死んじゃったわけじゃないんだから
いつでも会おうと思えば会えるのでしょうけれど
でも、当たり前のように、いつも気軽に会って
お話して、お食事して、楽しんでいたのに
今日からそれが出来ないって思うと
やっぱり淋しいです。

昨日は、コニタンの家に夕方の5時頃から行って、
最後の夜をコニタンと過ごそうと思いました。
でも、コニタンの家にいましたら
夕方の6時頃から
コニタンの家族、そして親戚、近所の人
そして、私が知らないコニタンの友達が
入れ替わりに訪問してきて
コニタンに声をかけていました。
が、中でも、家族の人が
何度も何度もコニタンと話をしたがっていた。
良く考えたら、コニタンは私の所要物では無いですし
私が独占する権利もないんですよね。
私が淋しいと同じように
それ以上に、コニタンの家族の人が
淋しい思いをしているんですよね。

やっとそれに私は気づいたので(遅!)
コニタンに
「みんなが心配しているのに、
 勝手に家に押しかけてゴメンね。
 悠美子、頑張ってきてね」
って言って、午後8時頃コニタンの家から帰りました。
なんか中途半端だけど、
でも、あと何時間一緒にいても、
あと何日間一緒にいても、
結局別れがくれば、つらいですし、淋しいですし。
だから、頑張って帰って来ました。
自分の家の私のお部屋に帰ってきても
何かする気力もなくて
ボーっとしてました。

午後10時頃、いきなり誰かが私の家に来たの。
コニタンでした。
「陽子、今からホテルに行かない?」
って、突然、大胆発言するの。
私が「何を言ってるの?明日の朝、出発するんでしょ?」
って言うと、
「家にいると、落ち着いていられないから」って言うの。
私が
「家族の人は、私よりも、もっと心配しているんだから
 家にいてあげなきゃダメだよ」って言うと
「最後の夜は、陽子と過ごすって、私は心に固く決めていたんだから。
 中途半端な状態で別れちゃったら、私、後悔しちゃうもん」
って言うので
一緒にホテルに行く事にしました。
エッチ専門のホテル(ブティックホテル・ラブホテル・モーテル)
のことだよ。
どこのホテルも満室ばかりだったけど
5件目のホテルに空室があったので
そこに入りました。

その時に撮影したホテル内の
バスルームの画像を下(↓)に用意しましたので見てね。

ホテル内の事は、省略していいですか?ごめんなさい。
一緒にお風呂に入って、裸で抱き合って、エッチしました。
もちろんホテルは宿泊です。

朝の7時にホテルを出て
一度コニタンの家に戻りました。
私が駅まで送ることになっていたのですが
コニタンが私の車に乗ると
家族の人、近所の人が大勢出てきて
私の車を取り囲んで
コニタンとの別れを名残惜しんでました。
悠美子は、みんなに凄い愛されていたんですネ。

駅について、私もホームまで付いて行きました。
コニタンは駅の周りの景色を見回すように見ていました。
おしゃべり好きの私とコニタンが、電車が来るまでの約5分間
一言も話さずにいました。
周りのお客さんが楽しそうにお話をしているのに
私とコニタンは、まるで犬猿の仲って感じで
沈黙してました(笑)
たった5分の時間が、100時間位に感じました。

電車が来て、コニタンが乗り込んでから
「悠美子、頑張って来てね。
 ちょっとだけさよならだね。でも、また会おうね」
って言うと
「陽子と色々なことしたね。
 私の青春時代は陽子といつも一緒だったような気がする。
 頑張ってくるね」
って、言ってくれました。
私が「悠美子、辛かったら
 苦しかったら、無理しないでいいから
 帰ってきてよ!」って言うと
コニタンが笑顔で
「もしそうなったら、職探し手伝ってよ」
って笑ってました。
電車のドアが閉まって
電車が走り出して
どんどん遠くに行っちゃって
電車が見えなくなって・・・・

私の住む都道府県区郡市町村には
大勢の人が住んでいます。
私の家族も、私の友達も
私の恩師も、彼も、
色々な人が、いっぱい住んでいます。
でも、コニタンが乗った電車がホームから見えなくなると
まるで私の住む街に、人間が誰もいなくなってしまったような
そんな気がしました。
誰一人いない、孤独の街に
私だけ取り残されたような空虚な気持ちでした。

