「誕生日はいつですか?」



偶然なのかは解らないけど、彼は俺が最近お気に入りのこの店に入ってきた。俺は彼がドアをくぐった瞬間彼に気付いた。視線を泳がせた彼は、俺が彼に声をかける前に俺に気付くと、まっすぐ俺に向かってきた。軽く挨拶を交わしたあと、注文もしないでそんなことを尋ねてきた。

…誕生日?
唐突なこの質問に一瞬固まって、正直に答えたあと、俺はつい尋ねてみた。
「…急に、どしたの?」
「貴方、今年私の誕生日に贈り物を下さったでしょう?」
そうそれです、と俺のみぞおち付近を指差してみせる。そこには銀色に光る、細かい葉の模様を彫っただけの至極シンプルなネクタイピン。
…俺が彼に贈ったものだけど、ネクタイをしない彼が、『目に付くから』と言って俺に預けたもの。だから毎日のように着けてる。いつキミに逢ってもいいように。キミがいつでも見れるように。
「…別にご希望に添えたものを贈れるとは思ってませんが、一応…
 それにそちらが覚えているのにこちらが知らないというのは失礼か、と…」
珍しく語尾を濁して、視線を少しだけ外す彼。気のせいじゃなかったら、照れてる。気恥ずかしいのかなんなのか、よくわからないけど。

…ヤバイ、可愛い…vv

どきどきする。酒が一気に回ったような錯覚がおきて、目の前がくらくらする。自分の手が伸びるのが他人ごとのように視界に入った。

…kiss、したい。

「…何ですか」
不満そうな声にはっとする。頤に触れた俺の右手をうざったそうに払いのけて、眉根を寄せたその表情は、見慣れたはずなのに妙にそそられて心臓が跳ね上がる。
…好き。
膨らむこの気持ち、抑えきれない。
ここが居酒屋で良かった。今がふたりきりだったら、その身体を堅い床に縫い付けていたかもしれない。
まずいなぁ、なんでこんな気分になってるんだろ。…あぁ、そうか。
「…酔っちゃった」
「他人に迷惑かけないでくださいよ」
「うん」
そう言って、グラスの残りを一気に呷った。
「…解ったなら控えて下さいよ」
「ん〜…」
酔いに、任しちゃえ。そう決心したら次の行動は早かった。
立ち上がって、ぐいと彼の顎を持ち上げた。ふいをつかれて、大した抵抗もなく彼の鼻が上を向く。そこに…腰を曲げて背を丸めて、唇を落とした。吸うわけでも噛むわけでもなく、ただ触れるだけ。
「…ッに、…」
「kissだよ」
「変態…」
「挨拶挨拶」
「色魔」
「酷いな〜」

酷いのはどっちですか、と寄せたままの俺の顎を退けて彼は毒づく。
周りは薄暗くて、あまりよく見えていない。それにみんな自分達の話か、流麗な演奏に夢中で多分見ちゃいない。

眉間に寄った皺、その下の鋭い視線。少しだけ面長な頬にきつく引き結んだ唇。
いい加減にしてくれと怒気を孕んで溜め息をつく。
そんな顔されても好きなんだよね…

「リクエストってOK?」
「…可能なものでしたら」
「その日お休み取ってよ」
「嫌がらせが目的ですか」
「違うよ、キミの時間が欲しいの〜。朝から待ちあわせして、どこかに行こうよvv」
「…」

眉間の皺が2つ増える。嫌そうな表情。でも瞳はそれほど苦々しい色合いをしてないよ?だって俺だって譲歩したんだから。
「キミが欲しい」っていわなかったでしょ?
まぁ、そんなこと口にした日には凄まじい勢いで引かれて単発的な単語を一つか二つ投げられて、それっきり避けられ続けるに違いない。やだやだ耐えられないしそんなの。

