それでも

私は








観た映画は
酷い既知感を覚えた。


いや、既知感どころではない

私は、この話によく似た話を知っている。
本当にあった…話。


映画の後、動揺を隠し切れなかった私の異変に、彼は気がついた。
通りそうで無理のある言い訳に、なぜか彼は深く追求してこなかった。原因を訊いてこなくても、なにかしら目立つ行動をされるのを予測していたが、リアクションは…ハンカチを、差し出されただけ。
顔を上げようとしたのだが、途中で耐えられなくなった。
視界の端に入った、彼の表情。
直視する、勇気もなかった。

目の前を歩く背中ですら見ることもできないというのに、彼の顔を見る術がどこにあるというのだろう。
彼は知るはずもない、私の中からけして消えることのない、影。

思い出した
私は映画に興味がないのではなくて
こうして記憶を掘り返されたくなかったから、無意識のうちに拒否していたんだ。
人々を楽しませる映画はほとんどが愛を主体とし、どこかしら、憂いと悲しみを含む。
怖かったんだ

自分を…重ねてしまうのが。

自分を、哀れむのが。



映画館を出ると、彼の後について、足の向くまま公園を歩いた。
風が出てきて、足元の枯葉がかさかさと音を立てる。
頭の中でいろいろな記憶と感情が飛び交って、消えることなく鬱積していく。消えないから、足元に積もって埋もれてしまう錯覚に陥る。
気分が悪い。
耐え切れず、目に付いたベンチに腰をかけた。
目の前には、少し遠くに彼の背と、白い梅の花。
白い花を見ると、思い出す。あの、華やかな白い姿。
過去は美化されるとよく言うが、まったくその通りだ。私は、もうあれより美しいと感じるものはこの世に存在しないだろうとさえ思う。そう、それほど美しかった。他のなにものも、比較にならないほど。

「俺ね」
おしゃべりな彼が、漸く口を開いた。珍しく、さっきまで一言も声を発していなかった。
反射で顔をあげた私に、微笑を向ける。
その微笑みは、先ほど視界に入った表情と同じ。

酷く、寂しさを含んだ色。

そのまま、彼は続ける。
「初恋、kid なんだよ。知ってた?」

…正直、驚いた。
いきなり何を言い出すかと思えば、いったい何故その台詞が出てくるのか。彼の言う事実より、そちらのほうに驚く。
そのまま彼は再び梅の花に向き直り、言葉を続ける。

「でもホラ、kid、Japanに行っちゃったでしょ?連絡先も知らなくって、kidのこと諦めようとしてた時期があったんだよ?」

…ずいぶんな言い草だ。
私が来日したのは、スカウトがあったからだ。特に親しいという仲でもなかったのに、何故この方に報告しなければならなかったんだ。黙って発ったわけではなかったでしょう?卒業式の日に、ちゃんとお伝えしたはずです。隠してはいなかったはずですよ?ただ進学について訊かれなかったから言わなかっただけで。連絡先だって、訊かなかったじゃないですか。
寧ろその時に私への想いなんて捨ててくだされば良かったんですよ。諦めてくだされば良かったんです。
憎まれても、貴方がアメリカにいる限り、別に私に害はないんですから。

「忘れようとして、いろんなオンナノコと付き合おうとしたよ。…でも、駄目だった。
 違うんだ。誰もが、キミとは違う。面影を追って、どんな子もキミと比べてしまって、どうしても愛せない」




……何を言っているのか、よく解らない。
私は
私は、そこまでの評価をいただくほどの、人間的価値は持ち合わせていない…

私の発した否定の言葉を、彼は即答で否定する。
今はとうに忘れていた、昔の常套句の皮肉を口にしても、彼は否定を止めない。

何か違和感があった。

彼の口からの口説き文句はこれが初めてではないが、それゆえの酷い違和感。
持ち上がっているのが過去の話だからか?
…あぁ、そういえばこの言い回しとやりとりは、先ほどの映画と酷似している気がする。

いや
違う


彼が、私の方を向いて話さないんだ






風が強くなってきた。
いつもオールバックに固めた彼の黒髪は、今日は後ろに少し流しているだけだ。
黒髪を風に靡かせる後姿が、あの姿と重なった。

その時は霞んだ桜の季節
これくらいの距離
靡く黒髪
こちらに背を向けて花を見上げる
あの

今は     もう ない


「だから、俺はキミの前から消えたりしないよ」
反射で、私は立ち上がった。足元で鳴る砂利の音もよくきこえないまま、頭に血が上った音をきく。
何故
何故そんなことを知っている!?
そう叫びそうになるのを必死で耐えて、彼の背をにらみつけた。
記憶と現実が混じる。
違う、私が見ているのは他でもない、紛れもない現実だ。
その証拠に振り返ったのは、肌の黒い、長身の男。
大きな耳がうなだれて、その風貌からは考えられないくらい、柔らかく微笑む。
その微笑からは、計算もなにも読み取れない。
そして、いつもの声色で、いつもどおりの口説き文句を口にする。
もしかしたら知っているわけではなく、ただ偶然重なっただけなのかもしれない。

