D駅前のやや古びた団地のとある一室。 そこが前田久志がこの春、手に入れた"城"だ。(30年ローンで) そして、玄関を入るとすぐにある4.5畳の部屋が"小説家・前田久志"の仕事場であった。 本来は"納戸"として使われるはずのその空間は、床にはベージュのカーペット、壁には背の高い本棚がもたれかかり、真ん中にはこたつがどーんと置かれている。 そして、その上には久志愛用のノートパソコン。 久志が仕事の"相棒"にデスクトップタイプではなくノートパソコンを選んだのはどこにも持って行くことができるからだった。 "執筆活動"は基本的にはこの部屋で行われるが、時にはダイニングテーブルで、または公園のベンチの上で、ということもあった。 「う〜ん...」 肩まである茶色い髪をゴムで結わえ、フリースにジーンズ姿でこたつに入っている久志はタバコを片手にPCのディスプレイを見つめていた。 「ただいま〜。」 久志の後ろにあるドアの向こうから声が聞こえてくると、久志はタバコを灰皿にもみ消すと部屋を出た。 「いらっしゃ〜い!!」 玄関には三人の姿があった。 真っ黒なストレートロングの美少女・久志の娘(義理)の雪野は来客にスリッパをすすめている最中。 そして、まだ靴を履いたままの雪野の友人たち、長身・眼鏡の宮島要は笑顔で久志に会釈し、隣のやや小柄で大きな目の"少年"、宮島天は「よ」っと手をあげた。 「ごめんね、迎えに行けなくて。車の点検あるの忘れてたもんで。」 「いえ、こっちが無理にお願いしたんですから。」 申し訳なさそうな久志に要はにっこりと笑った。 「まあ、入って、入って。」 玄関から直通で久志の仕事場へ4人は移動した。 そこで天の第一声。 「けむい!!」 天は部屋に充満したタバコの煙と匂いに顔をしかめていた。 「だから!! タバコ吸う時はちゃんと窓開けてって言ってるでしょ!!」 雪野はそう言いながら部屋にひとつだけの窓を大きく開け放した。 さて、今回、要と天は"久志の職場見学"(!!)に来たのだが、事の始まりはその前日にさかのぼる。 放課後、帰りの支度をしていた雪野は久志からの"預かりもの"を要に渡し忘れていたことに気がついた。 「要くん、これ、久志くんから。」 要は雪野から1冊の文庫本を受け取るとうれしそうに表紙をながめた。 それは久志の最新刊で、表紙をめくると最初のページには"宮島要様"と宛名入りの久志のサイン。 「わ〜ありがとう♪ 久志さんにもお礼言っとかないと。」 要はそう言いながら携帯を取り出すと、久志宛のメールを打ち始めた。 「なに、これ、"おっさん"が書いたの?」 天は右手で入力中の要が左手に持っていた文庫本をひょいっと抜き取った。 「げ!! 字ばっかじゃん!!」 本のページをパラパラとめくった天は一気に渋い顔になった。 「そりゃあ"小説"なんだから...」 要はちょっとむっとした顔で天から本を取り返した。 「そういえばさぁおっさんってどんなとこでこれ書いてんの?」 「え?」 突然の天の質問に雪野はぽかんとした。 「よく"小説家"ってすっげー部屋で仕事してんじゃん、めちゃくちゃでっかい机があるような。やっぱおっさんもそうなのか?」 「...」 天の言葉に雪野はどう答えようか悩んでしまった。 それにしても、天はどこからそんな"偏った"イメージを持ってきたのだろうか...。(おそらく二時間ドラマあたり) 「あのね〜、うち、中古の3LDKなんだよ。そんな立派な部屋があるわけないでしょ!!」 「そうなのか?」 ため息まじりで答える雪野に天は意外そうな顔になった。 「あの〜...」 いままでふたりのやりとりを横で見ていた要がおずおずと手を挙げた。 「実はおれも久志さんがどんなとこで仕事してるか気になってたんだけど...もしよかったら"見学"させてもらえないかな?」 「え!?」 "あの部屋のどこに「学ぶ」べきものがあるのか!?"、と雪野はびっくり顔になった。 しかし...