★N男さん
●少年時代の裕子ちゃんとのエッチな思い出はたくさんあるけど、まずこれから。
この裕子ちゃんと遊ぶようになったきっかけは、ぼくが学校に上がった1年生の時で、
一級上の裕子ちゃんは、学校からの指示で入学したばかりの近所の子を毎日連れて
通学することになっていたからです。近所の1年生はぼく一人でした。
だから帰ってから遊ぶ約束もできました。以前和美ちゃんの出来事で
女の子のおしっこに興味を持っていたぼくは、当然裕子ちゃんのおしっこも見せてもらいました。
ある日遊んでて、裕子ちゃんのあそこを詳しく見てみたくなり、
アパートの物置小屋に入って「裕子ちゃん、女の子のおしっこ出るところって、
どんなんなってるの?」と尋ねると、裕子ちゃんは黙ってスカートをめくって
パンツに手を掛けると、ちこっと一瞬だけ下げて見せると、またパンツを上げてしまいました。
「えっ、見せてよ」とぼくはパンツをつかんで下げました。
「えー、母さんに叱られる」という裕子ちゃんの言葉を聞いて、
重大なことなんだなと思いながらも、顔を近づけて見てしまいました。

物置小屋の中は暗かったので、色があまりはっきりしなかったけど、
ぼくは顔がくっつきそうなところで裕子ちゃんの割れ目を指で広げてみると、
中のお肉は真っ赤だった(暗いのでピンクが赤く見えたのかも)のを覚えています。
そして、おしっこ臭い割れ目の臭いもはっきり覚えています。
これが、大人になって年頃の女の子とエッチする時に思い出して興奮することになるんですが・・・。
ただこの時、もっと見たくて中まで無理に広げようとしたものだから、
裕子ちゃんは、「痛いからやだ」と言って嫌がったので、そこまでにしました。
でも、割れ目の中の湿っぽい感触もわかったし、指についたおしっこの臭いも嗅いでみました。
おしっこ臭いはずで、裕子ちゃんはおしっこをしても、
いつも拭かずにすぐパンツを上げていましたから。
でも今考えてみれば、何か心が痛むのは、裕子ちゃんのパンツは、
さんざん洗い古してゴムも伸び気味、小さな穴が開いていました。
貧乏な暮らしをしていたんでしょうね。

この先、裕子ちゃんとは、学年が上に行くに従って回数は減ったものの、
時々遊ぶことがありました。確か最後に遊んだのは裕子ちゃんが5年生、
ぼくが4年生の夏だったと思います。裕子ちゃんを「デート」(笑)に誘う時は、
出来るだけ原っぱや森の中、川のそばなどのトイレの無い所を選んで一緒に行くのが作戦でした。
ただ、公園のトイレで裕子ちゃんがおしっこするのも見たことはあります。
ドアを閉めないでするからです。この当時公園のトイレや小さな田舎駅のトイレはくみ取り式が普通で、
個人の住宅だって水洗の家などほとんどなく、ぼくが遊びに行った友だちの家には
一軒もありませんでした。だから、公園のようにきちんと手入れされていないトイレは臭くて臭くて
ひどかったのです。だからトイレがあるのに女の子でもわざわざトイレの裏や植え込みの陰に
しゃがんでおしっこしている子を時々見かけました。裕子ちゃんも近くの公園では、
遊んでいる子が少ないときは、トイレの裏でしてました。

それから、これがまた傑作で、裕子ちゃんに限らず、
昔よく女の子たちと川や水田などの水辺で遊ぶと、みんなスカートの裾を水で濡らさないように、
パンツの中に巻き込んで、まるでおむつがとれない赤ちゃんみたいなスタイルで遊んだのを覚えています。
さて、裕子ちゃんも2年生頃になると、ぼくが「おしっこするとこ見せて」と言っても、
しだいに進んでOKしなくなってきました。と言ってもひどく嫌がるわけでもなく、
遊んでいても「おしっこして来るから見ないでよ」なんて、わざわざ断って、
スカートをめくりながら草の茂みの方に駆けて行きます。すぐについて行くと、
せっかくお尻を出してしゃがもうとしていたのに、笑いながらまたパンツを
上げてスカートを下ろしてしまったことがあったので、少し間を置いて、
そろそろかなと思う時に駆けつけて、しゃがんだ膝の前に顔を出すのです。
おしっこが出てしまえばもうこっちのもの。「あー、N男ちゃんエッチだー」なんて言いますが、
だからといって絶対に見えない場所に行くことはなかったようです。この頃ぼくは、
初めて「エッチ」という言葉を知りました。

