「ええっ、そこでいきなり抱きしめちゃったの!?」 驚くわたしの目の前で、要くんはちょっと憮然とした顔をした。 「仕方ないだろ、おれ、自分の気持ちも解っていない子供だったんだから・・・」 「それはそうかもしれないけど・・・」 「けど、何だい?」 そう言って真剣な眼差しを向けてくる要くんに、わたしは頬が引きつるのを感じた。 「その、要くん、情熱的だなぁ・・・って・・・クッ!」 ああ、駄目だ。 わたしは堪えきれずに噴き出してしまった。 声を上げて笑うわたしの姿に、要くんの眉間に皺が寄る。 その表情が可笑しくて、わたしの"笑いの発作"は更にヒートアップしてしまう。 苦しさのあまり滲んできた涙を拭っていると、要くんが盛大に溜め息をついてみせた。 「まあ、気持ちは分かるけどさ・・・」 それから机越しに身を乗り出してきて・・・ 「前田ちゃん、笑いすぎ」 ぴしり。 "デコピン"されてしまった。 驚きのあまり、一瞬にして笑いが止まる。 両手で額を押さえるわたしにニコリと笑いかけて、要くんは机の上のプリントを折る作業を再開させた。 そうだった。 わたしたちは放課後の教室で、明日のHRで使う資料作りをしているのだ。 要くんが折ったプリントを、わたしが束ねてホッチキスで留める。 慣れた手つきで次々と紙を折っていく要くんの指先に、暫しわたしは見とれた。 背の高い要くんは、その分手も大きくて。 スラッとした指が男の人とは思えないほどキレイだ。 「ほらほら、手を動かして」 ボーっとしていたわたしは、要くんに急かされて机の上のホッチキスを取り上げた。 折ってあるプリントを1〜5の順番で重ねて端を留める。 パチン、パチン。 「でもさ〜、子供の頃の天くんって可愛かっただろうなぁ」 手を動かしながらさっきの話しの続きをすると、不意に要くんが満面の笑みを浮かべた。 「そりゃあもう!」 その無防備なほどの笑顔に、話しを振ったわたしの方が面食らってしまう。 「まるで天使みたいだったよ。父や母が思わず抱きしめちゃったのも頷ける」 小さい頃の天くんを思い出しているのだろう、うっとりと微笑んだ。 「そう言う自分だって抱きしめちゃったくせに・・・」 小声でつぶやいたのに、耳ざとい要くんには筒抜けだったようだ。 目を細めてわたしを見つめる。 意味ありげなその視線に、わたしの方が白旗を揚げた。 「さ〜、仕事仕事っと」 「フフ、なかなか賢明だね、前田ちゃん」 「誰かさんを敵に回したくありませんから」 わたしたちはお互いを見つめてにこっと微笑みあった。 パチン、パチン。 作業を進めながら、うつむきがちに紙を折る要くんの姿を盗み見る。 意外とまつ毛が長いんだなぁ・・・。 それにしたって、一応わたしはあなたにフラれた女なんですけどね。 嬉しそうに初恋の話とか聞かせるかな〜、普通。 パチン、パチン。 そこが要くんらしいというか、憎めないところというか、やっぱり惚れた弱みっていうか・・・。 考えてみたら。 わたしは最初っから天くんを想う要くんを好きになったんだよね。 パチン、パチン。 初めは驚いた。 冗談かと思ったし、誤魔化そうとしているのかと悲しくもなった。 だけど、不思議と嫌悪感はなかったんだ。 パチン、パチン。 それはきっと要くんの瞳が澄んでいたから。 わたしを見つめる眼差しが真っ直ぐで、とてもキレイだったから。 「前田ちゃん?これでラストだよ」 要くんが差し出す束を受け取って、最後のホッチキスを留める。 パチン、パチン。 「終わったね、お疲れさま」 伸びをしている要くんにそう声をかけたとき、教室のドアがガラッと開いた。 「要〜、終わったか?」 ちょうどいいタイミングで入って来たのは、さっきまでの話題の中心人物、天くんだった。 「ああ天、今終わったところだよ。待たせて悪かったな」 要くんは出来上がった冊子をまとめていた手を止めて、天くんに優しく笑いかけた。 