仮に、私が貴方のことを愛したならば、その話お教えいただくことは可能なのでしょうか」



正直、水に口を付ける前で良かった。もしそうなら、確実に目の前に座る彼の衣服を濡らしてしまうところだった
『例えばの話』なんて心の準備をさせるようなコト言うから、なんとか椅子から転げ落ちなくて済んだけど。
だいたい彼から『俺が彼を好きになった理由』なんて訊いてくるコト自体がおかしいっていうのに、いったい今日の彼はどうしちゃったんだろう。そんな有り得ない(自分で言ってて悲しい…)タトエバナシまで持ちだして、何でそんなに知りたいんだろう。

もしかして…俺に興味持ってくれたのかな?

なんて、そんなの俺に都合のイイハナシ。
でもちょっとくらい自惚れたって良いよね?

「…そうだねぇ」
身体の中心が熱いから、さっき飲み損ねた水を一口。
氷が入ってるから冷たいはずなんだけど、あんまり感じない。


嬉しい


ここは余裕を見せたいトコロなのに、嬉しくって堪らなくって、頬が緩んで目尻が下がってしまう。
もうすぐかもしれない。
もうすぐ俺の名前、呼んでもらえる日が来るかも。
Japanで再会したとき、俺が誰なのか確認するときに一度、疑問系で呼ばれたっきり、まだ一度も呼ばれてない。
もしどんな形でも、ほんのちょっとでも好きになってもらえたら、名前呼んでもらえるよね。

呼んで欲しい

だから

じゃぁ、聞いてもらえるように努力しなきゃ」
俺がキミを好きになった理由、是が非にも聴いてもらえるように
耳でだけじゃなくって、ココロで。
キミは無駄な努力だって
自分は俺のこと愛さないって言うけど
そんなの俺の努力次第デショ?頑張ったら、『もしかしたら』ってコト、あるかもしれないじゃない?
だからさ
何度だって伝えるよ

「好きだよ」ってね





いつまでもそんな話題引きずってても仕方ないから、食事中俺はいろんな世間話をした。
政治経済からTV番組、趣味娯楽、どうでもいいくだらないことまで。
今まではおざなりな生返事くらいしか返ってこなかったけど、今日は違った。
そりゃ「はい」って返事が主だったけど、今日は意見が返ってくる。政治状況についてとか、こないだの事件についてとか。バラエティについてはあんまり返ってこなかったけど、知識の増える番組の話は比較的盛り上がった。
やっぱり最終的に行き着くのは音楽の話題だ。急に口数が多くなる彼を可愛いと思うし、俺も楽しい。意見の相違もあるけど、やっぱり彼は凄いと思う。そんな見方もあるんですね、って感心した顔をするんだ。結構自分のdepartmentとかになると頑固な人多いけど、彼はこうして他の意見も参考にする。他の感性を認めるってのは、まぁ彼のその雰囲気からは考えられないけど。それでもindividualityを失わないキミは、やっぱり凄いと思う。キライなものは嫌いってはっきり言っちゃうトコも格好いい。

やっぱり、好きだと思う。

でもココで「好き」って言って、話のコシ折りたくないから、また後で言おうっと。
そう思った矢先に話題の終わりが来て、ちょっとした間があった。今言っちゃおうかな。
どうしようかな
その台詞はやめて、ちょっとコレ言ってみようかな…でも行儀悪いって怒られちゃうかなぁ…