新人登場!!
ぼくの家は父の会社の社宅で、社宅と言ってもまるで長屋みたいな構造で二世帯がくっついて、
真ん中に風呂場があり、二件の家が順番に共同で使いました。
ぼくの家の入居は確か3才ぐらいの頃で、同じ構造の住宅が4棟あっても、
となりがずっと空き家でした。そこへ、ぼくが2年生になる時越してきた家の子が
理恵ちゃん智子ちゃん姉妹です。当時理恵ちゃんが幼稚園、智子ちゃんが小学3年生で、
裕子ちゃんと智子ちゃんは同級生になったのです。この社宅は子どものいない若い夫婦や
大きい子のいる家ばかりだったので、今度は4人で遊べました。理恵ちゃんはスカートが短く、
立っていてもパンツが見えるスタイル(ワカメちゃんみたい)で、
智子ちゃんは胸までの髪をいつも二つに縛り、やせ形で背が高く、
来てすぐの頃はまだ寒くていつもズボンでした。この季節は裕子ちゃんは
スカートにタイツでした。発見ですけど、タイツの女の子がおしっこのあと、
立ってまずスカートをガバッとめくって裾をあごではさみ、
下げてあるタイツとパンツの中からパンツを引き出して上げ、
そしてタイツを上げてスカートを下ろすという過程です

当時いたのは寒冷地で、冬にスカートの子がタイツをはいているのをよく見ました。
中には体操がある日はブルマーもはいてる子がいました。
学校から帰っても着替えずに遊ぶのが普通でした。いつだか、裕子ちゃんと遊んだ時に
「N男ちゃん、ここでちょっと待ってて」と言うので、「何で」と聞くと、
「いいからここで待っててよ」と言って裕子ちゃんは裏の棟との間の水道ポンプ室?
の後ろに駆けて行くので、ぼくはピンときました。絶対おしっこだと思い、
そっとポンプ室の後ろに行くとズバリ的中。裕子ちゃんはおしっこしてました。
ぼくの接近に気づき、「あーあ、また見られた」と言いながらも、
隠しませんでした。終わって立ってスカートを上げてあごで挟み、
パンツをさぐって引き上げ、割れ目を押さえて今度はタイツを窮屈そうに引き上げ、
ブルマーも上げてスカートを下ろすまで見て、ぼくは「女の子っておしっこも大変なんだね」と言うと、
裕子ちゃんは同情してくれたと思ったのか、(ぼくの勝手な解釈)あまり怒りもせず言いました。
「そうだよ、だからいつも女の子の方がおトイレで時間かかるの、男の子っていいね、
おちんちん出すだけでいいんだから」などとね。

この日の夜のぼくと母の会話。ぼくは夕食が終わって母が台所で食器の洗い物をしている時に、
「母さん、女の子っておしっこする時もいちいちお尻出してしゃがんでするんだね、
ぼく男の子でよかった」なんて言ったら、母は洗い物の手を止めて、
「N男、お前女の子のおしっこするとこ見たの? やだわ、だれの見たのよ」と聞かれたので
「裕子ちゃん」と答えると、怒るのではなく何だか少しニコニコしながら
「あらあら、二人とも仲がいいのね。・・・
だけどね、女の子って本当はおしっこするところなんか人に見られたくないものなんだよ、
母さんも女だからわかるけど」と言ってまた水仕事を続けました。

そして、さらに続きがあったんです。そうか考えてみれば母も子どもじゃないけど確かに女だなあ。
(当たり前か)そこで、ぼくは大胆にも母にまた聞きました。
「えっ、母さんもやっぱりおしっこしゃがんでするの?」
「そうよ、だからいつもおしっこの時にしゃがんでする方に入るでしょ」というやりとりがありました。
この時確か父はまだ帰ってきてなかったと思います。
それから母はこんなことも話してくれました。
「だんだん大人になると、外ではお尻を出すの恥ずかしいから、
女の子も外でおしっこしなくなるの。母さんね、
子どもの頃庭におじいちゃんが植えたナスに毎朝おしっこかけてたの。
一生懸命しゃがんで毎日おしっこかけてたんだよ。良い事してたと思ってたのに、
いつかおじいちゃんに見つかって、ナスがだめになるからと言ってひどく叱られたんだよ」と。
それを聞いてぼくは母にもそんな少女時代があったんだなと思いました。

