「またそうやって」
数センチ手前まで近付いてきた顔を押し退けて、眉根に怒りを乗せて口調を尖らせる。
「いい加減になさってくださいよ。私にこんな趣味はありませんと何度も申し上げているでしょう」
すると決まって彼は微笑む。拒否された事は少なからずショックなのか、少し困ったように。
しかしそれでもどこか嬉しそうで、それが気に障る。
「どういうつもりです」
「好きだからだよって、何回も言ってるじゃない〜」
猫なで声よりも甘い声色で甘えた言葉を紡いで、不意に私の腰から手を放すと、今度は横に並んで肩を抱こうとした。迷うことなくその手を叩き落とし、彼が痛いと手を擦っている隙に彼との距離をはかる。
「酷いなぁ〜。俺はこんなに好きなのに、どうしたらkidは俺のこと好きになってくれるのかなぁ?」
ぼやきに似たその独り言は、小さく彼の口から漏れ出した。ここは無視すべきだったのに、何故か、気がついたらこう切り返していたのだ。
そう、何故だったか。

「貴方が私の前から消え失せるのならば、好きになってさしあげてもよろしいですよ」

見開かれた大きめの瞳。赤みがかったその黄色は、鈍い金色に見えた。湛えた色は、悲しみでも、戸惑いでも…後悔でも、なかった。
微かに震えた唇が、YESと言うかNOと言うか、つい凝視してしまった。しかし、何も紡がれないまま弧を描くそれに、私のほうが驚かされて、もう一度瞳を合わせた。

その瞳は
微笑って
いつものように
ふわりとやわらかく

やさしげに

「俺ねぇ、最近考えるんだよ」
少し震えた声。だが泣き出しそうなそれではなく、少し躊う時のそれ。
「マエまでは、kidのためなら死んでもいい〜、とか、思ってたのヨ」
実際ヒくよねぇ、などと自嘲し、ゆっくりと私に手を伸ばした。頬辺りでぴくと止まったが、私が叩き落とす気がないのを感じたのか、指先で私の前髪を掬いとってはぱらりと落とす。
「でも、そんなの淋しいじゃない。
 kidの顔は見れなくなるし、声も聴けない。ましてやこうして触れることも…そんなの、俺ツマンナイ。耐えられないよ」
「…私は暇潰しか何かですか」
「違うよ!なんでそういうふうに取るかなぁっ」
故意に煽る台詞に思ったとおりの反応をした彼は、予想通り頬を膨らませて私の頬を撫でるように軽く2、3度叩いた。
「じゃあ例え話をしたげるよ〜」

例えば、kidがワルい奴に捕まって殺されそうだったりするじゃない?しかもマフィアくらいの。
え?アリエナイ?例え話なんだからもちょっと黙って聞いててよ〜!
えと、それで助けに行った俺がさ、ワルい奴に『お前が代わりに死ぬのならこいつを助けてやろう』って言われちゃったりするじゃない?
…月並みだっていいデショ!解りやすいデショ!?んも〜茶化さないでよ〜!

「…それで、代わりに死にますか」
「まさか」
前髪を弄んでいた手が髪を撫ではじめた。瞳は合わせたまま、彼は微笑む。
誇らしげに。

「隙をついて、キミを連れて逃げるよ」

「…逃げるんですか」
「うんvv」
「誇らしげに言う台詞ですか!?」
「だってワルい奴だよ、俺マフィアと戦って勝てると思うほど身の程知らずじゃないよ!」
映画の中じゃあるまいし、無理無理!
そう言って両手を振って否定を全力で示す彼は何が言いたいのか。
愛の度合いを示そうとする場合、戦うか身代わりになるのが普通だろうが!

「俺はkidと一緒に生きたいのヨ」

そりゃ弾丸のひとつも飛んできたら盾にはなるけどね、と照れたように笑い声を微かにたてる。
「一緒に生きて、できたら幸せに。俺が望むのはキミの幸せだし。
 仮に戦って死ぬのも、身代わりになって死ぬのも、それは俺の自己満足だよ。
 残されたキミは、優しいから。俺を見殺しにしたことを、きっと一生後悔するんだ。
 それって、キミの幸せじゃないデショ?嬉しくないデショ?」
一歩ぶんの距離が縮まった。相変わらず瞳は逸らせない。
その鈍い金色の瞳が湛えた色は、悲しみでも戸惑いでも後悔でもない。

あるのは少しの自信と、絶対的な慈愛だった。

「だから俺は、消え失せろと言われてもキミの前から消えない。キミの前からいなくならない。…ずっと」
ずっと、そばにいるよ。
最後だけ囁くように呟いて、額に唇を寄せてきた。
嫌だ。
頭ではそう認識したのに、身体は全く反応をしなくて、そのまま額へのキスを受け入れてしまう。
そうして再び合った瞳は、少し透明な色合いを取り戻していた。

泣かないで。
嬉しくなっちゃうじゃない。

涙を流すはずのない私にそう言った声は、困ったような微笑みでは隠せないほどの喜色を浮かべていた。
それが自分で解っているのだろう、誤魔化すように、その柔らかい微笑みに似つかわしいほどの体温を湛えた手で私の頬を撫でる。
その頬は、私が意識的に撫でるその手を叩き落とすまで、汗を浮かべることもなく、乾いたままだった。



別に感動を覚えたわけではなかった。
ただ悔しかった。
そこまで愛されていながら、想われていながら。
それでも彼を愛したくない。
愛せない。
そんな自分が許せなくて。


ただ、悔しかったのだ。




2006/02    著







久しぶりに更新です。
すこし文章の書き方を変えたつもりですが、あんまし変わってないかも…

畜生、フォクシー好きだ!
僕もこんなふうに他人を愛してみたいんだ!!


オフラインで合作本と同じネタで、今回グリーン視点です。
本はフォクシー視点で流れは同じですが、ちょっと違うお話でした。