Seeds of Love
02.最短距離



「携帯?」
3月のある日。
夕食の席での突然の母の言葉におれは思わず箸が止まった。
「なんで?おれ、別に携帯なんていらないよ。」
「でも、雪澤さんに聞いたらあなたたち、普通の電話はつけないつもりだって言うじゃない。」
母は今日の夕方、スーパーでユキのお母さんに会ったらしい。
「そうなんだ。」
「"そうなんだ"って...浩人(ひろと)、あなた...」
「だって、おれ、アパートのことは全部ユキにまかせてあるから。」
4月から東京でふたり暮らしすることをたがいの親に了承してもらい(もちろんおれとユキの関係はないしょだが)、ユキは早々と部屋探しを始めた。
ネットでいろんな物件を探したり、東京に住んでいるユキの従兄に下見に行ってもらったり、という形なのでおれは出る幕がなく全部ユキにまかせっきりだった。
で、話を戻すと、母は"家電(いえでん)"がないならおれに携帯を持つようにと言い出したのだ。
「だって、ただでさえいろいろ金がかかるのに...」
「でも、やっぱりいざという時連絡取れないと困るし。お金のことならお父さんもいろいろ協力してくれるから大丈夫よ。」
離婚して今は離れて暮らす父のことまで持ち出されてはおれは頷くしかなかった。
母はにっこり笑った。

そして、次の日、卒業式も済んでひまだったおれはユキにつきあってもらって携帯を買いに行くことになった。
いつもCDやゲームを買う店で携帯を扱っていたのでそこに行ってみたが...いろいろありすぎてどれにしたらいいのやら...。
たくさん並ぶ携帯の前で"うんうん"うなっているおれをユキはおもしろそうに見ていた。
「なんだよ!?」
「いや、アキらしいなぁ、と思って...」
そう言うとユキはくすくすと笑った。
どうせおれは優柔不断だよ!!
「アキ、"どこの会社がいい"とかある?」
「"会社"?」
「携帯の会社。」
一応、おれも携帯の会社がいろいろあるのは知っていたがどこがどう違うのかよくわからなかった。
おれは困った顔で首を振った。
「それじゃあ、アキんちおばさん、携帯持ってる?」
「うん。」
「それなら、おばさんのと同じ会社にしたら?ファミリー割引とかあるから。」
おれはユキの言葉に思わずあっけに取られてしまった。
「なに?」
「いや、ユキ、すごいなぁ、と思って...」
おれの言葉にユキは顔をくしゃくしゃにして笑った。
「...アキが知らな過ぎるだけなんじゃないの?」
まだ笑いながらそう言うユキにおれは口をへの字にした。
「ごめんごめん。」
ユキは一応謝りながらおれの肩をたたいたが...笑いながらじゃあ全然説得力ないんだけど...。

おれはユキのアドバイスにしたがって母と同じ会社のものの中からなんとかひとつ選び出した。
そして、契約書に母の署名が必要ということでその日は取り置きしてもらい、翌日、やっとおれの元に"マイ携帯"がやってきた。

「うち寄ってかない?」
携帯を取りに行った帰り道、ユキと家の前で分かれて自分の家に向かおうとしていたおれはその言葉に立ち止まった。
「どうせアキ、携帯の使い方よくわかんないだろ?メールのやり方とか教えてやるよ。」
たしかにユキの言う通りだったが...おれはうなづくのを躊躇した。
実を言えば、"あの日"以来おれはユキの部屋に行っていないのだった。
「別になにもしないって。"約束"しただろ?」
こまった顔のおれにユキはくすっと笑った。
そう言われて断る訳にもいかないおれがこくっとうなずくと、ユキは笑いながら家の中に入って行った。

「あれ?おばさんは?」
いつもはユキのお母さんが「いらっしゃ〜い!!」と笑顔で出迎えてくれるのだが今日は影も形もなし。
「あぁ、今日は親戚んち行ってる。」
階段を上りながらそう答えるユキにおれは一瞬かたまってしまった。
...ひょっとして確信犯?(焦)

「で、このボタン押して...これでアキんち電話番号がメモリーに入ったから。」
携帯を両手でがっちりつかんでいたおれはふーっと息をはいた。
実際、元々機械に弱いおれひとりではこれだけの作業でも一日かかりそうだった。
どうやら携帯は機種ごとに扱い方が違うようでユキもおれの携帯の説明書(ぶ厚い!!)を見ながらだったが、それでもテキパキとおれに説明していた。
さらに"かかってきた電話の番号の登録方法"をユキの携帯からの着信でやってみたが、頭の中でさっきのやり方とごちゃごちゃになってきてパニック状態になりそうだった。
「んで...あとはメールアドレスを変えないとな。」
「え、なんで?」
「今設定してあるのは英数字をランダムに並べてあるのだから覚えにくいし迷惑メールも来やすいから。」
「へぇ〜。」
「できるだけ長くて自分には覚えやすいのがいいんだけど..."yukilovelove(ユキラブラブ)"とかどうだ?」
いたずらっぽく笑うユキにおれは思わずかたまってしまった。
「..."アドレス"って送った相手も見るんだよなぁ...?」
「うん。」
「そ、そんなので母親に送れる訳ないだろうが!!」
真っ赤になって怒鳴るおれにユキは大笑いした。
そして、おれはいろいろ考えた末なんとか新しいメールアドレスを登録することができた。
「で、オレの携帯に"これ"を登録して、と...」
ものすごい速さでユキが自分の携帯のボタンを押していくのをおれはなかば感心しながらながめていた。
「それじゃあ、今からそっちにメール送るから。」
ユキがそう言ってしばらくするとおれの携帯から"ピピピピ"という電子音が流れ出した。
あわてて携帯のボタンを押すと音が止まったのでおれはふーっと息をついた。
そんなおれをユキはくすくす笑いながらみていた。
「なんか文句あるかよ!?」
「...別に(笑)」
そう言っているユキの目は確実に笑っていた。
ユキの指示にしたがってボタンを操作していると"初メール"というタイトルが画面に現れた。
そして、さらにボタンを押すと...