そうそう、学校は特に小学校が今考えればひどいトイレだったです。
この時代は、ぼくに限らず「トイレ」だなんて呼ぶ人はあまりお目にかかったことがなかったです。
みんな男便所女便所などと呼び、「トイレ」などという言葉は、
どこかの上品できれいな家に住んでる女の子だけが使う言葉だと思ってました。
女の子だって「我慢できねえ、便所さ行ってシッコしてくる!」なんて言ってましたからね。
くみ取り便所ですよ。当時これしかないから、みんなこんなものだと思って
平気で使ってましたが、校舎は木造でお化け屋敷みたいな建物。中は暗くて、
夕方や冬の早朝はもちろん、昼間でも天気の悪い日は暗く、
トイレの中は豆電球より少し明るい程度の白熱球が天井に3〜4個あったかな? 
だから個室に扉を閉めて入ると非常に不気味で、足下には便器が大きな口を開けていました。
ここまで書けばわかると思いますが、低学年の子など女の子でも扉を閉めないで入っていました。
中にはベロリと扉を開けて勢いよくおしっこをしている女の子もいたので、覗かなくても丸見えだったんです。

さてさて、ぼくの小学2年生。確かこの年の初夏の頃だったと思いますが、
となりに住んでる姉妹の姉の智子ちゃんが初めてスカートをはいているのを見ました。
理恵ちゃんはいつもスカートばっかりだったけど、智子ちゃんは、ずっと長い間ズボンばかりでした。
智子ちゃんは背が高いし髪も長いので、この日のぼくにはやけに新鮮で可愛く見えました。
この日は、裕子ちゃんと智子ちゃん、それにもう一人たえ子ちゃん(漢字わからない)という
3年生の女の子が来ていて、庭でゴム跳びをしていました。窓から見えていたので、
ぼくも庭に出て行くと、うまいことゴムの持ち役に使われました。ゴム跳びですから、
時々ヒラリとなびく女の子のスカートの中で、白いパンツが見えます。
(ところで、この頃白以外の色のパンツってあったのかな? ぼくは見たことない)
ゴムを高くすると思いっきり足を振り上げて大股を開いてクリアします。
やがてそのうちに、智子ちゃんが「ちょっとタイムね」と言って女の子たちだけで
何やらコソコソ話していましたが、その中の裕子ちゃんが少し大きい声で
「ユッコ今出ない」などと言っているのが聞こえたので、ぼくはおしっこの時間だなと思いました。

どうやら図星、智子ちゃんとたえ子ちゃんはポンプ小屋の後ろに行きます。
裕子ちゃんは地面に石ころで絵を描いています。二人の女の子の姿が見えなくなってから、
ぼくはタイミングを見計らってポンプ小屋の後ろに小走りに行ってみると、
ちょうど目の前で智子ちゃんがそこにしゃがんでシャーシャーともの凄い音を立てておしっこをしているところでした。
裕子ちゃんの時と同じようにしゃがんだ膝の前にぼくは顔を出して見ました。
そしたら智子ちゃんは「キャー、エッチー。見るな、あっち行け!」と大声で叫んだのです。
でもおしっこは出てしまっているので、ぼくはしっかり最後まで見ました。
割れ目の形が裕子ちゃんとちがって、もっとふっくらしていて、
深い谷間の中からおしっこが出ているようでした。しかもスカートをめくって太もものあたりまで
白いパンツを下げてお尻を出してしゃがんでいる姿が今でも心に残っています。
しかしこの後、「N男ちゃんてほんとにエッチだ、おばちゃんに言いつけてやる!」と言って、
また遊びを続けました。裕子ちゃんは一度もぼくの母に言いつけたりしなかったけど、
今度はとうとう母に言いつけられ、やがて叱られることになったのです。

ぼくが智子ちゃんのおしっこするところを見た事件の夜、
いつもと違って母は何だか怒っています。
智子ちゃんは、ぼくの母に知らない間に言いつけていたのでした。
裕子ちゃんだったら、一度も言いつけたりしなかったのに今度は大変。
母に「N男、お前今日となりの智子ちゃんがおしっこしてるところわざわざ見に行ったんだって?」
と聞かれ、「女の子だもの、恥ずかしいんだよ。見られたら嫌だから隠れておしっこするんでしょ、
嫌がってるんだよ、何でお前人の嫌がることするの! 
お前だって、お尻出してうんちしてるとこ人に見られて気持ちいいか!!」と言われて
叱られました。ぼくには、ようやく恥ずかしいということや「エッチ」という言葉の意味が
わかり始めたのです。この頃は、ただ女の子がうちにいなかったので、
女の子の体やおしっこの仕方が珍しかっただけで、もちろん変な意味は少しもありませんでした。