「ねーkid?」
「はい」

…えーぃ、言っちゃえ!
「kidのpasta、美味しそうだね。一口頂戴vv」
「?どうぞ」

…wao、軽い。即答?なぁんだ悩んでソンしちゃった。
そうだよね、よく考えたらpastaって取り皿に分けて食べるモノだもんね。もっと早く気付こうよ、俺…
アリガトー、と不自然じゃないように言おうとしたら、彼はさっきまで使っていたforkとspoonをnapkinで拭き取って、spoonの上でくるくると器用にpastaをforkで巻き取り…ふと、顔を上げた。
「…あ、すみません。新しいフォークをいただいた方が良ろしかったですか?」
「え?」 うわ、いけない!俺じっと見ちゃってた!? 「いや、イイよ?洗い物増やしちゃ大変だし!」
「?…結局皿を一つ余分に洗っていただくんですけどね。
 もう少し早くおっしゃってくだされば海老が残っていたのですが…今度からこういうことは食べる前ににおっしゃってくださいよ」
視線を落とし、そう彼は独り言のように言って、pastaをforkふた巻き分小皿に乗せてから、もう一度こっちを見た。
「もっと要りますか?」
「ううん、十分だよ!アリガトーvv」
頑張っていつも声色を出した…つもり。彼は勘がいいからきっと変に思ったと思うけど、コレが精一杯だった。
『今度から』?
また一緒に食事誘っていいの?
お願いしたらまた一口分けてくれるの?

…それって仲良しさんみたい…vv

「…なんですか気色の悪い。そんなにパスタがお好きなら貴方も頼めばよかったじゃないですか」
「え?あ、やだな〜いくら俺でもハンバーグと両方は食べられないよ?」
いやニヤケてたのは自分でも解ってたよ?抑えられなかったんだってば!
だから、勘違いされたまま調子を合わせる。こうやって茶化した言い方すれば…あ、ホラ呆れた。コレで話題は逸れる。

エビはまた今度貰うねvv今度ねvv



食事を終えて、俺達は映画館に入った。
ホントは食事も映画もオゴるつもりだったんだけど、強く断られちゃって、両方払わせてもらえなかった。
「貴方が定職に就いたら払ってくださってもよろしいですよ?」ってすごまれたら反論できなくなっちゃう自分がちょっと悔しい。でもまだfreeのsaxistは辞められないから、なんとか打開策を見つけておかなくっちゃ。

映画は戦記モノの恋愛モノ。それも純愛、恋とか愛とか無縁に育った主人公が、遅い初恋を覚える話。
でもその相手は主君の妻で、でも主君に誠実に仕えて戦って、でも主君も姫も守りきれなくって、自害して一生涯を終える話。
こうやっていうととってもcheapなんだけど、そこは監督さんの力の見せ所、とっても凄かった。

「…ya〜、オモシロかったねっvv俺カンドーしちゃった!」
胸が締め付けられるシーンが沢山あって何度も泣きそうになっちゃったから、上映室を出る前に目に溜まった涙を擦って、出口に向かう廊下を人の流れのまま歩きながら俺は大きく伸びをして、振り返らずに後ろを歩く彼に声をかけた。
びくり、と後ろで彼が動きを止めた気配がした。その一瞬の間のあと、そうですね、と小さく相槌を返してくる。
俺は立ち止まって振り返った。彼も足を止める。いきなり立ち止まったから顔を上げてきてもおかしくないのに、彼はうつむいたまま。ぶつかりそうになったのに、抗議の声一つ上げてこない。黙ったまま。
「…kid?どうしたの…?」
「…ッ、なんでもありません…!!」
急に声を荒らげて、彼はそのまま早足で俺の横を通り過ぎようとしたから、つい腕を掴んで引き止めてしまった。

上映室から出てくる人の流れが終わるまで、俺達はそのまま立ち尽くした。
俺に腕を掴まれたまま、彼はうつむいて微動だにしない。俺も、特に掴む手に力を込めないまま、彼をみつめる。
「…つい、感情移入してしまっただけなんです。だから顔を見られたくなかっただけで」
ぽつり、と静かになった廊下で彼はつぶやいて、申し訳ありません、と付け足した。

嘘だ、と瞬時に思った。多分、半分くらい。
もしかして彼は…
いや、仮にそうだとしてもコレは訊いちゃいけない。彼の心を抉るだけ。

「…ふーん?kidが胸打たれるくらいだから、やっぱりいい映画だねv人気高いだけあるよねぇ。
 ダイジョーブだよ!皆泣いてたし俺もそうだから、恥ずかしくないよっ」
こうして納得したフリして、フォローして、深く訊かない。これが今の俺にできる精一杯のコト。
腕を放した手で、ハンカチを出して彼に渡した。
少しためらったあと、受け取ったハンカチで目の辺りを押さえて、彼はおそるおそる顔をあげた。
俺、今ちゃんと微笑えてるかな?
「ねぇkid?少し歩こうか?」




