たとえばの話だ


事実無根、全くの仮説




それ以外、なにものでもない。









「あ、そうなんだ?じゃ手始めに映画なんかどう?」
行きたい場所は特に思い当たらない、と告げた私に、彼はそう言った。

映画
よく聞く娯楽施設だ。
ゲームセンターやパチンコ、カラオケよりは高尚な娯楽だと思う。
芸術、とまでは私は言い切れないが、小説や物語の実写版、フィルターを通して観る演劇だと思えば好感の持てる「作品」の形だ。

ただ、私が興味がないだけ。
昔まだアメリカに居たときに行った事がある気がするが、それがどんな作品だったのか覚えていない。

まぁ、映画の内容にもよるか…とぼんやり考えたのだが、ふと気付けば、オレンジがかった黄色の瞳が必死にこちらを向いている。
けして強くない力で、訴えかけているのか、それとも探っているのか。
どちらにしろ

ため息が自然と漏れた。
彼自身が行きたいところなのに、彼は何をそんなに遠慮しているのか。
私は行きたいところが無いと申し上げたばかりだというのに。

彼を非難する気持ちと同時に湧き上がる劣等感。
くだらない
なんでそんなくだらないこと


だったら

「…そんなに私の顔色を伺わなくとも、どうぞ今日は貴方のお好きなところへ付き合ってさしあげますよ」
「えっ?」
間の抜けた声が返ってくる。
まぁ、普段の私からは想像できないでしょうね、こんな台詞。
貴方がいけないんですよ。
あまりにも私を過剰評価するから。

ただ、あまりにも貴方が意外そうな顔をするから
つい血がのぼって
いつも通りの刺さるような台詞が口をついて出てしまって



…らしくない
いつものことなのに
そんなこと気に病むなんて



街に出て、通りを歩く。
平日だから人通りは少ないのだろうと踏んでいたのだが、けしてそんなことはなかった。
この時分、外出なんかしたことがないから知らなくてあたりまえといえばそうなんだが、しかしこれでは出勤帰宅時とあまり変わらない。
目的地の場所もはっきりわからないので、ひたすら彼に歩調を合わせて歩く。

…つもりだったのだが。

彼はといえば、この混雑した通りの中、その巨体からは考え付かない俊敏さで
あっちへうろうろこっちへうろうろとショウウィンドウを示して覗いてまわる。
はっきりいって追いつけない。
なにかめぼしい物を見つけるたびに、「kid」と呼びかけては私に見せたがる様子は、まるで子供だ。
しかもたいていファンシーで少女趣味な代物ばかりを指す。
挙句の果てにはブティックのショウウインドウの前で
「オンナノコの服は可愛いのたくさんあってイイよね〜」などと言い出す始末で

…コメントに困る呼びかけは控えていただきたいやら、いい加減『kid』呼ばわりはやめていただきたいやらで
もはやため息しか出てこない。
ここは思いつく限りの厭味と皮肉を口にしたいところなのだが

なぜか今日は躊躇われた。

彼の浮かれた声を耳だけで聞きながら、疲れたな…とぼんやり思う。
頭が重い気がするのは、きっといつも摂取しているはずの栄養分が取れていないからだ。
まぁ、寝坊して朝食抜きなのは自分の不始末なのだからとやかく言いたくない。

急に
彼は探るように笑みを向けてきた。
「ねぇ?」
「はい」
なにも考えず、反射だけで返事を返す。
「なんか食べない?」
「…は?」

てっきりまた何かみつけたのかと思っていたから、つい彼を見上げてしまった。
目が合い、彼はにこにこといつも通りの表情。
…気に、障る。
「ちょっとおなか空いちゃった。少し早いけど、lunchにしようよ!」
出てきた言葉も心地のよいものではなかった。

何故


そんな私のためだといわんばかりのタイミングで

それに気付かせないように嘘をつく?