天も要の意見に賛成し、とりあえず雪野が伺いを立てるということになったのだった。 その夜、雪野がそのことを久志に告げると、久志は大よろこび!! "明日でもかまわない"と久志が言い出したので、雪野は要に電話し、とんとん拍子に予定が決まった。 しかし、翌日も朝から仕事だった久志の妻・知佐子には「なんで明日なの〜!?」と文句を言われたが...。 そして、実際に"久志の仕事場"を目にした天の感想は... 「しょぼっ!!」 「こら、天!!」 しかし、そう言う要も実は天と同じことを思っていたのだった(笑) 「たしかにそうかもね...」 天の言葉に久志は力なく笑った。 元々せまい部屋は"本棚とこたつでいっぱい状態"だし、わずかな空間にもいろんな本や紙がちらばっていた。 「まぁ、立ち話もなんだからどうぞ座って。」 久志は散乱していた本をかき集め、なんとかさらに3人が座れるスペースを作った。 「本、いっぱいあるんですねぇ。」 要は壁という壁に張り巡らされた本の波をきょろきょろと見回した。 「半分は自分のだから倉庫みたいなもんだけどね。」 PCの前に座った久志は先ほどまで入力していた文章を保存すると、パタンとノートパソコンを閉めた。 「あ、そういえば、天ちゃんは俺の本読んだことある?」 「ない。」 きっぱりと答える天に久志の笑顔はかたまり、要と雪野は困った顔になった。 そして、立ち上がった久志は本棚から1冊の文庫本を取り出した。 「じゃあ、よかったらこれ読んでみて。俺の出世作。」 そう言って久志はにかっと笑った。 本のタイトルは『寿探偵事務所シリーズ 探偵もあるけば殺人にあたる』。 「あ、俺、このシリーズ大好きです。」 天が手にした本をのぞきこんだ要はにっこりと笑った。 その言葉に久志も満足気な笑顔。 「ふ〜ん。どんな話?」 文庫本の表紙や背表紙をじろじろ見ながら天が言った。 「えっとね...」 前田久志の人気シリーズ"寿探偵事務所シリーズ"とは... 元・大手興信所の敏腕調査員で寿探偵事務所所長の寿京太郎と新人調査員・九十九次郎、京太郎の従妹で事務所のアルバイトの女子高生・山之内美幸。 とある依頼から三人がさまざまな殺人事件に巻き込まれていくサスペンスストーリーは軽快な読みやすさと巧妙なトリックが大人気!! シリーズ第一作『探偵もあるけば殺人にあたる」で第35回暁文学大賞受賞。 (暁文庫作品案内より) 「...ていう感じ。」 「ていうか、同じヤツがそんなにしょっちゅう殺人事件にあう訳ないじゃん。」 「天、そんな身も蓋もないことを...」 要はおそるおそる久志の顔をうかがった。 てっきり天の言葉に傷ついていると思われた久志は意外にもにやっと笑った。 「天ちゃん、わかってないねぇ。俺の書いているのは"ドキュメンタリー"じゃないんだから。」 久志は一本立てた人差し指を"チチチ"と振った。 「いい? サスペンスやミステリーはおとぎ話と同じ。アリスがうさぎの穴に飛び込んだように、読者がページを開けばそこは現実世界とはちがう"不思議の国"なんだよ!!」 「ふ〜ん。」 天は久志の熱弁に少し心動かされたのか文庫本のページをめくってみた。 「サスペンスのすばらしいところはね、自分の部屋にいながら犯人にねらわれるスリルを味わったり、名探偵になれたり...」 しかし、天の行動に気づかないのか久志の演説は続いていた。 (また始まった...) 雪野はこっそりため息をついた。 久志の"サスペンスはファンタジー"論は一度始まるとなかなか終わらないのだ。 「お茶入れてくるね。」 雪野は立ち上がると、人と本でぎゅうぎゅう詰めの部屋から抜け出した。 ところが。 久志は雪野が仕事場から姿を消すと突然口を閉じた。 「? どうしたんですか?」 一応まじめに久志の話を聞いていた要は首を傾げた。 「実はね、要くんたちにとっておきの裏話をきかせてあげようと思ってたんだけど、雪ちゃん、その話されるのいやがるもんでわざといなくなるようにしてみたんだ。」 