「ようやく、ここまで漕ぎ着ける事ができたよ。もうどれほどの歳月が流れたのだろうね…… 。君がここに繋がれてから」

 床と一体化するような模様に取り込まれた愛しい人を見て、セムは呟く。そしてゆっくりと屈み込み、眠るように目を閉じた の頬にそっと触れた。
 その頬は微かに暖かみを帯びて、彼女がかろうじてその命を繋いでいるのだと教えていた。
 セムはわずかに眉を寄せ、目を閉じる。
  は自分の選択を責めるだろうか。
 それとも仕方がないよねと言って、苦く笑いながら許すのだろうか。
 優しい彼女の事だから、きっと後者であろうと思うけれど。
 優しいからこそ、涙を流すのだろう。
 自分のための犠牲に、其の身を引き裂かれるような苦痛に身悶えるのだろうか。

「わかっているさ……これは、全て……私の身勝手さが招いた事だ」

 もう一度、君に会いたいが為だけに全てを踏みつけて。
 君の自由を望むより、ただもう一度、その声を聞きたいと願ってしまったから。
 ただこの腕で、君をかき抱きたいと願ってしまった故に。
 それでも、生きてほしいと願ってしまった身勝手さに。
 ゆっくりと、長い時間をかけてセムは目を開いた。安らかな顔をして眠る を見て寂しげに微笑む。それでもその表情は何処迄も優しく、愛情に満ちていた。
 さらりとした前髪に指先が触れると、 が少しだけ微笑んだ、ように見えた。

「わかってくれとは言わない。ただ、私は君を、 を失う事が怖かったのだ。
 貴女が我が手からすり抜けたとき、もう一度抱き締める事ができるとわかったとき、私は理解してしまったのだよ。私とて、何も変わらない。
 こうやって、同じ事を繰り返すのだから……幾度となく繰り返されてきたこの制度も、繰り返される訳を理解してしまったからには、私はもう引き返せないのだろうね」

 もっとも、引き返す気もなかったのだが。
 これから流される血と悲哀を思って、セムは目を閉じた。
 セムにできる事は、ただ目を反らさずにいること。全てを理解し、導いたものの役目を終える、それだけなのだと彼は理解していた。

「君だけを、愛しているよ………」

 ささやいた言葉は、彼女に届く事なく、霧散した。