Triangle
Selfish


―You can call me selfish, but all I want is your love―

県立北高校北校舎3階生徒会室。
終業式も済み明日から夏休みという暑い中、生徒会副会長である2年の西森航(わたる)はデスクトップパソコンと格闘中であった。
と言っても"ブラインドタッチでびしばし"という訳ではなく、使用しているのはもっぱら人差し指のみ、手書きの原稿とディスプレイを何度も確認しながら、といった"のろのろ運転"であった。
「それじゃあ、登校日に配る球技大会のアンケート、こんな感じで頼む、手塚。」
「わかった。」
航の後ろでは生徒会長の三宅と3年の副会長である手塚光希がこんな会話を交わしていたが、航はそれどころではなくまったく耳に届いていなかった。
「じゃあ、悪いけど俺、お先に...」
「うん、お疲れ。夏期講習がんばってね。」
三宅は申し訳なさそうに頭を下げると鞄を手にした。
「西森、お先!!」
「わっ!!...あ...三宅さん、お疲れさまです。」
三宅に突然肩をつかまれて航はびくっとした。そして、そんな自分が恥ずかしくなり真っ赤な顔をしながら三宅に頭を下げた。
「おう、お前もがんばれよ。」
三宅は笑いながら生徒会室を後にした。

航はまた作業を続けたが、ふとあることに気がついた。今、生徒会室には自分と手塚光希しかいないことに。
そう思った途端、航は打ち込みに集中できなくなり、打ち間違えては直しまた打ち間違えて、と作業スピードがぐんと落ちた。
(なんでこんな緊張しているんだ...?...平常心、平常心...)
航はそんなことを考えながら人差し指の動きをくり返していると、ふと背中に視線を感じたような気がした。
(...ひょっとして見てる?...いや、そんなはずは...でも、まさか...)
緊張しまくった航はとても打ち込みどころではなかった。
そして、本当のことを確かめることもできず、パソコンと向かい合わせまま固まっていた。
「西森くん。」
「は、はい!!」
(やっぱり見ていた!?)
航は自分の鼓動が早くなるのを感じた。
「それ、まだかかる?」
そう言われて、航は手元の原稿とディスプレイに目をやった。
ディスプレイにはやっと原稿の1/3程度の文字が並んでいるという状態で、航のスピードではまだだいぶ時間がかかりそうだった。
「はい、まだ...」
「私、登校日に配るアンケート、作っちゃいたいんだけど。」
生徒会室にはパソコンは1台しかなく、それはまさにいま航が格闘している相手であった。
「よ、よかったらお先にどうぞ...」
光希の遠まわしな催促に航はあわてて入力していた文章を保存するとパソコン前のパイプ椅子から立ち上がった。
「そう、ありがとう。」
言葉とは裏腹に"当たり前"という態度で光希はパソコンの前に座った。
そして、航とはくらべものにならないほどのスピードでキーボードを叩き始めた。
待っている間することのなかった航は生徒会室の真ん中に置かれた会議机の前に座ると掛けていた眼鏡をはずして机の上に頭を転がした。
スチール製の机はひんやりしていて気持ちよかった。
(やっぱりそんなわけないよな...)
机に頬と耳をくっつけた状態で航は光希の打ち込みの音に耳を澄ましていた。
光希のタイピングは彼女のピアノと同じようにリズミカルでなにかのメロディを奏でているようにも思われた。

「西森くん、西森くんってば!!」
航は光希に肩を揺すぶられてはっと目を覚ました。どうやら机に伏せたままねむってしまっていたらしい。
「パソコンあいたから。」
「は、はい!! すみません!!」
あわてて顔をあげ眼鏡を掛けた航に光希はくすっと笑った。
「よだれ。」
「え!?」
光希の言葉に航はあわてて自分の口に手をやった。
「う・そ。」
コピー機の前にいた光希はとてもおかしそうにくすくす笑い、航は顔を真っ赤にした。
そして、航は真っ赤な顔のまま黙ってパソコンの前に座った。 光希はまだ笑っていた。

コンコン。
突然、生徒会室のドアがノックされた。
光希が返事をするとドアがゆっくりと開き、1年の宮島要が顔を出した。
「西森先輩、遅くなってすみません。」
「あ、別にいいよ、やることあったし。まぁ、入れよ。」
航はパソコンの前から要に笑顔を向けた。
要は生徒会室に入ると光希にぺこっと頭を下げた。
光希はコピーした大量のアンケート用紙をまとめながらにこっと笑った。
「西森くん、もし時間があったらこのプリント、クラスごとに分けといてくれる?」
「は、はい!!」
光希はプリントの山を会議机の上にどさっと置くと、脇に置いてあった鞄を手にした。
「そういえば、要。」
生徒会室から出ようとしていた光希はドアのそばに立っていた要に声をかけた。
「前田さんは元気?」
「元気ですよ、一応。」
"あの一件"以来、光希は要の顔を見ると必ずこうたずねるのだ。
"またか..."と思った要はちょっといたずら心を出してみた。
「天も元気ですよ。」
「...別にきいてないわ。」
光希は足早に生徒会室を後にした。
(ほんとはききたいくせに...)
要はそう思いながら光希がばたんと閉めたドアをながめていた。

