story for hisoka
ぼくときみ
前編



―ぼくときみはちがうからきみをすきになるのかな―

ぼくが従弟の宮島天に初めて会ったのは6歳の時だった。
("天"は"タカシ"と読むのだがぼくの両親は彼を"テン"と呼んだ)
天はぼくの母親・遥の弟・陸の子供で、叔父は結婚後すぐ仕事の関係でアメリカで暮らし始めた。
そして向こうで天が生まれたのだが、ぼくがアメリカに行くことも天が日本に来ることもないまま6年の歳月が流れた。

ちょうど2週間前、元々病気がちだった天の母親・"このみ"が亡くなったという知らせがあり、ぼくの母はすぐにアメリカに向かった。
そして、今日、天は母に伴われて初めて日本を、ぼくの家を訪れたのだった。
父・要治とふたりで玄関に出迎えたぼくの目に飛び込んできたのは母に手を引かれて入ってきたうつむいた小さな少年だった。
(泣いてる...?)
ぼくは一瞬そう思ったが、母にぼくと父を紹介されて顔をあげた天の目に涙はなかった。
「よろしく。」
にこやかにあいさつした父に対して天はなんだか恥ずかしそうにまたうつむいた。
「...よろしくお願いします...」
消え入りそうな声だったがしっかりあいさつした天にぼくたち親子は思わず笑みがこぼれた。

「天ちゃん、うちでひきとることになったから。」
母が電話でそう告げたのは渡米直後のことだった。
(もちろん父には事後承諾...)
元々"仕事、仕事"でほとんど家に帰ることのなかった叔父が"天をひとりでどう育てたらいいかわからない"、と泣きついたらしく、母が「そういうことなら...」と天を日本で生活させることした、ということだ。
戸惑いながらもそれに賛成した父に「弟だと思ってちゃんと面倒見てあげるんだぞ。」と言われたが...ぼくってひとりっ子じゃん...。
"弟みたいに"と言われてもどう接すればいいんだ?

「大人だけの話があるから要と天ちゃんはお部屋で遊んでなさい。」
叔父が葬儀や仕事関係の用を済ませてぼくの家にやって来ると、ぼくと天はリビングから2階のぼくの部屋へと追いやられた。
しかし..."遊んでろ"と言われても、天は相変わらずうつむいてろくに口もきかないし...ぼくも初めて会う従弟にどう接したらいいかわからなかった。
ぼくたちは黙ったまま向かい合って座っていた。すると...
 グー
とても大きな音で天のお腹が鳴った。天の顔が真っ赤になった。
そういえば...さっき母さんが出したお茶とお菓子、こいつ全然食べたなかったなぁ...お腹すいてたんなら食べればよかったのに...。
ぼくはちょっと考えてから天に声をかけた。
「タカシくん、ぼく、お腹すいたからおやつもらってくるけどタカシくんもいる?」
天は一瞬びくっとかたまったが無言のままこくっとうなづいた。
「じゃ、ちょっと待ってて。」
ぼくは天をひとり部屋に残して階段を下りていった。

母は「あんまり食べるとお夕飯食べられなくなるわよ」と言いながら(今日は母が帰ってくる上にふたりが来るということでご馳走の準備をしていたのだ、父が(笑))、お盆の上にケーキとクッキーとミルクを用意してくれた。
ぼくはそれをこぼさないように気をつけながら二階に戻った。
「お待たせ。」
ぼくがドアを開けると天はびくっと顔を上げた。 その目には涙が光っていた。
「あ...な、泣いて...泣いてないから...」
天はあわてて目をごしごしとこすった。
ぼくはお盆を学習机の上に置くとまた天の向かいに座った。
「なんで?泣きたいなら泣けばいいじゃん。」
「でも...パパが..."男は泣いちゃだめだ"って...」
しかし、そう言う天の目からは今にも涙がこぼれそうだった。
やっぱりずっと泣きそうだったんだ。
「でも、今、叔父さんここにいないからいいんじゃない、泣いたって?」
「...パパに言わない...?」
「言わない、絶対に。」
ぼくがにこっと笑って答えると、それが合図のように天の目から大粒の涙がこぼれ出した。
そして、突然ぼくにしがみついてくるとぼくの胸に顔をうずめてわんわん泣き出した。
友達の"こういうシーン"にも遭遇したことのなかったぼくはどうしたらいいかわからずかたまってしまった。
「...ママ...ママ...」
思わずこぼれてきた天の言葉にぼくは天の背中に腕をまわし、幼い頃母がしてくれたように抱きしめた。
すると、天はさらにしがみついてきたのでぼくもぎゅっと抱きしめた。
ぼくがなんだか"暖かいもの"を心の中に感じながら、「弟がいるってこんな感じなのかな?」と思ったりした。