久志は内緒話のようにこそこそと話して、ペロッと舌を出して笑った。 「"裏話"?」 要も思わず久志につられて小声になった。 「このシリーズ、最初は"名探偵と美人秘書"のふたりがメインで内容ももっとハードボイルドにしようと思ってたんだ。」 要は「どっかで聞いたことあるような...」と思いつつもあえて口に出さずにあいづちを打った。 「でも、なんだか思うように進まなくってね。その頃まだ結婚前だったんだけど、俺、雪ちゃんちで"家政夫"みたいなことやってたの。で、よく雪ちゃんに完成前の小説の感想もらったりしてたからまた話してみたんだ。」 そして、その"試作品"に対する雪野の感想は... 「つまんない。」 雪野の痛烈なひとことに久志はぐっさりと傷ついた。しかし... 「久志くんはそういうかっこつけたのよりもコメディっぽい話の方がおもしろいよ。」 「俺、その雪ちゃんの言葉でまさに"開眼"してねぇ!!」 こぶしを握って力説する久志に要は思わず笑みがこぼれた。 さらに、コメディタッチならば"美人秘書"ではちょっと合わないかも、といろいろ考えた末、雪野の提案で"主人公の従妹の女子高生"というキャラが誕生したのだった。 「あ、じゃあ"美幸"って名前は...」 要の言葉に久志はにやりと笑った。 「そう。雪ちゃんから取ったんだ。」 得意満面の久志はまさに"自分の子供の手柄(!?)を誇りに思う父親の顔"をしていた。 (なんかいいなぁ...) 普段はあまり見られない久志の父親ぶりに要もおだやかな笑みを浮かべた。 「あ、それからね...」 久志がさらに話を続けようとしたその時。 「お待たせ〜!!」 大きなトレイと電気ポットを手にした雪野が部屋に入ってきた。 あわてて口を手でふさいだ久志を雪野はじろっとにらんだ。 「久志くん、なに話してたの?」 「え、えっと...あの...」 雪野のひとにらみに久志はあまりにも不自然な様子。 「お話の作り方とか教わってたんだ。」 そこで、要がにっこりと助け舟。 「そ、そう!!」 「ふ〜ん...」 雪野はまだ久志をあやしむ顔をしていたが、お客の前ということもあってそれ以上追求しなかった。 「久志くん、テーブルの上片づけて。」 久志があわててノートパソコンをこたつの下に下ろすと、雪野はティーカップやケーキの乗ったお皿を並べ始めた。 「あ、おいしそうだね。」 「いや〜ふたりが来るからがんばってみました♪」 照れくさそうに頭をかく久志に要は一瞬フリーズ。(てっきり雪野が作ったと思っていた要であった(笑)) そんなふたりの横で雪野ははずかしそうに紅茶を淹れていた。 「ほら、天くんもケーキどうぞ。あれ?天くん?」 そういえば、さっきの久志の話の間もずっと天は静かだった。 そう思いながら三人が天に視線を向けると... 天はめちゃくちゃ真剣な顔で久志の本を読んでいた(爆) 「て、天くん?」 雪野が声をかけても天はまったく反応せず。 「"不思議の国へ一名様ごあんな〜い!!"、って感じ?」 要の言葉に雪野と久志も思わず吹き出してしまった。 しかし、天はそんな三人などおかまいなしに"不思議の国"を旅し続けてるのだった。 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 4501HITの「WAFFLE」の江本様からのリクエストは「久志パパが仕事をしている話」でした。(原文そのまま) 綾部もお気に入りのキャラということで力入りまくり!!だったのですが...気がつけば"久志パパ、自分の仕事について熱く語る!!"になってしまいました^^; (ちなみに、綾部には"寿探偵事務所シリーズ"は書けません←トリックとか思いつかないから) タイトルは松岡英明さんの曲から。(強引に「不思議の国のアリス」にからめました^_^;) 江本さん、リクエストほんとにどうもありがとうございましたm(_ _)m [綾部海 2004.5.1] |