「またいじわるして。」
航は入力途中の文書を保存してパイプ椅子から立ち上がった。
「厳密に言えばいじめられているのはおれだと思うけど。」
「まぁ、そうだけどな。」
航が笑いながら会議机の席に着くと、要もその向かいに座った。
「航ちゃん、まだ言わないの?」
航とふたりきりになった途端、要の口調はがらっと変わった。実はふたりは幼馴染で、航は要の実家の隣に住んでいるのだ。
「言うって何を?」
「わかってるくせに。おたがいにいいかげん"不毛な片想い"から卒業した方がいいんじゃない?」
おもしろそうににやにや笑う要に航はまた顔を赤くした。
「そんなこと言ったって...光希ちゃんはいまだに自分が天を好きだってこと認めてないし...。おまけに、彼女にとって俺はいまだに"小さな航くん"のままなんだよ。」

航が光希と初めて会ったのは5歳の時だった。
航が3歳の時から通っていたピアノ教室に光希が通うようになったのだ。
そのかわいらしさと、初心者ながらも人を惹きつけるピアノに航はひとめぼれしたのだった。
母親同士が親しくなったり、いっしょに連弾したりしたことでふたりは教室以外でも会うことが多くなった。
年のわりにどんくさかった航は年のわりにしっかりしている光希にいろいろ助けてもらった。
(あの頃は光希も航を"航くん"と呼んでいた。)
その光希の航に対する認識は、航が中学では生徒会長を務め、高校では次期生徒会長に推薦されている今でも変わっていなかった。
そして、なぜか航も光希の前ではヘマばかりしてしまい、自己嫌悪の嵐であった。
(こんな状態でどうやってどうやって告白しろっていうんだ?)
航は深々とため息をついた。

「まぁ、航ちゃんは悪いことばかりじゃなかったか。あの引っ込み思案の航ちゃんが児童会に立候補した時はおれでも驚いたもんね。」
要はさらに楽しそうに笑い、航はさらに真っ赤になった。
小学校に入り光希と会う機会が減っていった航は光希が児童会役員に立候補するときき自分もそうしたのだった。
最初は周りも無謀に思ったが、元々こういうことに向いていたか航は見事に児童会役員を務め、それが中学、高校でもくり返されたのだった。

「それにしても、ふたりとも気が長いっていうかしつこいというか...。航ちゃんなんかかれこれ12年越しだっけ?」
「...って俺がお前を呼び出したのはこんなことを話すためじゃなくって!!」
要の攻撃に耐え切れなくなった航は話題を変えた。
「実は...」
「いやだ。」
「ってまだ何にも言ってないだろう!!」
「どうせおれに10月の生徒会選挙に出ろって言うんでしょ?」
「...」
航はぐうの音も出なかった。
実は小学校でも中学でも要は航の推薦で役員をやらされていたのだ。
このパターンで行けば要でなくても航の話の内容が予想できるだろう。
「なんでだよ!? お前ほどの人材がねむっているなんてもったいないじゃないか!?」
「そんなこと言って、航ちゃん、おれがいると楽だからでしょ。」
「うっ...」
一応、理論武装していた航であったがつきあいの長い要には勝てない。
確かに機械の苦手な航は文章の入力を要にまかせたりと便利に使っていたのだ。
(そのせいでいまだにパソコンがうまく扱えないらしい)
「...せっかく三宅会長が推薦してくれるのに...」
「え!? 三宅先輩が!? あの人、そんな安請け合いしちゃって...」
生徒会長の名を出せば承知するかと航は思っていたがそんな一筋縄でいく相手ではなかった(泣)。
「要、お前、小学校の時も中学の時もいやいややってたのか?」
「別にそういう訳じゃないけど。」
「じゃあ、いいじゃないか。」
「ていうか、めんどくさい。この学校、仕事多いし。」
クラス委員としての仕事の量も半端ではなかったのでから、生徒会の仕事の多さがすごいことは要もわかっていた。
航はため息をつくと、切り札を出しにかかった。
「お前がだめなら前田さんに頼むしかないかなぁ...。」
「え!? "前田さん"って前田雪野!? なんで彼女に!?」
「お前には関係ない。 お前はもう断ったんだから、誰に頼もうが俺の勝手だろう?」
「...」
航も伊達に何年も生徒会役員を務めてきた訳ではない。
それなりの"戦法"だって身につけているのだ。
要の最大の弱点は天だが、さすがに天を生徒会役員に推薦はできない。(まず本人に断られるのは目に見えているし。)
しかし、最近、要に新たな弱点ができた。 それが前田雪野である。
雪野ならクラス委員としての実績もあるし、彼女に承諾させる術(すべ)がない訳でもない。
それがわかっている要はくやしそうな顔をしてため息をついた。
「わかった。とりあえず"考えてみる"ってことでよしとしない?」
「いい返事、期待してるよ。」
ふふんと笑う航が要は憎憎しく思えた。