ほら、その表情。 天くん以外には決して見せない特別な顔。 ズカズカと教室に入って来た天くんが、要くんの近くの机にひょいっと腰掛ける。 「なあなあ、要。オレ腹減っちゃったよ。帰りにハンバーガー食って行かない?」 「またそんなこと言って・・・。夕飯はどうするんだよ?」 そう言って眉をしかめたけれど、お説教するには目が優しすぎるよ要くん。 「大丈夫だって!そんなの別腹だよ」 無邪気に笑う天くんを眩しそうに見つめる。 「そうだな・・・ちゃんと夕飯も食べるんだぞ」 「了解!」 結局、天くんには甘いんだよね。 わたしは作業をするためにくっつけていた机をガタガタと元に戻す。 早く片付けて、この場を去ろう。お邪魔虫みたいだし。 その時。 「おまえも来るだろ?」 騒音に紛れて、天くんの声が聞こえたような気がした。 「・・・え?」 思わず手を止めて天くんの方を振り返ると、彼はそっぽを向いたまま視線だけわたしの方に向けていた。 「おまえも来るだろって言ったの!」 「え?えっと、良いの・・・?」 わたしが戸惑っていると、天くんが身体ごとこちらに向き直った。 「おまえは、いっぱい食べた方がいいんだよ。もっと肉をつけないとな・・・」 「・・・は?」 天くんの意図がつかめなくて、わたしは呆然としたまま視線を要くんに向けた。 それから、2人の視線に釣られるように自分の上半身へと・・・・・・。 「なっ!?」 視線の意味に気がついて絶句するわたしの姿に、2人が同時に噴き出した。 「ちょっ、ちょっと、2人とも!!」 「アハハ!要、先行ってるぜ。早く来いよな!」 座っていた机から身軽に飛び降りると、天くんは悪戯っ子みたいに笑ってみせた。 それからチラリとわたしの方を見て、サッサと教室から出て行ってしまう。 残されたのは、わたしと・・・相変わらずクスクスと笑い続ける要くん。 「・・・要くん、笑いすぎだよ」 "デコピン"しようにも背の高い要くんのおでこにはとても手が届かないので、ビシッと人差し指を突きつける。 「ああ、ごめんごめん」 笑いながら謝られてもなぁ・・・。 要くんはまとめた冊子を自分のロッカーにしまうと、机の上に置いてあった鞄を掴む。 「前田ちゃん、一緒に行くだろ?」 「お邪魔虫じゃないの?」 わたしの意地悪な問いに、要くんは戸口へ向かっていた足を止めて斜めに振り返った。 「そんなことないよ」 そして、わたしに向かってニヤリと共犯者めいた笑みを浮かべる。 あ。 この表情は天くんには決して見せないものだよね? ひょっとして、わたしだけに向けられるモノ? 「あんまり待たせると、天が拗ねるぞ」 そう言って再び歩き出したけど、教室の入り口でもう一度軽く振り返った。 「何してるんだよ、行くぞ」 「・・・うん」 何だろう、この感覚。嬉しいような、楽しいような・・・。 胸に広がるのは幸福感、そして高揚感? わたしは机の横に掛けてある鞄を掴むと、足早に要くんを追った。 教室を出ると、廊下は夕日で赤く染まっていた。 あまりの眩しさに、思わず目を細める。 そうだね。 3人一緒なら、未知の世界に飛び込むのも良いかもしれない。 そこがどんな世界だか想像もつかないけれど、要くんと天くんが一緒なら、うん、怖くはないよ。 「前田ちゃーん!」 廊下の先から要くんの声が響いてくる。 「はーい!今行く!!」 そう大声で答えると、わたしは2人を追って今度こそ全速力で駆け出した。 END ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ まさか自分のキャラの"二次創作"にお目にかかれる日が来るなんて!! めちゃくちゃ感動です〜!! ひそかさんほんとにありがとうございましたm(_ _)mm(_ _)m (それにしても、綾部が書くよりも三人ともなんだか生き生きしているような...^^;) [綾部海 2004.1.19] |