ところが、ずいぶん後になって聞いたことですが、母はとなりの奥さんに手作りのちらし寿司を持って、
このことを謝りに行ったのだそうです。となりの奥さんは全然怒ってなくて、
「いいよ、女の子の体が珍しいんだ。うちの娘たちは逆に男の子のおちんちんを珍しがると思うよ」と
言われたそうで、となりの奥さんの提案で「子どもたちだけで風呂に入れよう」と決めたのだそうです。
この話はぼくが成人してから聞かされたので、話を聞いた時はえらく恥ずかしかったです。
というわけで、母ととなりの奥さんが仕組んだこととはつゆ知らず、
何日か後にぼくは智子ちゃん理恵ちゃんの姉妹と一緒にお風呂に入ることになったのです。
そう言えば、映画の「青春の門」(吉永小百合版)で、二人の子どもがお医者さんごっこをしたのがバレてしまった時、
おりえの母ちゃんが「男の子はアソコば見たがるけん・・・」と言うような場面がありましたね。
あれを見た時につい自分の少年時代を思い出して苦笑してしまいました。

小学校で理科の時間にザリガニの観察とかいうやつがあって、
勉強で使うからザリガニを取ってくるように担任の先生に言われた日がありました。
しかし、女の子たちは大半が虫や生き物などが苦手で、
ましてザリガニとなると挟まれて痛い目にあったことのある子は、
余計に嫌がっていたようです。そこで、こうなるとぼくたち男の子の出番。
同じ組の腕白坊主たちと出かける相談がまとまりました。
ただ、ぼくの家の近所にはザリガニのいる小川がなかったので、
今回はちょっと「出張!」メンバーは、健司、新一、隆志そしてぼくの4人組で、
リーダー格の健司の家のそばにある小川に行くことになりました。
ところが、一人だけザリガニが全く平気な勇ましい女の子がいたんです。
この子は眞由美ちゃん(確かこんな漢字だった)と言う子で、
容姿も男みたいで、頭はオカッパをさらに刈り上げたようなヘアーで、
スカートをはいたのを見たことがなかったし、少々太めだったけど、走
るのは速いし、木登りもうまいし、カエルも素手でつかむような子でした。
この眞由美ちゃんがもっと良い場所を知っていると言うので、一緒に行くことになりました。

同じ組の子の中には、眞由美ちゃんのことを「やっぱり男だったんだ」などと言う子が居ても
割合平気なように見えていました。しかし本当はずいぶん傷ついていたようで、
やがてそれがわかったのです。結局この日は午後から激しい雨になって計画は中止。
野球の試合みたいに翌日に順延となりました。ところがところが、
次の日すごいことになりました。朝学校に行って教室に入ると、
女の子たちが何だか騒いでいます。見ると、何と眞由美ちゃんがスカートで学校に来ている! 
どうやら、周りの子たちの話を聞いていると、
みんながあまり眞由美ちゃんのことを「男みたいだ」と言うものだから、
ご本人は決心したらしく、それでも女の子の中には「眞由美ちゃん、このスカートめんこいね」などと
声を掛けるから、眞由美ちゃんはニコニコして喜んでいるようでした。
ただ、やることは相変わらずお転婆で、休み時間にはスカートで鉄棒をやってパンツが丸見えだったし、
からかった男の子を全力で追いかけていたようですけど。
それはともかく、予定のメンバーで学校が終わるとザリガニ取りに行くことになりました。

この中で学校に一番近いのがぼくの家で、みんな家に着くと次々とランドセルを玄関に放り投げて、
バケツや洗面器を持って集まりました。
一番最後が眞由美ちゃんでした。ここの家の家業は土建屋さんで、
家の前にはトラックやブルドーザが止まっていました。
なかなか出てこない眞由美ちゃんがだんだん気になって、
「眞由美どうしたのかなあ」「どうせ着替えてるんだべ」などと言っていたら、
眞由美ちゃんは笑いながら「これしか無かった」と言いながら大きなたらいを持って
学校から帰ったままのスカートで出てきました。
健司が「えっ、眞由美、お前その格好でザリガニ取りに行くの?」と聞くと
「いいの! あたし女だからスカートなの」と言ってそのままついてきました。
そして、案内された場所は水田の中を歩いて、
もう間もなく山の縁に差し掛かる小さな神社の前の用水路でした。
「こりゃすごい!」でかいザリガニがいっぱいいました。
みんな夢中になってザリガニ取りです。
眞由美ちゃんはスカートの裾をパンツの中に巻き込んで、
まるでおむつがとれない赤ちゃんみたいな格好で、ぼくたちと一緒にザリガニを取りました。

