金の剣を携えて、セリカは寂しげな笑みを浮かべ、言った。

「私、エリカに伝えたいことが沢山あるの。だからエリカの心、私が取り戻すんだ。そうしたら、また一緒にいられるような気がするから」

 そんなセリカを見て、ナイアは思う。こんなに悲しげな笑みを与えてまでして、彼女を逃すことに何の意味があったのだろう。

「ワイは団長や。せやからワイはここを離れるわけにはいかんねん」

 自分に第三師団を与えて、心苦しそうにユーズはそういった。そう言った彼の顔からは、本当は自分がついていきたいという思いがありありと見て取れた。だから、言うのをやめた。

 そんな立場にいなければ、あなたは姫と共に行くことができるのに。

 言った所で何も変わりはしないのだ。変わるとすれば、それは自分のユーズを見る目と、ユーズが自分を見る目が本の少し、かわるだけ。

「ワイの代わりに姫さんを護ったってや」

 外壁の上にある通路で、ユーズが町向こうの山を眺めながらいうのを聞いて、ますます思う。なんて難儀な質の男だろう、と。自分の赴くままに行動を起こすものは多い。その逆はどれほどいるだろうか、目の前の男はそんな希少な性分なのだ。

「命令とあらば、アカンサス公爵殿」

 わざとそういってやれば、実に複雑そうな表情でユーズはナイアを見た。

「なんや、ワイはモナルダ伯爵家令嬢様の機嫌損ねてしもうたんか」
「そうね、そうかも知れないわね。それじゃ、一つだけ融通利かせてちょうだい」
「言うてみ」

 言われてナイアは少しばかり戯けて笑ってみせた。

「言うこと聞いてあげるかわりに、第三師団を貸してちょうだい」
「駆逐艦隊司令官殿もつけるよって、もう一つ」

 大きなおまけに眉をしかめて、ナイアはユーズを見る。これ以上、まだ何かあるというのか。

「近衛騎士団第一親衛隊隊長殿もつけるよって」

 一瞬、間をあけてから、ナイアは間の抜けた声を出した。

「はあ?」
「せやから、士郎をつれてけ。これは上の姫さん直々の『お願い』なんや」

 通常第一親衛隊は王家第一女子であるエリカを守護する役回りである。それを直々に拒否するような素振りに、ナイアは複雑な顔をした。

「何が目的なの」
「知らん」

 姫さんには姫さんの考えがあるんやろ、そういって閉めるユーズに、ナイアは不安を隠せない。しかもこの時は早々に大事に至るなどとは思いいたるはずもない。

「まあ仕方ないから頼まれてあげるわよ、団長さん」
「おおきに」

 そういってナイアに背を向けたまま、右手をひらひらと振って、ユーズは立ち去る。彼の姿が見えなくなった後、一人でひっそりとため息をついた。

「しばらく、ここからもお別れね」

 王族の警護に当たる彼を思い、またため息をついた。いつだって彼は彼女一筋だから、いや職務に忠実なだけなのかもしれないが。
 腰に吊っていた刀を手に取り、ナイアは鞘を抜き光にかざした。

「私に、誰かを守れるのかしら……?」

 自分の本音に、ナイアは苦い笑みを浮かべる。
 本当は、重いものなど背負いたくはなかったのだけれど。自分の回りにはこんなにも自らに重いものを課せる者たちがいる。その中で一人だけ身軽など、彼女の自尊心が許さなかった。
 同じ立場に立てるのならば。その気持ちが彼女を、この戦の最後まで立たせたことは紛れもない事実なのだ。