また、彼は私に背を向けた。
「恋って、花に似てると思わない?」
その問いかけにも、私は応えず、黙ったまま聞いた。彼は構わず続ける。
「気付くといつのまにか咲いてて、そしてそれはとっても綺麗で。
 いろんな色や形があって、大きさも様々でとっても個性的さ。
 ちょっとした衝撃で散っちゃうけど、散った花は次に咲く花の糧になるんだ」
「…ずいぶんとロマンチストですね」
皮肉も、今日は冴えない。そして、彼の顔色も。
それに対する茶化すような言葉にも、いつもの光はない。

漸く彼はちゃんとこちらを向いた。目を合わせて、身体を開いて、独特の仕草で彼は続ける。
「その花はね、散らせないまま守り抜いて、時が来れば、自然と実とつけるんだ。
 …愛って名前の、これまた個性的な実をね」
一歩ずつ、こちらにゆっくりと歩いてくる。視線をあわせたまま、ゆっくりと。
目がそらせない。
サングラス越しに見えるのは、愁いを帯びた黄色。
泣きそうなまでに必死に迫る、オレンジがかった黄色の瞳。

「俺の場合、初めて咲いた花が実になっちゃったんだ。
 花は散ることがなかったから、次の花を育てる栄養を持ってないの。…俺の言いたいコト、解る?」


―キミの代わりはいないよ


先程彼の口にした台詞が頭をよぎる。

ただ
過去にそう言ったあの人は、代わりをみつけた。

そして、私の前から消えた。




気付けば、もう彼はすぐ近くで足を止めていた。
彼の顔に常に滲んでいた笑みは、どこかへ消えてしまって、種族独特の鋭い眼光があらわになっていた。
睨まれているわけではないのに、酷い圧迫感を感じる。
場の雰囲気のせいか、この瞳のせいか、今すぐ逃げ出したい衝動に駆られる。

…そして、逃げられないのも、頭のどこかで知っていた。

伸ばされた腕。
反射的に避けてしまった私に、彼は口元に微笑を浮かべて、それ以上触れようとはしてこなかった。
酷く悲しい、自嘲的な、笑みだった。
硬直してどうしたらいいかわからない私に、彼は一つの包みを放ってよこした。慌ててそれを受け止める。
開けろと促されて、私はその包みを開けた。

中から、小さな白い箱が出てきた。
箱には金の文字で、聞いたことのない、おそらくブランド名。
開けると、若草色のクッションに包まれた、タイピンが横たわっていた。
白銀の、ごくごくシンプルな。
何故?
驚きの勢いに任せて顔を上げた私に、彼は笑みを向ける。
憂いの抜けない瞳とミスマッチな、至極明るい、それでいて落ち着いた声色。

「A happy birthday,kid 」

…正直言えば、忘れていた。
毎年今日という日を過ぎてから、自分で気付いていた。そうして年齢を数えていたのだ。
誕生日などというものは、訊かれなければ教えなかった。だから知っている者はごく少数。そして彼もその中の一人。
まだ覚えていたのか?10年近くも縁遠い記念日だっただろう?
見つめる私に、彼は目で返した。肩をすくめながら。

やだな、忘れるわけないでしょ。

…頬に熱が集中するのが解った。
恥ずかしい
自分のことなのに自分では忘れていて、よりにもよって彼みたいに長年音沙汰のなかった方が覚えているなんて。
視線をそらし、目のやり場に困って、手元の箱をみつめた。
繊細な彫り模様は、モチーフは葉のようだ。小さく英字が入って、それでいてどこかしら無機質な雰囲気がある。
言わなければならない言葉があった。
でも、いろいろな思考と感情と、ほかの表現できないなにかに邪魔をされて、うまく言葉にならずに出てこない。

「俺、帰るね」
私の混じりすぎて白く還りそうだった意識を戻したのは、紛れもない彼の声。
「今日はアリガト。楽しかったvv また遊ぼうね!」
多分、ぱっと笑みを浮かべて、少し前かがみで私によく聞こえるように。
実際顔を上げなかったから見えなかったが、それがいつものパターン。
そして、聞こえ始めた足音が遠ざかる。
私は顔を上げるタイミングがわからなくて、頭を垂らしたまま。
ぴた、と足音が止まった。

「kid、大好きだよ!」

その声は、酷く遠く聞こえた。
だんだんと、足音は聞こえなくなっていく。うつむいたまま、私はそれを聞いていた。

風は冷たさを増して、次々と枯葉を舞い上げては過ぎ去っていく。
顔を上げた。
視界に入ったのは
そよいで揺れる梅の花
常緑と枯枝葉、煉瓦と砂利、低い空と遠い声
モノトーンの強い、くすんだ世界。

消えた背中
消えない影





気がついたら、走り出していた。



解ってる
自分らしくないことなんて







それでも


きっと二度目は耐えられないから





















2004年5月   著







長くなってまとまらなくなったので、すいませんもう一話続かせてやってください。
今度はフォクシーさん側からの視点で終わります。
今回my設定強すぎて訳わかんなくなってるような…;;


ていうか先の見えるありきたりな話ですよね;;めそり。
多分期待は裏切りません。
いろんな伏線張ってるのも気付いてらっしゃると思います。
「お、当たった!やっぱりそうくるか」とほくそえんでやってください。




お題5、「それでも」 でした。

「合図」に続きます!!!!!!