天の母親の葬儀が終わると叔父はまたアメリカに戻り、天はぼくたち家族との新生活が始まった。
両親とぼくが一番こまったことは天が学校に行きたがらないことだった。
人見知りの激しい天はまだぼくたち家族にも慣れていないのにさらに見知らぬ人ばかりの集団に放り込まれるなんてとんでもない!!、と思っていたらしい。
転校初日の朝もそんな様子でぼくの部屋の自分の布団から出てこようとしなかった。
ぼくは母親といっしょに天に声をかけていたが、近所の友達が迎えに来てくれたのであきらめて家を出た。
その時...。
「要ちゃん...」
振り向くとまだパジャマ姿の天が泣きべそ顔で玄関から顔を出していた。
「ボクも、学校、行くから...行かないで...」
ぼくはそんな天に思わず笑みがこぼれた。
そして、友達に先に行ってもらうように告げると家に戻った。
その日、ぼくは初めて学校に遅刻した。

天はぼくと同じクラスになり(人数の関係で)、担任の先生の計らいでぼくの隣の席になった。
そして、休み時間は常にぼくの後ろに隠れ授業中もぼくが通訳として天の代わりに発言する、というなんとも変則的な状態ではあったが、なんとか天の新しい学校生活は始まった。

天が転校して最初の日曜日。
母親が「人ごみに慣れる練習をしなきゃ」とぼくと天を街中に連れ出した。
ぼくたち三人は立体駐車場に車をとめて(当然運転は母)、その向かいのショッピングセンターに行こうとしたその時...
天は駐車場の隣の楽器店に駆け寄りショーウィンドーにへばりついてしまった。
ショーウィンドーにはグランドピアノが飾ってあり、天はそれをきらきらした瞳で見つめていた。
「天ちゃん、ピアノ好きなの?」
「ママが、少し、教えてくれたの。」
そう言って天はにっこり笑った。
おそらくぼくたちが初めて見る天の笑顔はとてもかわいらしく、母親は思わず天を抱きしめてしまったほどだった。
そして、その笑顔にいたく感動した母は天に電動式の小型のキーボードを買ってやった。(さすがにグランドピアノは無理だろう...)
家に帰ると、天は"ママ"に習ったらしい童謡などをとても楽しそうに何時間も何時間も弾き続けた。(ただし右手のみ)
両親いわく"昔から何事にも執着しない"ぼくは天がそんなに夢中になれることにある意味驚いていた。
「天、すごいなぁ。」
ちょうどある曲を一度もつっかえずに弾けた天はそのことをほめられたのかと思ってにこっと笑った。
そして、その顔を見た父親(本日休日出勤)も天を抱きしめたのだった(笑)

"新生活"が始まって一ヶ月が経過する頃、突然天が「ピアノを習いたい」と言い出した。
どうやら"右手のみ"の演奏では物足りなくなり自分の母親のように"ちゃんと"ピアノが弾けるようになりたくなったらしい。
天がぼくたちに自らなにかやりたいと言い出したのはこれが初めてだった。
そして、母はその日のうちにアメリカにいる叔父と連絡を取り、とんとん拍子に天のピアノ教室通いとピアノ購入が決まった。
(ちなみにピアノ代が叔父のポケットマネーから。あと、とても我が家にはグランドピアノは置けないのでアップライトで)

その翌週の水曜日。
天が母親とピアノの先生の所にあいさつに行くことになっていたがなぜかぼくも一緒に連れて行かれた。
教室の入口を通ると目の前に壁の上半分が大きなガラス張りになったレッスン室が目に入った。
中ではぼくたちより少し年上っぽい女の子がレッスン中だった。
眼鏡をかけて長い髪を後ろで束ねた上品な感じの女の人がレッスン室から出てくると、「もう少しでレッスンが終わるので待っていて下さい」とぼくたちに長椅子をすすめた。
先生が戻りレッスンが再開すると天はこの前のようにガラスにへばりつき中の様子を見つめた。ぼくも天の隣で同じようにしていた。
レッスン室から出てきた女の子がぼくたちにぺこっと頭を下げて帰ると、先生がレッスン室から出てきた。
「お待たせしました。タカシくんの番よ。」
先生がそう言うと天はぼくの服の袖をぎゅっと握り、そのままぼくもレッスン室へ引きずり込まれた...。
先生と母親が話している間も天はぼくの袖を握ったまんまだったが、先生にピアノの前に座るように言われるとしぶしぶ離した。
そして、天は今にも泣きそうな顔をしながら、ぼくがいつも聞くよりもはるかにたどたどしくつっかえつっかえ『茶色の小瓶』を弾いた。
「いつもはもっと上手いんです!!」
ぼくが思わずそう言うと先生はにこっと笑った。
そして、先生の提案でぼくも毎週ピアノ教室に通うことになった、天の通訳として(笑)

next
love top / triangle top


Photo by natural