お昼頃、家に帰ってきたけど
何も手につかないの。
ただただコニタンとの思い出だけが思い出されてきて。
もっともっとコニタンと一緒にいてあげれば良かったなぁって
今になって後悔して・・
ホームでの別れの時は
涙なんて何も出なかったのに
急に涙が出てきて・・・・
先ほども書いたけど
コニタンは死んじゃったわけじゃないじゃん!
って思うのですが
それでも、悲しい気持ちは拭えなくて。

すぐに立ち直るなんて思っていたけど
私って、あまり強くないみたいだね。
「もはや抜け殻同然(笑)」
無気力、無感動って感じの私です。
他の友達と騒ごう!とか
彼と熱い夜を過ごしてコニタンのことを忘れよう!
なんてことは絶対にできない私がいます。
彼には「友達と別れて寂しい。この気持ちが整理するまで
 会うの待ってくれる?」って自分勝手なことを言ったら
「陽子の気持ち、分かるよ。いつまでも待ってるから」
って、返事。
いつも私のワガママを聞いてくれる優しい彼。
甘えてばかりの私って、やっぱり弱いんだね。

実は、私が高校を卒業して
大学に進学するために故郷を離れる時に
父に手紙をもらったの。
今から出発!っていう時に手紙をもらったの。
今でも大事に持ってるんだけど。
その父の手紙の中にも
私の今の心情と同じような事が書いてあったの。
父の手紙の一部をココで紹介します。
父の手紙、原文そのまま掲載します。
(言葉使いや表現は父の手紙原文のままです)
「・・・・・略・・・・・・・・・・・・・・
 この手紙を書いている今現在は
 陽子はまだ家の中にいるね。
 家にいるのが当たり前だった陽子が
 明日の今頃には、いなくなるのか。
 陽子には、本当に楽しませてもらったな。
 小学校の時は、吹奏楽で
 色々な発表会や演奏会で楽しませてもらったし
 中学の時は、陸上部の試合の応援で楽しませてもらったし
 高校の時は、野球の試合と、水泳の試合で楽しませてもらった。
 一緒に料理を作ったり、夜遅くに2人で食事に行ったり
 いっぱい楽しませてもらいました。ありがとう。
 陽子に毎年誕生日のプレゼントをもらったけど
 去年もらった栄養剤は、まだ残してある。
 この先もずっと残しておこうかなって思ってる。
 一昨年の高校2年にもらった手作りのぬいぐるみは
 お父さんの宝物だよ。
 明日から我が家の一室が空っぽになるんだなぁ。
 まだ信じられないけど、事実なんだよな
 ・・・・略・・・・・・・・・・・・・」
先ほど、急に父からもらった手紙のことを思い出して
読み直してみたけど
今の私と同じような気持ちだったのかもしれないね。

考えてみれば
私よりも、コニタンの方がつらいんですよね。
知らない街に一人で来て
不安と緊張の中で、これから未知の街で生活するんだもんね。
コニタンが頑張るんだから
私だけがバカみたいに悲しむなんて、
本当にバカみたいだよね。
だから、私も頑張らないとね。
抜け殻♪なんて言ってられないよね。
でも、もう少し時間いただけますか?
本当にごめんなさい。
遅くても火曜日には
いつもの陽子タンになって戻ってきます。
絶対に戻ってくるようにしますから
あと暫く時間下さい。
本当にごめんなさい。
だから、掲示板には
何も感想とか意見書かなくてもいいよ。
また悲しくなっちゃから(笑)
だからね、掲示板には
いつものようにエッチなことや変態な事
バカみたいなことなどを気軽に書いてネ。
それから、掲示板へのレスポンスは
月曜日〜火曜日にまとめてします。
今日はちょっとレスポンスする気力がないの。
「せっかく来たんだからレスポンスぐらいして行けよ!
 管理人だろ?あんた!」
って思う人が大勢いらっしゃると思いますが
今日はどうしてもダメみたいなの。
「もはや抜け殻同然」って感じ♪
本当にごめんなさい。
もっと強い人間にならないとダメですね。
★ホテルの画像を掲載しようと思いましたが
 次回にするね。なんかそんな気にならなくなっちゃって。ごめんなさい。

また長々と書いていたら、12時過ぎて日付が変わっちゃった(笑)

陽子の普通の話、雑談コーナー目次

03/03/23 (日) 午前 12:39:36