映画館を出て、言葉を交わさないまま俺達は近くにある、ちょっとした公園に足を向けた。
そこは冬でも緑が多くて、広場や遊具の他に、遊歩道がある。珍しく人気の無いそこをゆっくりと、梅をみながら散策した。
枯れ枝みたいな木に咲く、白い花。とっても綺麗で、自然と足を止めてぼんやりと眺めた。梅林の向こうに見える葉の無い木々は、多分桜の木。春になれば、ここは花見会場になるんだろう。向こうの歩道で幻想的なピンク色の中を歩くことができるようになるんだろう。
そう思いを馳せる一方、勿論さっきの彼の態度が気にかかっていた。
彼はさっきから口を一切開こうとしない。
俺も黙ったまま。
風が出てきた。少し肌寒さを感じる。
振り返ると、彼は道に設置してあるベンチに座っていた。人々がゆっくり花を楽しめるように置いてあるんだろう、梅の木がよく見えそうな位置だ。彼もぼんやりと花を見あげている。その琥珀色の瞳は…梅よりも、もっと遠くの、もっと美しいものをみているようだった。

「俺ね」 沈黙を破ったのは俺。彼はこちらに視線を向けてきた。うつろな…色。
「初恋、kid なんだよ。知ってた?」
かすかに、彼の目が見開かれた。うつろだった瞳が、少しずつ鮮明さを取り戻している。
俺は彼から視線を身体ごと外して、俺は続けた。
「でもホラ、kid、Japanに行っちゃったでしょ?連絡先も知らなくって、kidのこと諦めようとした時期があったんだよ?」
彼は沈黙を保ったまま。
「忘れようとして、いろんなオンナノコと付き合おうとしたよ。…でも、駄目だった」
コレは、俺の話であって、映画の話。
「違うんだ。誰もが、キミとは違う。面影を追って、どんな子もキミと比べてしまって、どうしても愛せない」
「…私は」 彼が搾り出すような声を上げる。「私は、そんなに自分に価値があるなんて到底思えません」
「あるよ」
「血族の地位と名誉以外に、何が」
「少なくとも、俺にはキミの代わりはいないよ」
そう、コレは俺の話であって、映画の話。
「たとえ、キミが誰かのものでも…俺にはキミ以外を愛せる自信は無いの」

風が、強くなってきた。
かさかさと枯葉が舞い上がる。

「だから、俺はキミの前から消えたりしないよ」
ざり、と後ろで砂利を踏みつける音がする。きっと彼がベンチから立ち上がったんだろう。背中に刺さる視線が痛い。
振り返ると、自然に目が合う。疑惑の目で、鋭くにらみつけてくる。
俺は少し微笑んだ。
そんな顔しなくっても、俺はキミに何があったなんて全然知らないよ。
コレはキミに対する揶揄じゃない。俺の本音で、キミの過去とは関係ないの。
ココからは、俺の話。俺だけの話。
「だって、kid がいないだなんて、俺が耐えられないもんvv」
何のために俺が来日して、まだ滞在してると思ってんの〜、とふざけたように彼に笑いかけて、もう一度梅に視線を戻した。

綺麗な、白い花。
暗いこげ茶の枝に映える、可愛らしくも凛々しげな雰囲気の花。

「恋って、花に似てると思わない?」
その問いかけにも、彼は黙ったまま。背中に刺さる視線は、もう先ほどの鋭さを帯びていない。
「気付くといつのまにか咲いてて、そしてそれはとっても綺麗で。
 いろんな色や形があって、大きさも様々でとっても個性的さ。
 ちょっとした衝撃で散っちゃうけど、散った花は次に咲く花の糧になるんだ」
「…ずいぶんとロマンチストですね」
「過去の偉人ほどじゃないよ」 
俺はゆっくりともう一度彼の方を向いた。意識をせずに、自分の口元が緩むのが解る。

映える。
常緑と、枯枝葉と、煉瓦と砂利と低い空と。
そういった冬季独特の寒々しい暗い世界の中で、キミの白さは、眩しいくらいに映える。
潔癖なほど白い…花。

「その花はね、散らせないまま守り抜いて、時が来れば、自然と実とつけるんだ。
 …愛って名前の、これまた個性的な実をね」
一歩ずつ、踏み出す。キミ相手に駆け引きができるほどの余裕は無いよ。


…ねぇ、kid?

