せめて、
せめて、貴方だけでも逃げ延びて
私が愛を忘れる前に
私が恋と分かつ前に
私が心を失う前に────

 私が二人を逃がした。
 戻ってほしくない、そう思った。
 だから、こうやって戻らぬようにと戦うのだ。
 戻ってくれるな、遠くへ逃れよ。
 だから私は剣を賭して闘うのだ。
 たとえ、それが君を討つ事になろうとも───

「エリカ、エリカ?」

 モニター越しにツガルはエリカに呼びかけた。近頃富みに表情の薄くなったエリカが、さらに上の空だったような気がしたのだ。

「……何?」
「どうしたの、やっぱり最近、貴方、可笑しいわよ」
「私は普通だわ」

 淡々と離すエリカに、ツガルは怪訝そうに眉を寄せた。

「ねぇ、じゃあ何故セリカを殺そうとするの?」
「あの子が戻ってくるからよ」
「戻ってくるから、士朗を殺すの? エリカ、士朗が好きだったんでしょ?!」

 半ば叫ぶようにツガルが問うと、エリカは目を閉じた。

「ええ、愛しているわ」
「それならどうして追い立てたの?」
「逃がしたの、ここはもうすぐ戦場になるはずだから」
「貴方が戦場にしているのでしょ」
「士朗は命を賭して闘わなければならないから……だから逃がしたの。セリカにも傷ついてほしくなかったから」

 エリカの言葉を聞きながら、ツガルは眉を寄せる。

「逃がしたのなら、なぜ殺そうとするの。矛盾してるわ」
「矛盾……?」
「傷つけたくなくて逃がしたんでしょ、だったらエリカがしてる事は矛盾してるわ」
「そう……かしらね。私はもう、考える事しかできないもの。私が拒絶したらセリカも、士朗も私を見限っていくと思ったのだけれど」

 少し違ってしまったわね、感情のない声でエリカは小さく呟いてモニターの前から立ち上がる。

「どちらにせよ、もう後戻りできないの。ただ、前へと進むだけ。これは『聖戦』なのだから」

 色鮮やかな髪を翻し、通信室を後にするエリカをツガルはモニター越しに見送った。幼さを残した彼女の眉間にきゅっと皺が寄せられる。

「聖戦? 馬鹿げてる……英雄王以来の再来とでもいうの?」

 伝説上の聖戦の覇者の名を呟いて、ツガルは手を伸ばす。プツンと言う音とともに、モニターの電源は落ち、画面は黒く沈黙した。