『そんな見え透いた嘘、私が解らないとでも?食べたくなったらその旨くらい自分で申し上げられます!』
これに近しい言葉で詰ることは簡単だった。
ただいつも貴方が


…いや、今日はどこでも付き合う約束をしたのだから
それが理由だ

「…はぁ、構いませんが。映画の上映には間に合うんですか?」
私のこの台詞に、ぱっと彼は目を輝かせる。さも嬉しそうに微笑んでみせたあと、えーと、と顎に手を当てた。
きっと彼自身では、気を遣ったことが隠し通せたとでも思ったのだろう。
仮に私が気付いていなかったとしても、今の表情をしたら誰でも感づくと思うのだが、あえて
そのことも気付かなかったふりをして。

「大丈夫!午後1時半からのがあるヨ。近くにオススメって聞いた洋食屋さんがあるんだけど、そこでいいよね!」
言い終わるかどうかの刹那、彼は急に私の腕を掴んだ。
拒む間もなく
腕を掴まれたまま雑踏の中を走り出す破目になった。
急に身体が動いたことで、息が詰まる。
それでも必死で出した抗議の声も虚しく、彼はただ私をなだめるばかりで留まる気配は無い。

人の流れとは速さが違うので、肩や腕が道行く人々に当たるのだが、謝罪の声も追いつかない。
運動は不得手で、普段の運動不足も手伝って息が苦しい。

ふと、速度が緩まった。
もう着くのか?と酸素のたりない頭でぼんやり考えながら、こちらも速度を緩める。

くる、と唐突に彼は振り向いて
目が合って
目に映る、満面の笑み

「…kid、大好きvv」


…勿論だが、足が自然と止まる。
急に私が止まったせいでバランスを崩し、かくん、と彼の動きが鈍くなった隙をついて腕を振り払った。
肩で息をしながら、白い思考を気力を尽くして整理して、息も絶え絶えに言葉を選ぶ。
「…脈絡も無く、気色の悪いことを言わないでいただきたい、のですが」
「えー?だって本当のコトだもん!」
さも心外だ、といわんばかりに口を尖らせて抗議された。
体力さえいつも通りなら、怒りに任せて一気に私がそのケがないこと、興味もないから迷惑だということをまくしたててやるのだが、今は息を整えるので精一杯。こういった会話の場合、間をおけば不利になるのだが、今の自分の状態では言葉が不自由だ。勢いだけで、ありったけの怒りを込めて一言紡ぐ。
「…くだらない…ッ!!」
「あ、kidもしかして照れてる?」
「Ha!?」
少しも悪びれない彼の挑発的な台詞に、思わず母国の言葉が口をつく。
今の聞き返し方は母国ではかなりの強い怒りを含むものなのに、けろりと彼はこう続けた。
「だって、顔真っ赤だヨ?」

…眩暈がした気分だった。
続いて(多分軽い脳貧血だろう)本格的な眩暈に見舞われ、私は壁に手をついてうなだれる。
大丈夫?と差し出される彼の手を払って、気力で言葉を返した。
「…私の顔が赤いのは、貴方が走らせたからですよ」
oh、と呆れたように彼は肩を竦めるが、この際無視だ。
鼓動が早い。どくどくと脈打って、まだ苦しい。
それでも呼吸は大分正常に戻ってきたので、きっ、と睨んだが、一瞬の間の後、彼は照れたように微笑んだ。
「…ね、kid?kissしてイイ?」
「ふざけないでください」
「じゃあギュ〜vvってしても」
「つきあってられません」
もう知るか。何を考えているんだこの人は。
怒りを通り越して、呆れて詰る言葉も出てこない。
私はくるりと踵を返して元来た方向へと歩き出す。まぁ予想は付いていたが、彼は慌てた声でひたすら謝罪の言葉を繰り返し、私の目の前に立ち、行く手を阻んだ。さっきまでの笑顔が嘘のように、眉根を寄せ、必死に弁解をする様を黙って視線も合わさずに聞き流していたら、次第に情けないような声を出し始めた。謝罪の言葉が懇願に変わったのに気がつき、ちらりと顔を上げると、黒髪の下、その体格には不釣合いな大きめのオレンジがかった黄色の瞳は潤みきっていて、今にも涙がこぼれそうだった事に思わずぎくりとした。
「…泣かないでくださいよこんなことで。情けない」
「だってぇ…」
「『だって』、何ですか?」
問いに一瞬戸惑って、視線を一度泳がせたあと、彼はうつむいて、声を絞り出すように言った。