『愛してる yuki』

「...ってなんだこれ〜!?」
「オレの気持ち♪」
思わず叫んでしまったおれにユキはにやにやと笑いながら答えた。
その言葉におれは恥ずかしいやらあきれるやらで言葉もなかった。
...まぁ、うれしくない、って言ったらウソになるけれど...。
「じゃあ、アキ、そのメールの返事送ってみて。」
「え!?」
おれは一瞬頭の中が真っ白になったが、ユキの言うようにしてなんとか"返信画面"を表示した。
「あ、ちゃんと"本文"のところに返事を書くこと!!"空メール"はだめ!!」
おれは"空メールってなんだろう..."と思いながらもなんとか"ことば"を入力して(何度も間違えながら...)メールを送信した。
しばらくするとユキの携帯から音楽が流れ出した。おれが好きなSMAPの曲だった。
「お、きたきた...」
ユキがそう言いながら携帯を操作するのをおれはドキドキしながら見つめていた。
最初、ユキはちょっとびっくりしたような顔で携帯を見ていたが...すぐにすごくうれしそうなくしゃくしゃの笑顔になった。


※ ※ ※


そして、おれが携帯に慣れ始めた頃...
「ユキ〜!!」
おれとユキは東京で新しい生活を送っていた。
「おまえ、また目覚まし止めただろう!?」
「...覚えてない...」
こっちに来てからおれはベッドの枕元に置いた携帯を目覚まし代わりに使っていたのだが、なぜかほぼ毎朝、目覚ましアラームが鳴り出すとすぐにユキが止めてしまうのだ(本人、無意識で)。
「あ〜もうギリギリじゃん!!」
おれはあわててベッドから飛び出し出かける支度を始めたが、ユキはまだベッドの中。
「ユキ!! 遅刻するぞ!!」
「...今日は午後から...」
服に着替えながら怒鳴るおれにユキは身動きもせずにそう答えた。
...まったく大学生はいいよなぁ...こっちは朝から実習なのに...(涙)
なんとか着替えと歯みがき・洗顔をすませたおれはデイバックを持って玄関に向かった(と言ってもすぐ目の前だが...)。
「ユキ!!ちゃんとメシ食ってけよ!!ずっと寝てるなよ!!」
「ん〜...」
靴をはきながらおれはそう言ったが...絶対に聞こえてないな、こいつ...。
おれは勢いよくドアを閉めるとアパートの階段を駆け下りた。

「ま、まにあった...」
アパートから駅まで"歩いて15分"の距離を全力疾走したおれはなんとか"遅刻はまぬがれる電車"にまにあう時間に駅にたどりついた。
あ〜もう、朝飯抜きで走ったからなんか気持ち悪いし、髪はぐしゃぐしゃだし...。
"気分最悪"状態で改札を通過した時にジーンズのポケットの中の携帯がマナーモードで着信を知らせた。ユキからの電話だった。
「はい。」
『電車まにあったか?』
からかうような口調のユキにおれはいたずらっぽく笑うヤツの姿が目に浮かぶようだった。
「まにあったよ!! なんか用か!?」
ほんとはまた怒鳴ってやりたい気分だったがさすがに人ごみの中だったので、おれはぶっきらぼうな口調でそう言った。
『アキ、今日、授業終わるのいつもといっしょか?』
「あ?あぁ、うん。」
『オレ、迎えに行くから今日は夕飯、外で食おう。バイト代入ったから。』
まったく予想外のユキの言葉におれはしばしかたまってしまった。
「...って、昨日、そんなことひとことも言わなかったじゃん。」
『あぁ、忘れてた。』
たぶん"これで機嫌直せ"ってことなんだろうけれど...心の中では"そんなもんでごまかされるか!!"って思ってるんだけれど...おれは自分の顔が自然とにやけていくのがわかった。
『アキ?』
おれが黙ったまんまでいたもんでユキがちょっと心配そうな声になった。
「わ、わかった。遅れんなよ!!」
『りょーかい♪』
電話の向こうでユキがくすくす笑う声がなんだか耳にくすぐったかった。
「あ、電車来るから切るぞ。」
まだ改札のそばにいたおれがあわてて階段を上り始めた。
『あ、アキ。』
「ん?」

『いってらっしゃい。』

ちょっとてれたようなユキの声におれは一瞬足が止まりそうになったが、後ろから来た人ぶつかりそうになりまた駆け出した。
...ってひょっとして"電話かけてきたほんとの理由"ってこっち...?
「あ、うん、"いってきます"。」
思わず笑顔になりながらおれはそう言うと、電話を切ってあわてて電車に飛び込んだ。
電車の中でもおれは思わずゆるみそうになる顔をしゃきっとさせるのに苦労した。
まったくほんの数分前にはあんなに最悪な気分だったのにね(笑)


―はなれていても 電波にのせて きみをすぐ隣に感じられるしあわせ―


というわけで(!?)、実は"アキ"と"ユキ"は名字(の一部)なのでした。
ちなみに、アキは"秋山浩人"でユキは"雪澤学"といいます。
さらにちなみに、"初メール"の返信にアキがなんて入力したかは...
みなさんのご想像におまかせします ̄m ̄ ふふ
そして、次回から"東京編"になります♪
[綾部海 2005.1.10]

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