しかし、眞由美ちゃんの格好は滑稽で、
恥ずかしい部分を隠そうとするためでなく、
ただスカートの裾を濡らさないためで、
いくらスカートを巻き込んでもお股の部分はパンツが見えていました。
しかも、しゃがんで足を広げると、パンツにスカートを巻き込んだ隙間から
割れ目が見えそうになっていました。
この日はみんなで数え切れないほどのザリガニを取りましたが、
持って帰る前に大きさで選り分けることにしました。
小さいのを小川に逃がして、特に大きいのだけ選んでバケツに入れました。
帰る頃になって、眞由美ちゃんが「あたし神社でおしっこして来る」と言って立ち上がったので、
ぼくも「オレもしょんべんしたいなあ」と言うと、
眞由美ちゃんは「そこの神社にお便所あるよ」と教えてくれたので、
まさかとは思ったけど健司や新一や隆志は「オレさっきしたからいい」「オレも」と言うことなので
結局ぼくと眞由美ちゃんだけが目の前の神社の境内にあるトイレに向かいました。
眞由美ちゃんはさっきまでパンツに巻き込んでいたスカートを元通りに直してズンズン歩いて行きますが、
お股を押さえるとだんだん小走りになりました。

神社のトイレは、たぶん神主さんか誰かが手入れしていたらしく、
汲み取りでしたがそんなに汚い感じはしませんでした。
トイレの入り口の前で眞由美ちゃんは
「N男君、待っててよ、先に行っちゃだめだからね」と言うので、
「うん、わかった」と言って一緒に中に入りました。
中は朝顔がひとつ、個室がひとつありました。
眞由美ちゃんはもちろん個室の方に入りましたが、
よく見ると扉を全部閉めないで、ほんのちょっと開いたままになっています。
ぼくは覗いて見たくなり、朝顔の前に立った位置から体を少し斜めにして首を伸ばすと中が見えました。
薄暗い個室の中で眞由美ちゃんは間違いなくお尻を出してしゃがんでいました。
前は見えなかったけど、シャーというおしっこの音が聞こえてきます。
ぼくは急いでおしっこを済ませておちんちんをしまうと、
何も見なかったようなふりをして、入り口の外に出ました。
(また言いつけられたらたまらん!)その、足音を聞いて眞由美ちゃんは置いて行かれると思ったのか、
「あっ、待って」と言いながら扉を開けて、膝のあたりまで下げたパンツを引っ張って上げながら出てきました。

そう言えば昔こんな光景をよく見ましたね。
女の子がパンツを下げたままトイレの扉を開けて出てきてから
服装を直すというもの。ぼくは、眞由美ちゃんて男の子みたいだけど、
やっぱり怖いんだろうなと思い、「大丈夫、待ってるよ」と声をかけたら、
眞由美ちゃんは少し笑顔を浮かべて立ち止まり、
もう一度スカートをガバッとめくってパンツを直しました。
そして、少しの距離だったけど歩きながら眞由美ちゃんは
「男みたい、だとか山猿みたいな頭だって言われるのがすごく嫌だったんだ」
「母さんに言ったら、それならばスカートはきなさいって言われたの」
「それから髪も今度から伸ばしていいって」と話してくれました。
ぼくはただ「ふ〜ん」と言いながら聞きました。
そして大人になった今考えてみれば、ぼくもこの頃眞由美ちゃんをからかったことが何度かあったし、
ずいぶん心を痛めていたんだと思います。
それから眞由美ちゃんは髪を伸ばして、冬に寒くなるまでずっとスカートで過ごしていたように記憶しています。
ああこのHPを眞由美ちゃんが見てたら本気で謝りたい、って(まさか見てるわけないか)

昔ぼくが通った小学校なんか「3K」をまるで絵に描いたようなもので、
もちろんくみ取り式。しかもですよ、入り口に男女の区別が無く、
同じ大部屋の中に壁際に立ちションの便器(いわゆる朝顔)がたくさん並んでいて、
そのちょうど反対側が個室がずらりと並んでいました。
だから休み時間になると、男の子が立ちションしてる後ろで
女の子が扉の前に順番待ちで並ぶという信じられない構造だったんです。
今の時代の子どもだったらこんなトイレだと絶対だれも入らないでしょうね。

皆さんからいただいた体験や小説です。の目次