「…だって…kidのコト、好きだもん…ッ!!」



…別に私は男色の趣味は無い。寧ろ皆無だ。母国では認められているが、自分が思うにあまり好ましくない嗜好だ。だからといって他人の趣味をとやかく言いたくないから、認めないわけではないが、自分が対象になるなら別だ。断固拒否の姿勢をとってきている。
でもここまではっきり、必死で言われれば
…そんなこと関係無しに、悪い気は、しない。
寧ろ…

「kid 」震えた声で、たどたどしく尋ねてくる。「…俺のことっ…キライにならない、よね…?」
「は?ちょ、ちょっと…こちらに!」
語尾が消え、肩が震えだしたのに正直驚いて、慌てて彼の腕を掴んで建物同士の間の道とは言いがたい通路に引っ張り込む。
ぐい、と肩をつかんでこちらを向かせ、まだ泣いていないのを確かめてから、強い口調を敢えて選んだ。
「この程度ででしたら、私はとっくに貴方と縁を切っていると思うのですが?」
世話を焼かせないでいただけますか、と小さく付け足して肩を押すように放した。
昼間とはいえ、建物の影で薄暗いので彼の表情まではよく見えないが、ごしごしと乱暴に目をこすったあと、少し笑ったようだった。
「…うん、Thenks vv」



「…前からお訊きしたかったのですが」
「なぁに?」
目的の洋食屋に入り、とても男2人で来る雰囲気ではない店内で浮いていることに恥を感じながらも、注文待ちの合間にぽつりと口にしてみた。
前から疑問だったんだ。

何故、私なんかが良いのか

私の問いに、彼は照れた様子で頬を掻いて、小さく唸ったあとに、人差し指を口につけた。
「…It's a secret. まだヒミツvv」
「…どうしてですか」
「Well…今更恥ずかしいのもあるけど」
だって10年くらい前のハナシだよ?と付け足して、いつものように満面の笑みを浮かべる。
「今のkidも大好きだから、始まりなんて関係ないと思うの。だから教えない」
…呆れた。
機会さえあればこうやって告白まがいの台詞を口にするから、信用できないんだ。至極自然に言うから、誰にでも近しい台詞を言っているのではないかと思ってしまうんだ。だいたい軽く8年は何の音沙汰もなかったというのに、まだ10年程前の感情を引きずっているということ自体が疑わしい。
…例えすべてが本当に本気でも、応えてさしあげることはできないけれども…
でも

「…たとえば、の話です」
「?うん」
「仮に、私が貴方のことを愛したならば、その話お教えいただくことは可能なのでしょうか」
「…そうだねぇ」くすぐったそうに笑みをこぼして、彼はコップの水に口を付ける。
「じゃぁ、聞いてもらえるように努力しなきゃ」
「無駄な努力ですよ」
「やってみなきゃワカラナイでショ?」


好きだよ、とまた彼の口から言葉が漏れる。

以前と同じ言葉のはずなのに
違って聞こえるような気がするのは
誰にも言わない



深く沈めて
何もなかったかのように








2004年 4月著












長くなっちゃいました…;;
グリーン氏ったら結論を言わないモノローグが多いです。
でもまるわかりです。駄目駄目(笑)

フォクシーさん乙女すぎ。
ちょっぴりヘタレでかつグリーンさんにメロラヴ(死語)な彼が愛しいです。


お題3、『たとえばの話』解消!曲解しまくり。
多分続かないとは思いますが続くかもしれません。