「…俗にいう、『デート』の約束ですか」
「Yes,that's light!!」
「お断りします」

…やっぱり?
そこまできっぱり言われちゃったら食い下がれないじゃない。てか思ったよりショック大きいな…言わなきゃ良かったかも。
一応訊くだけ…訊いてみよ。
「なんで〜?」
「残らないからです」


一瞬停止した思考。無意識に口から出るのは、当然のように間の抜けた声。

「…は?」
「残らないでしょう?それに、『さしあげた』意識に乏しいから嫌です」
「いや、記憶とか思い出とか」
「形にないものは薄れやすいでしょう」


…リアリスト。




少しだけパニックに陥った頭でぼんやり思った。
その反面、ふとしたことに気付く。
…やだ、恥ずかしい…kidったら。残るものをあげたいって…ずっと持ってて欲しいってこと…?

「あぁ、でもその時にお渡しすれば良いですよね」
わざわざアポイントを取らずに済みますし、と付け足しながら、俺が追加注文しておいたグラスを手に取り、許可も取らずに一気に呷った。からん、と外気に触れた氷が涼しげな音を立てて揺れる。
「ではスケジュールに組み込んでおきますので」
そう事務的な言葉を紡いで、御馳走様でした、と付け足しながら席を立とうとする彼の袖を慌てて掴んだ。
「…なんですか?」
見下ろされる形になった状態で、苛立たしげににらまれると、迫力は倍増だ。普段から『見下ろされる』経験に乏しい俺には、尚更。
テーブルに肘をつく格好で、引きつりそうになった頬をさりげなく押さえて、俺は笑みを作った。
「これから仕事?忙しいの?」
「いえ、これから帰るところです」
「じゃあさ」
…一緒にいようよ。
もっとキミの声を聴きたい。
もっとキミの顔を見ていたいの。
なんて、正直に言ったら『無駄な時間をとらせるな』って背を向けられることは必至。
だからなるべく『同僚』っぽい会話を選んで、キミを俺の前につなぎとめて。
「もう一杯くらい飲んでこうよ。せっかく来たんだしさ?もう一杯くらいなら、俺オゴるよvv」
「結構です。自分の飲む分くらい出します」
「何言ってんの〜さっき俺のお酒勝手に飲んだくせに、今更vv」
「別に良いでしょうそんなこと」
「勿論いいんだよそんなことvvだからついでにもう一杯」
「ですから、もう」
「あ、あのね、ここのコレすごい美味しいんだよ〜是非飲んでvv …Hey, master !!」
「ちょっと」
「いいじゃない、コレも美味しいよ〜ジンのお酒によく合うんだ。お夕飯は?」
「いえ、まだ…」
「じゃ決まりね。コレもお願いしますvv」
「だからなんで勝手に注文してるんですか!」
「まぁまぁ、あんまり怒るとさっきのお酒がまわっちゃうよ?」
「あれくらいでは酔いませんよ」
「わかんないよ〜。一気に呷ってたし」
「…貴方、酔ってるでしょう」
「うん、ココの美味しいから、つい飲みすぎちゃうの」
「潰れても置いていきますからね」
「酷いなぁ、そんときは送ってってヨ」
「嫌です」
「や〜ん、捨てないでェ、kid〜ッ」
「誤解を招く発言は控えてください」
あんまり調子に乗ってると帰りますよ、と抱きついた俺の手をつねって、ため息混じりに瞼を落とす。
その表情が、普通の意味とは違った意味での『怖さ』の対象になってること、キミは気付いていない。


キミを傷つけてしまいそうな、『恐怖』。




それを持っている俺は、本来キミに贈り物をあげる資格も
まして、貰う資格なんか、無いんだ。






ホントだよ?
今は、まだ…ね。


















2004/8/ 著






落ちきらなかった…!!いつも以上にオチが不安定かつ不完全;;
意味不明な文ですね…とりあえず初めから気持ちが暴走してるのは本来裏行きのモノだったから。
でもあえなく断念。(笑)