■服装を替えるということ■
古い英語に「 turn(もしくはchange)one’s coat 」という言葉があります。
直訳すると「コートを替える」という意味のこの言葉は「変節する、改宗する」という意味をも持ちます。
今日ではそれほど重要視されてはいないかもしれませんが、少し前までは
「服装を替える」ということは非常に重要な意味合いを持っていました。
(↑ここで言う「服装を替える」は、異文明の服装へ替えることを指します)
『すでに紀元前7世紀の『旧約聖書』ゼファニヤ書1章8節には
「主のいけにえの日がくれば、わたしは、高官たちと王の子らを、また、異邦人の
服を着たすべての者を罰する」とあり、ユダヤ教徒やイスラム教徒の書いたものにも、
その信奉者は異教徒と同じ服装をしてはならず、自分たち独自のあきらかにそれとわかる
衣服を着るべきであると強く奨めている。どの宗教にも
「異教徒のような服を着るな。そうでないとあなたも異教徒のようになる」
というような禁令がある。
預言者ムハンマド(マホメット)以来の伝統によれば、
「ターバンは異教徒と信者のあいだの垣根である」とされていて、
「人々と同じようにしようと努める人は、仲間の一人になる」という伝承もある。
つい最近まで、一部の地域では今でも、それぞれの民族のグループ、個々の宗派、
種族、地域、ときにはそれぞれの職業によってまで、それとわかる独自の服装をしている』
(『イスラーム世界の二千年』バーナード・ルイス著/草思社/2001より引用)
映画の舞台となったのは20世紀初頭の中東(1916〜1918)。
イギリス軍とアラブ軍がそれぞれ独自の服装をくずさないことから考えても、
「服装」が当時重要視されていたことと思います。
そんななか、登場するイギリス人でただ一人アラブ(異教徒)の服を着用したロレンス。
高圧的で、アラブにあっても自分たちのスタイルをくずさない他の英国人とは違い、
自分たちと同じ服装をし、同じ言葉を話し、同じ暮らしをしてアラブになじもうとした
ロレンスにアラブの人々が親近感を感じても不思議ではありません。
まあ、映画ではアラブの服装にしたのは本人の意思というより
アリに軍服を焼かれてしまったからという理由が大きいのでしょうが。
でも、服のほうはアリから贈られたから着用したとしても、ターバンの方は
自分の意思で着用してますよね。アカバ攻略前(ネフド砂漠横断前)に自分で着けてますし。
アリがロレンスに服を贈ったということは、ロレンスを自分たちアラブの仲間だと認めたから…だと思います。
他に着るものがなかったからだとしても、アリから贈られたベニ・ウェジの首長の服を着て、
嬉しそうにポーズをとるロレンスを見て、アリはどう思ったのでしょうか。