慧靂のドールであるKarmaをまぶし気に見上げるものがいた。
 彼の名前は鐡鉄火、近衛騎士団専属の整備班の主任を若くして勤め上げる少年だ。ドールを見上げる瞳はひどく切ない色を帯びていて、あまりに熱心に見つめているものだから、後ろから忍び寄る影にも気付かない。

「鉄火」

 名前を呼ばれ、跳ね上がるように鉄火は振り返った。

「うっわ! ……なんだ、慧靂か……驚かすない」

 脱力するように大きく息を吐き、鉄火は慧靂の方に向き直る。
 その様子を笑いをかみ殺しきれずに慧靂は見ていた。

「お前なあ……」
「悪い、そんなに驚くとは思わなかったんだ」

 たいして悪びれもせずに、慧靂はそういって鉄火の肩に腕をまわす。二人は肩を組むようにして、何もいわないまま目の前の慧靂のドール:Karmaを見上げた。

「Karma、か」
「どうだ、すげーだろ……こいつさ、まるで意志を持ってるみたいなんだぜ」

 そんな慧靂の言葉に鉄火は横目で慧靂を見て、そうかとだけ返した。

「信じてねーだろ」
「いや、Grainならあり得る話だろ」

 慧靂より鉄火の方がドールの構造や性能については詳しいので、慧靂は返す言葉もなく口を紡いだ。
 沈黙の間、鉄火がまた切な瞳でKarmaを見上げる。その真摯な瞳に、思わず慧靂は訊ねた。

「なあ鉄火、気になってたんだけどさ」
「なんだ?」
「お前はドール、乗らねえの?」

 慧靂の言葉に、鉄火は思わず眉を寄せ呻いた。そして半眼で慧靂を睨み付けた。

「意地の悪いこというなよ。乗らないんじゃなくて乗れないんだって、お前も知ってるだろ」

 好きでドールに乗らないわけではない、死にそうになるほど相性が悪いのだ。言葉のあやでもなんでもなく、そのままに。
 鉄火も初めは騎士候補だった。テスト操縦に望んで、死にかけた。
 その当時のことは今でもちょっとした話題になる。
 相性の悪い人間というのは、確かに少なからず存在する。だが、鉄火ほどの者はそれまでいたことがないというから笑えない。
 Grief型、Sacred型ともに操縦できないだけでなく暴走させ、あまつさえ命を落としかけた鉄火に、さすがのセムも閉口ぎみで。「君は操縦には向いていない、諦めたまえ」と言わせしめた。

「あれはすごかったもんな」

 既にセムのところでドール操縦のイロハを叩き込まれていた慧靂は当事者である。もう何年も前のことになるが、未だ忘れることができない光景だった。

「お前すごいよ、あれはある意味才能だって。だってさ、テスト操縦って起動させて少し歩かせて、できたら剣を構えるとか跳んでみせるぐらいだぜ? それなのに起動させたとたん滅茶苦茶に暴走させるんだもんな」

 その暴走をあっという間に鎮めたセムにも圧倒されたのだが。

「それでもドールの側から離れられなくて、ここにいるんだけどよ」

 鉄火は苦笑して喉の奥から声を漏らした。その後、結局整備員としてセムに半ば押し掛け気味に弟子入りして今に至るのである。

「そういやさ、関係ない話なんだけど」
「んでい?」

「お前、リリスの事好きだろ」

 思い出したように言った慧靂の言葉に、ひくっと鉄火は頬を引きつらせた。

「いや、なんで……っつーか鈍い慧靂に解るくらい解り易いって事か…?」
「お前も大概失礼なやつだよな、本ト」

 半眼になって慧靂は言う。しかしその声に悪意とかそういう感情は欠片も感じられなかった。
 そんな慧靂に、鉄火はふっと冷めた目をしてつぶやいた。

「本当はいけないんだけどな」
「なんで? セムさんが怖いのか? まあ確かに怖いけど」

 リリスに対する過保護っぷりは誰もが認めるところではある。だがいけない程の事ではないだろう。慧靂の台詞に鉄火は失笑した。

「まあ確かにセムさんは恐えよ。でも、理が通らない事じゃ絶対に責めたりしない。怒り狂うけどな」
「ははは……」

 長く付き合っているとそういう場面に何度か遭遇することもある。それを思い出して慧靂は乾いた笑いを漏らした。

「だから俺はここにいさせてもらってる」
「何のことだ?」
「何でもない。でもな、例え俺がどんなにリリスを好きでも、リリスは絶対に俺のことを好きになったりはしない。恨まれはせよ、絶対にな」

 悟ったような年下の言葉に、慧靂は面食らう。

「恨む?」
「こっちの話でい。それより、お前本当タイミングいいのな。お前探しにいこうか悩んでたとこだったんだわ」
「ふーん? で、何か用か?」

「物は相談なんだけどよ、俺にKarmaのArtifactを作らせてくれねえか?」
「……はぁ?!」

 いきなり持ちかけられた壮大な計画に、慧靂は呆れるやら驚くやらで声をあげた。

「こいつなら絶対に暴走させない。させる要素がねえんだ。だから頼む、この鉄火一生一代のお願いだ。俺にKarmaのArtifactを製作させてくれ」
「暴走させないって、原因分かってるってのかよ」
「ああ、俺もセムさんも、リリスも知ってる」

 そう答えると、慧靂は鉄火をまじまじと見つめて息をついた。

「それで、算段はあるのか?」
「おぅ、ドールの作りなんざ基本的に同じだからな。後は複製するだけってことよ」
「バラして組み立てられないなんてこと、するなよ」
「大丈夫だ、俺を信用しやがれ! 俺がドールを組み立てられねえなんてことは、あり得ねえんだからよ」

 鉄火は笑ってもう一度、Karmaを見上げた。慧靂もそれにならって見上げた。

「そうだ、お前に頼みがあるんだがよ」
「何?」

「ドールが完成した時に俺にもしものことがあった場合、お前が俺のドールを打ち壊してくれよ」
「何言ってんだよ! まだ作ってもいないのに、寝言は寝てからいいやがれ」

 茶化したように言った慧靂に、鉄火は真剣にいった。

「俺のドールはKarmaから派生してるって事になるんだ。だから、そいつがあると歴史が変わっちまう。まじめな話なんだ。俺が生きていたら自分の手で、もしもの時は……お前が俺のドールを壊してくれ。頼んだぜ」

 言われたことの意味はよく分からなかったが、真剣な鉄火の思いは痛いくらいに伝わってきて。

「わかった、約束するよ」
「さすが、俺の親友殿だぜぃ」

 そういって二人は肩を組み合った。