福祉オンブズマン養成講座第2回レポート

「介護保険制度の事業者サービス」

 わたしの両親は幸い元気で、介護保険の保険料を払う方にいます。その点で将来の問題として,知識の蓄積が出来たことは幸いでした。利用者が苦情を訴えるということ,高齢者にはとてもむずかしいことと思いました。なぜならば,少なくとも今の高齢者は,「文句を言わない」我慢強い世代であるからです。第三者から言われてどうこう行動する方々ではありません。また,認知症にかかっていらっしゃれば,言いたいことも言えない,あるいは,間違ったことを言ってしまう,勘違いしてしまう,ということも考えられるからです。そうすると,たとえ苦情を口にされても,それを代弁することは,間違った情報をサービス提供者に伝えかねないので,できるものなのか考えてしまいました。それならば,オンブズマンとしては,代弁よりもむしろその前段階である傾聴に徹するべきだと考えました。その分,監督する行政の監視は非常に大切な存在に思えました。

「障害者支援費制度」

 この講義は,今,わたし自身の生活を左右するものでしたので,最後まで聴けず,割愛されたのは残念でした。めまぐるしく変化するこの制度のまさに,このときを知りたかったです。厚生労働省は,介護保険との統合をめざしているようですが,それは一見,平等に見えて,じつはそうではありません。介護保険を受ける方々は,すでに人生において,相応の財産を築いて,生活も安泰な状態にあります。一方,障害者は,働く場も充分になく,収入といえば,障害者年金,あるいは,生活保護という,まさにその日その日の生活を支えるものです。それで,支援費制度の活用が多くなったからといって,利用者に一部負担を強いていくのは,その生活自身を脅かすものとなります。授産所などで得た一万にも満たない金額を支援費に回さなくてはならないというのは,障害者の社会参加,施設から出て,地域で生活をするよう,「措置」から「契約」に移行した国の方針,また,法の精神に,まったく逆行するものと考えます。

「福祉オンブズマン活動の実態」

 利用者の声を代弁する,あるいは傾聴するという仕事は,自己満足に終わってはならないはずです。制度として,身分も,収入も保障されなければならないと考えます。素人が,傾聴して,つまり話を聞いて,それで終りではないはずです。利用者の権利擁護,尊厳の尊重には,言葉だけではなく,ある程度の権限・権威が伴わなくてはいけないのではないかと思います。オンブズマンが,自分を自分が律するというのは,非常に過酷な状態ではないでしょうか。たとえば判事,警察官なみの精神力が求められると思います。そうした中,弁護士の方や,障害児の親御さんが,自分はオンブズマンに適しているのかと問い掛けておられるのは,賞賛に値すると思いました。ここでもまた,そこまで難く考えなくてもいいのかなという気もします。そのようなことを書いている,わたしも,施設の青年が持つ他人に言えない素朴な自然な願いを聞いてあげられるような者になれればと思います。

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