「俺の場合、初めて咲いた花が実になっちゃったんだ。
 花は散ることがなかったから、次の花を育てる栄養を持ってないの。…俺の言いたいコト、解る?」

キミが咲かせた花は、どうなの?


手を伸ばせば触れられる位置で、俺は足を止めた。
彼の瞳は俺の目を見ている。どこか遠くではない、他でもなく俺の目を。
微動だにしない彼。ただ、その琥珀の瞳は、かすかに揺れていた。

手を伸ばした。彼の頬に触れるか触れないかのところで、彼は視線を俺の手に移し、一歩引いた。手はむなしく空に浮く。
行き場を失った手を仕方なく下ろして、俺は苦笑した。


…おひらき、かな。もう少し一緒にいたかったけど、仕方ないか…俺が悪いんだもんね。


俺は上着のポケットに大事にしまっておいた、小さな小さな紺色の包みを取り出し、彼に見せてから、軽く放った。
慌てた様子で彼はそれを受け止めて、それと俺の顔を交互に見つめ、不思議そうな顔をする。
「開けてみて」
俺に促されるまま、彼は包装紙を丁寧に剥がしだした。紺色の包みから白い箱が顔を出す。
その箱の蓋を開けた彼は、一瞬身をこわばらせたあと、勢いよく俺を見上げた。
本当なら今日の最後に渡して、張り手食らうの承知で彼の頬か額にkissでもしながら言おうかと思ってたけど、それも無理な雰囲気。きっと、俺の顔もぎこちないんだろうなぁ。
でも、それでも、心から。
心からキミへ祝福を。

「…A happy birthday,kid 」

彼が息を呑んだのがわかった。やだな、俺が忘れてると思ったのかな?君の誕生日。
godだって知ってたから、お休み取らせたんじゃないの?誕生日くらいゆっくり休んだら?って。
present、高いものじゃないけど、デザインは一生懸命選んだつもり。
キミに似合いそうな、白銀に繊細な模様の入った、シンプルなタイピン。


日が、暮れ始めている。あたりはもう薄暗い。
風も冷たさを増して、彼の薄い色合いの金の髪を遊ばせている。
彼は視線を手中のピンに落とし、なにか言いたげだった。少しの間待っていたけど、「要らない」って言われるのが怖くなって、俺は待つのをやめた。一歩後ろに下がってから、俺は別れを告げた。勿論、「またね」という台詞は忘れない。「好き」と、伝えることも。

顔を上げない彼に背を向けて、そのまま独りで遊歩道を歩いた。
春には桜並木になるであろう所をくぐり、派手な鯉の泳ぐ池の横を通り過ぎると、芝生の敷かれた広場に出た。いつもなら幼い子供が親とボール投げをしていたり、犬を連れたご老人が散歩していたりするんだけど、今日は誰もいない。ただ、風が赤い葉を纏って走り回るだけだった。
広場を通り過ぎるとちょっとした噴水がある。昼間はたいしたことないけど、日が落ちるとlight upされて結構綺麗なんだよね。
そろそろかな。うんもうlightが点いてる。まだ少し明るいから解りづらいけど。

今度また彼を誘って、見に来ようかな。




今度は桜が咲く季節に。

















2004年5月  著




今度こそ中途半端でごめんなさい!!
後半暗くてすいません!!!!一応前向きなフォクシーさんです。
そして季節感なくってすいません!!!!!!!!!!!!!!!(土下座)
今ごろ冬ネタかよ!!!

プレゼントが指輪だと思った乙女な方々、裏切ってすいません。
いや、そんな確実に拒否られるもの贈るほど馬鹿じゃないですよいくらなんでも。きっと。多分(多分かよ)


はい、続かせていただきます。つぎでこのネタ終わらせます!どうか飽きずにお付き合いください!





お題3、「初恋」でした。