水曜日、近所のピアノ教室でいつものようにレッスンをしていると、レッスン室の隣の待合室にお母さんらしき女の人に連れられたふたりの男の子がやってきた。 ひとりは私と同じくらいの身長、もうひとりはだいぶ小さい。 顔がなんとなく似てるから兄弟かと思った。 ピアノの先生は三人にもう少し待っていてくれるように告げると、いつもにように私のレッスンを続けた。 レッスン中にちらっと待合室の方を見たら、男の子ふたりがレッスン室との境の大きなガラスにへばりついていた。 私はなんだか緊張してしまってその後思うように弾けなかった。 レッスンが終わると、私は待合室の三人にぺこっと頭を下げて帰った。 "お母さん"はにっこり笑うとやはりぺこっと頭を下げた。 大きい方の男の子もにっこり笑った。 笑顔がお母さんにそっくりだった。 でも、小さい男の子はなんだか恥ずかしそうに真っ赤な顔をして大きい男の子の後ろに隠れてしまった。 次の日、学校であのふたりに会った。 小さい"あの子"は昨日のように大きい"彼"に隠れていた。 私が「こんにちは」と言うと彼も「こんにちは」と言った。 私は彼の名札を見て驚いた。 てっきり私と同じ年くらいだと思っていたら彼は1年生だった。 そして、あの子も1年生だと知ってさらに驚いた。 私が彼に「兄弟だと思ってた」と言ったら、彼らは従兄弟同士で先月から一緒に暮らし始めたと答えた。 彼は、自分は宮島要で従弟は宮島天(たかし)、だと名乗った。 考えてみたら私たちはまだ自己紹介をしていなかった。 翌週の水曜日からふたりはピアノ教室に通うようになった。 と言っても、ピアノを習うのは天だけで要は付き添いだった。 でも、要もいつもレッスン室の中にいた。 最初のレッスンの日、私のレッスンと入れ替わりにレッスン室に入ることになった天は真っ赤な顔をして強引に要もレッスン室に連れ込んだのだ。 どうやら先生とふたりっきりでは緊張してしまってだめなようだ。 おまけに、その頃、天は要以外の人と話すことはほとんどなかった。 だから、要は"通訳"として天と先生の橋渡しをしたりもしたのだ。 私は毎週そんな三人を見ながら教室を後にした。 要は従弟を「てん」と呼んだ。 いつのまにか私もそれを真似して"天(てん)くん"と呼ぶようになっていた。 そして、自分のレッスンが終わった時に待合室に入る彼に「天くん、さようなら」と必ず言うようになっていた。 最初のうちは真っ赤な顔で従兄の後ろに隠れていた彼が、小さな声で「...さよなら...」と言ってくれた時はとてもうれしかった。 ある日、私は"彼のピアノ"が聴いてみたいと思い、レッスンが終わってもすぐ帰らずに待合室に居残った。 彼の弾くピアノを聴いて私はとても驚いた。 いつもぶっきらぼうというか無愛想な彼の奏でる音はとても表情豊かで生き生きとしていた。 それから、私は月に何回か待合室に居残るようになり、いつのまにかそれは毎週のこととなった。 ※※※※※ 私が6年生になった頃、天は私とだいぶ打ち解けてきていた。 彼は私を"光希"と呼んだ。 学校で偶然会った時に、彼が大きな声で「光希ー!!」と声をかけてきてくれるのが私はとてもうれしかった。 しかし、彼の隣にいる要の視線には気づいていなかった...。 この頃も私は毎週、天のピアノを聴くために居残っていた。 そして、要も相変わらず天といっしょにレッスン室にいたのだが、ある日突然、要が待合室にいると言い出したのだ。 要いわく、「もう先生とふたりで大丈夫だろう」ということだったのだけれど...。 私は要とふたりで待合室にいるのがなぜか気まずく...要が宣言した翌週にはまたまっすぐ帰るようになってしまった。 ※※※※※ そして、私は中学生になった。 毎年行われる教室の発表会で2曲やってみない、と先生に言われた時に、私は「天くんと連弾をしたい」と言った。 最初、先生も天も驚いていたようだが、私の希望は叶えられることになった。 そして、天は連弾の練習のためいつもより少し早めに教室に来るようになった。 相変わらず要も待合室にいた。 発表会も迫ったある日。 私は自分のレッスンを終えて帰る時に、何気に待合室の要に声をかけた。 「今日も付き添いごくろうさま。退屈じゃない?」 「いえ、別に。ピアノ聴くの好きだし。」 そこで、私はずっと思っていたことを口に出してみた。 「だったら要くんもピアノ習えばよかったのに。」 すると、要はふっと笑って...。 「天ができるから」 「え?」 「あいつがピアノ弾けるから。おれは天ができることする必要ないんです。」 要は当たり前のように言った。 私は要の言っていることがよくわからなかった。 でも、なぜかひとつだけわかったことがあった。 要は天が好きなんだ。 そして、同時に私は「勝てないかも...」と思ってしまった。 この人の気持ちには勝てないかも...。 それから私はこう思うようにした。 "私が天のことを考えたり見てしまうのは要の気持ちが伝染したからだ" 私の気持ちは恋なんかじゃない。 要の想いがうつってしまっただけなんだ。 そうでも思わなければ、要の気持ちに、言葉につぶされてしまいそうだったから。 ※※※※※ 発表会が終わった頃から要はピアノ教室に姿を見せなくなった。 そして、天も中3になると受験勉強のためにピアノ教室をやめてしまった。 高校2年の3月、私は先生からふたりが私と同じ高校に合格したことを知らされた。 "彼"はきっとまだあの"想い"を抱えたままなのだろう。 私が"あの子"のことを忘れられないように...。 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 100のお題初のTriangle作品は番外編・光希のお話です。 それにしても、お題の"伝染"、持って行き方ちょっと強引かも...(最初にそのシーンが浮かんだわりに...) メインタイトルは東野純直(あずまのすみただ)さんのデビュー曲から(知ってる?^^;)。 サブタイトルはサティのピアノ曲からです。 (とある着メロサイトでは「おまえが欲しい」ってタイトルになってました(>_<)) [綾部海 2004.1.4] |