「へぇ、タナバタ?」
「おうよ」

なんだよオッサン知らねぇの?とHOT-Dは怪訝そうにFOXYの顔を見上げた。
ふと立ち寄ったゲームセンターの入口に飾ってあった七夕飾りは、初めて日本の夏を過ごすFOXYの目に止まった様だ。立たせた笹竹に、人形とか籠の様なものとか鳥の様なものとか、いろんなものがすべて折り紙作りで吊るされていて、その中でもちらちらと何やら文字の書かれた細長い紙切れが、色とりどりに散らばり葉と共に揺れていたのが印象的だった。
「七夕ってのは日本のおとぎ話だよ」
「へぇ、どんなオハナシ?聞かせてよvv」
「えッ!?…まぁ、詳しくは知らねぇけどよ…」
瞳を輝かせたFOXYに、歯切れの良くない口調で順を追いながらHOT-Dは彦星と織り姫の話を始めた。

話し終えた頃、話初めは相槌を打ちながら聴いていたのに、いつのまにか静かになったFOXYに気がついて、首が痛むからあまり上げたくない頭を上げた。
年齢差的に普通では有り得ないくらい高い場所にある相手の顔は、自分よりも大きな耳が物語っているように、酷く湿った表情をしているのに、HOT-Dは本気で息を飲んだ。
…俺、なんかしたかよ!?
「なっ、なんだよ!!」
「いや…」
思わず声を荒らげたHOTーDに、FOXYは目を伏せて、呟くように言った。
「romanticだね」

自分の様子が急変した事に驚きと戸惑いを隠せずに、焦りのあまり『シケたツラすんな』だの『作り話だし』だのとしか言えないHOT-Dを暫くFOXYは眺めていたが、ふいに笑顔を作ってみせた。
「pap、悪いけど、俺行くね。今日は楽しかったよvv」
「お、おうよ。気ィつけてな?」
次会った時そんなツラしてたらブッ殺すぞ!と気遣ってるのか脅しているのか判らない台詞を背に、FOXYは走り出した。

思い当たる唯一カ所を目指して、電車に飛び乗る。






たかだか30分かかるかかからないかの道程だが、今日は10余年もかかった気分で聳え建つ青銀の高層ビルの前に立った。正面玄関から堂々と入ると、受付の見目麗しいおねぇさんが声を掛けてくる。
どうしよう、アポイントなんか取ってない。
口を濁らせたまま立ちすくむ俺に、当然のように疑惑の視線がささる。おねぇさんの一人が、気を利かせて英語で言い直してくれるけど、答えられない。

ふいに背後から気配がした。

「よーッス。お疲れさん」
「…god?!」
驚いて振り向くと、受付のおねぇさんはもっと驚いた声で、社長、と目の前の彼を呼ぶ。
…あぁそうだ、ココは彼の会社。彼は社長さんだ。
そう再認識する前に、彼は腕を伸ばして俺の肩を抱いた。力一杯(?)押さえ込まれて、背がきしむ。彼は近くなった俺の耳にぼそりと声を落としてきた。

…俺、おまえの味方だし?

何の事なのかよくわからなくて、彼の瞳を探ったけど、お互いサングラス越しで瞳は見れない。その代わり、口の端が弧を描いてつり上がったのが見えた。
「おまえから借りてるヤツ、さ。今最上階にある第7資料室に置いてあんの。わりーけど自分で取ってってくんねぇ?」
「え?俺、なんかgodに預けてあった?」
「何言ってんだ。毎日おまえの大事なモン、預かってやってんじゃん。ひでーな、ちっとくれぇ感謝するとか無いワケー?」
友達みたいに会話する俺を彼の知り合いだと思ったのか、受付のおねぇさんたちは、もう俺には目もくれずに仕事を再開し始めた。
預かってもらってる、俺の大事な…?

はっ、と彼を見つめる。にやりと口をゆがめたままの彼。顎で示して、エレベーターの場所に促す。



俺の大事なもの。
それはぱっと思い浮かべて3つ。
サックスと
俺自身と
…それから…



飛び乗ったエレベーターがチン、と音を上げて到着の合図をする。
扉が開いて、早急に降りたそのとき。

どん、と鈍い音。
誰かにぶつかって、声をかける前に謝られた。
「っ失礼」
「あ、いやこっちこそ急いでて…って」
待って!という台詞の前に手が伸びる。咄嗟に掴んだものは相手の肩でも裾でも袖でもなく
腰だったのが自分でも笑えた。

「な…!貴方、何故こんなところに…っ!?」
上から降ってくる声が心地いい。肩甲骨の間に顔をうずめて、腰から腹にかけて回した腕に力をこめると、かすかに鼓動が聴こえる。
細身だけど、しっかりした体つき。腕を引き剥がそうともがく力はたいしたことは無いのに、流石、握力…というか、指の力はたいしたものだ。掴まれたところだけが痛みを訴えている。
もがく身体も鼓動も痛みも
これだけ近くなければ感じない。



オトヒメさまとヒコボシさまは、どうして耐えられるのかな。
年に一回なんて、俺には耐えられないよ。
現に10年近く耐えてた俺だけど、もう無理。絶対無理。
…でも、だからって切捨てたりとか浮気とかできなさそうだよな、俺。
されても許しちゃいそうな自分が情けないなぁ。

でも、もしどうしても一回しか逢えないんだとしたら
その一日をどんな風に過ごすんだろう。






「…ねーkid?年に一回しか逢えないなら、何してたい?」
「…今度は誰に何を吹き込まれたんですか」


















2004/7/著









七夕間に合った…!!!!!!!

なんていうか時期ものって楽しいですね。
っていうかフォクグリなシーン短くてすいません。
神とDばっかり目立ってます。


あなたなら、親類でも友達でも恋人でも、好きな人と過ごす一日はどうやってすごしますか?