「あ、そうだ!! 要、この後予定あるか?」
「天たちが待ってるけど...何?」
「これ、打ち込んでくれ!!」
航がさっきまで入力していた手書きの原稿を差し出すと、要はがっくりと肩を落とした。
要がパソコン前で作業している後ろで、航はプリントの仕分けをしていた。
「それにしても、ピアノの鍵盤叩くのがあれだけうまい人がどうしてパソコンのキーボードに弱いんだろう?」
「うるさい!! ピアノとパソコンをいっしょにするな!!」
また真っ赤になる航にくすくす笑いながら要は"べけべけと"打ち込んでいった。

「要、遅い!!」
13HRの教室で雪野と向かい合わせで英語の宿題をやっていた天は不機嫌な声を上げた。
「ごめん、ごめん、航ちゃんが悪いから。 で、宿題進んだ?」
「だ・か・ら〜!! なんで夏休み始まってもいないのに宿題やんなきゃいけないんだよ〜!?」
「いいじゃん、どうせ夏休み入ってもやんないんだから。」
要の"痛恨の一撃"に天は黙ってしまい、向かいに座った雪野は困ったように笑った。
「よ、天、久しぶり。」
遅れて13HRに入ってきた航に天の表情がぱっと明るくなった。
「なに、航もいっしょに帰るの!? じゃあ、うち寄ってけよ!! な!? な!?」
人見知りの激しい天もピアノ教室の先輩であり、"尊敬するピアニスト"のひとりである航にはとてもよくなついていた。
「いいよ。」
無邪気に笑う天に航も自然と笑顔になった。
そして、天は鼻歌を歌いながら帰る仕度を始めた。
「西森先輩、こんにちは。」
すでに準備を終えて鞄を抱えた雪野が航に声をかけた。
「こんにちは。」
航は雪野にもにっこりと笑顔を返した。
「あの、前からお聞きしたかったんですけど...。」
「何?」
「西森先輩、中学の時に南中の合唱部の伴奏やってましたよね? 今はもうピアノやってないんですか?」
雪野は西中の合唱部に在籍していたのだが、市の音楽会やコンクールで何度か南中合唱部とも顔を合わせていたのだ。
「うん、受験の時にやめちゃって。」
「もう弾かないんですか?」
「たぶん。」
「え〜もったいないですよ!! わたし、先輩のピアノ好きでした!!」
そう力説する雪野に航は思わず頬を赤くした。
「...ありがとう。」
「今度、先輩のピアノ聴かせてくださいね。」
雪野はそう言うと早くも廊下に出ている天を追いかけた。
「航ちゃん、あんなかわいいこと言う子、陥れるなんてできるの?」
要はいたずらっぽく笑うとそうささやいた。
「うるさい。」
横で楽しそうにくすくすと笑う要に今度は航がいたずらっぽく笑った。
「お前も"不毛な片想い"やめてあの子にしたら?」
「え!?」
めずらしく戸惑った表情の要に航はべーっと舌を出して駆け出した。
「ちょ...航...なんで...!?」
要はあわてて航を追いかけた。
(要のヤツ、天が好きだってこと、いまだに俺にバレてないと思っているところがかわいいよなぁ。)
航は要から逃げながらダッシュで階段を降りていった。
「あれ、航?」
追い越された天と雪野はきょとんとしながら追いかけっこするふたりを眺めていた。


―わがままかもしれないけど 僕がほしいのは君の愛だけ―


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アンケート「TriとBDどっちが好き!?」のTriangle勝利記念作品...のはずなんですが主役がメインの3人じゃないじゃん!!(と自分で突っ込んでおこう^^;)
タイトルは'N Sync(イン・シンク)の曲から。最初の1文はその歌詞から、最後の1文はそれを綾部が日本語にしてみました♪
時間的流れで言うと「Triangle」(長編)のすぐ後にあたります。
それにしても、予定よりも思い切り長くなってしまったのはどうしてだろう...やはり光希マジック?(笑)
[綾部海 2004.3.1]


triangle top


Photo by 白昼夢