今日はキミの機嫌がよいから
こうしてlivingで本を読むキミの隣に座っていられる

キミはソファ
俺はカーペットに
厳密には隣ってわけじゃないけど、膝の上の雑誌なんか飾りで、キミがページをめくる音、時折吐く小さな感嘆や溜め息に耳を澄ましている。
盗聴でもしている気分だ。でも時折思い出したように雑誌をめくれば俺のアリバイは成立するから、キミは気に留めずに本に集中していた。

古い記憶が甦る。
まだ俺もキミも子供だった。
けして仲良くはなかった。ただ俺がキミの事が好きで、俺ほどじゃないけど孤立してたキミにくっついてまわっていた。
一度だけ、忘れもしない中学3年のあの日、観念したキミが一緒にお昼を食べてくれた。中庭の隅でこんなふうに隣に座って、パンひとつしか持たない俺に、おかずをわけてくれた。要らないよって断っても、こんなに食べきれないからって弁当の蓋いっぱいに盛ってくれたっけ。
味の整った食べ物が久しぶりだったのもそうなんだけど、人に親切にしてもらった事が嬉しくって
涙を我慢して食べたのを覚えてる。


それから、俺はさらにキミのこと好きになったんだよ?
知らないなんて、言わせないから。

時折垣間見せるキミの優しさが好きで堪らなくって、執拗にキミと一緒にいたっけ。うざったいって言うキミは、それでも俺を傍に置いてくれた。
どこに行くにもついていっても、嫌がられこそはしても追い返されはしなかった。
素直じゃないキミが俺に見せた戸惑いは数えきれないほどあるんだよ?
完璧だ優秀だと謳われてたキミの弱さも当時から知ってるつもり。

でも、失敗だったの。
キミに愛してると伝えてなかったばかりに、キミは俺の前から前触れもなくいなくなった。
伝えていたら、キミは優しいから教えてくれたハズなんだ。
キミがいなくなってから、大好きだって言うのをためらった回数以上に伝えようって決めた。
伝えたい
女の子は好きだけど、キミだけは特別だって
キミがいなかったら今の俺はなかったって

そう
キミが好き。





自分の立てる以外の物音がしなくなったことに気付き、私は紙面から目を離した。
私の座っているソファの背凭れの裏側に寄り掛かって、カーペットに座り込んで雑誌を読んでた筈の客人は、いつのまにかそのまま寝入ってしまっている。規則的な寝息と、投げ出された長い四肢。立ち上がった時に鳴ったソファのぎしりという音に反応したのか、大きな耳がぴくりと動いて、寝息がとまった。起きるわけでもなく、そのまま彼はまたすやすやと眠ってしまう。

暑いといってもまだ春、こんな時期に風邪を引いても困るだろうから、私は夏用のタオルケットを引っ張り出して、彼にかけてやろうとした。
本来なら床なんかに転がしておくのもどうかと思うのだが、あまりにも気持ち良さそうに眠っているから、動かすのがためらわれた。
タオルケットを被せ、肩まで引っ張りあげようとした瞬間、側にあった手に腕を掴まれる。
驚いて声をあげかけたが、どうやら寝ぼけているらしく、なにやら口の中でもごもご言っている。
溜め息混じりにそっと手を外そうとすると、ぼんやりした声で彼が呼んだ。
「…kid…」
寝言だ。眠ってまでも私を呼ぶのかこの男は…
気恥ずかしくなりながら、なかなか外れない腕に悪銭苦闘する。
急に力がこもった。反射で彼の顔を見ると…涙が頬を伝って流れる瞬間が目に入って、おもわずぎくりとした。
「…Don't leave me… kid…」

…その台詞を、その声で、昔聞いた事がある。
一度だけ。


…あの日の夢でも見ているのか?



腕を外すのは諦めた。
ソファの背凭れの裏側を背にして、彼の隣に腰を下ろした。




一生会えないわけではないでしょう?

そう、そんなようないい加減なことを言い残して私は母国を発った。
地球の裏側に近しいほど離れた土地で暮らすのだから、半永久的な別れだと知っていたのに。

絶対日本に行くから
キミをサポートできるようなちゃんとした大人になって会いに行くから
だから待ってて

貴方はそう言って本気で泣いていた。流石の私もしばらくは罪悪感に悩まされた記憶がある。

きっと貴方は鮮明に覚えておいでなのでしょうね。だから貴方はこうしてここにいる。
私は朧気にしか覚えてございませんでしたが…当時、貴方にはそんなこと無理だと思っておりましたよ。
未来のことなんて、わからないものですね…



しばらくすると、カーペットが敷いてあってもこの床に長時間座るにはキツイことに気付く。
今度の休日には、クッションでも購入しに行こうかと思いながら、手を伸ばし、ソファの上に放置したままの読みかけた本を手探りで探した。



これから先、どんな風にサポートする気なのか、少しだけ楽しみにしながら、私は再び紙面に視線を落としたのだった。








2004/6  著










いやーん恥ずかしい恥ずかしい!!!!!!!!!!
なんだよもうデキてるんですかあなたたちは。

…自分も甘い話が書ける様になったものです。



お題8『未来』でした。
なんだか過去の話みたいですね。