日本の夏はじめじめしてて暑い。
のしかかるような湿気に身体は重くて、毎年こんなのが1ヶ月以上も続くから日本人は小さいんじゃないのか、と本気で思う程。
発達した耳はもはや麻痺気味、最近は動くのも億劫。
それでも毎日のように彼に逢いに行く自分は嫌いじゃないけど、体調不良の時はただ姿を見るだけで、なるべく接触を避けた。
なぜかって?迷惑かけるから。
甘えたがるか怒りやすくなるか解らないけど、どっちにしても迷惑この上ないだろう。
ただでさえ張り詰めていがちな彼のこと。ぴりぴりしている糸を敢えて刺激する気はない。
傷つけたり、ましてや切ってしまったりしたら只事ではすまない。
俺に取っては、だけど。

息もしづらい熱帯夜。俺が今来日した際にgodが手配してくれたアパートのベッド。
母国にいた時には滅多に拝めなかったこの柔らかい感触が気持ち良かったはずなのに、今は暑苦しくて気持ち悪いだけ。
フローリングの板の方が冷たいような気がして、回した扇風機を下に向けて堅い床に四肢を投げ出した。
布団と大した温度差はないけど、気分だ、こんなもの。
はた、と気付くと苛立っている自分に気付く。証拠に、今先程までの仕草はひどく乱雑で身勝手だ。
独りなんだから気遣いなんかいらないけど、やっぱり下階や隣りを不快にさせてはならない。
額から落ちる玉の汗を溜め息を吐きながら拭って、俺は眠りに就くことにした。


その夜、久しぶりにあの夢を見た。






目覚めたら、すっかり身体は冷えていた。扇風機が静かに目の前で回っている。
粟だった皮膚を自らなぞると、ぞっと背筋が凍るような気がした。撫でた腕を抱えて背を丸める。
気がついたら肩で荒い呼吸をして、かちかちと噛み合わない歯を鳴らして涙を流す自分がいた。

のしかかる重い空気は暗い帳をおろして、外界と自分を遮断しているよう。
どくん、どくんと自分の鼓動が耳に響く。それの合間を縫うようにちくちくと堅い音が聞こえる。
霞んだ視界を駆使して顔を上げると、壁に掛かった時計が目に入った。床に就いてから、まだ1時間しか経っていなかった。
まだ、日付もかわっていない。

まだ、大丈夫だろうか。
まだ、起きているかもしれない。
無意識に伸ばした指で無機質な携帯電話を開いて、慣れたボタンを押せば、まだ声が聴けるかも。
怒りを宿した声色で、『こんな時間に』と低く俺を詰る声が。

ぱくん…とそれを閉じた音が響く。
駄目だ。明日も彼は仕事だろう。ゆっくり休んで、もう眠りに就くべき時間だ。



だから、電話なんかかけちゃ、いけない。

駄目だ。



瞳を閉じた。
頭が痛い。胸がむかついて、吐き気もする。筋肉が緊張して、全身が痛い程細かく痙攣を繰り返す。
必死で自分の身体を抱き締めた。意識して彼の名を紡ぐ。繰り返し繰り返し、声を殺すように自分に囁きかける。
ぱた、ぱた、と腕に落ちる液体は、もはや涙なのか汗なのか唾液なのか解らない。
狂ったように彼の名を呼んで、ありもしない彼の身体を自分ごと抱き締めるように、ただうずくまって人工的な風を受け続けた。




声が聴きたい
姿が見たい
その薄い色合いの唇で
俺に言葉を紡いでくれたなら




きっともう
あんな夢をみることはないだろうに




「…逢いたい…」
他人のもののように聞こえた自分の声。
伝わらない想いと見えない心。
届かない手は空しく宙を泳いで、閉ざされた空間に喘ぐ。

音もなく立ち上がると、かたり、とコンポの電源を入れた。
液晶画面が青く光って、数字がゼロからイチ、ニと変化していくと、スピーカーから、静かにピアノと共にキミの歌声が流れ出す。
弾むような澄んだ音色。
滔々と流れる声色。
鈍った俺の耳に響く…キミの、うた。




解ってる。
本当は解ってるんだ。

「…本当は…キミに触れてはいけないことくらい、解ってるよ…?」


それでも、キミは俺の光だから。
長い夜から抜け出して、明るい夜明けを待ち望むから。





甘えなのも解ってる
お願い
俺をここから連れ出して






















2004/7/    著




お題11、「悲しい日」です。

なんとなく実体験から尾ひれ羽ひれくっつけて、そんでもってフォクシーさんの過去設定を織り交ぜてみました。
いや…お題に沿ってるかといえばそうでもないような気がしないでもないのですが…


最近、暑くって死にそうですね。
とくに日中。