森澤学園の全校生徒の80%は自宅から通学し、さらにその半数以上が学校周辺に住んでいる。 「あれ、柳瀬?」 お正月気分がいまいち抜けきれない1月のある日。 N駅の改札を通った途端飛び込んできた声に柳瀬優は思わず振り返った。 「あ、上村!! ひさしぶり〜!!」 クラスメートの上村大和の姿に優は笑顔になった。 「あれ、そういえば、おまえんちって隣の駅じゃなかったっけ?こっちになんか用事?」 「うん。二学期に駅前の本屋に本、注文してたんだけれど、"クリフェス"の練習で忙しくて取りに行くの忘れてて...で、昨日、本屋から電話が来たからあわてて来たって訳。」 優は舌を出していたずらっぽく笑った。 「それにしても、僕、寮生って学校が始まるギリギリまで帰って来ないと思ってたよ。」 ちょっと大きなスポーツバックを手にした大和はいかにも"実家から戻ってきたところ"であった。 「あぁ、そういう人もいるけどな...」 大和がそう口にしたちょうどその時、大和のジーンズのポケットの携帯が"ブブブ"と着信を知らせ、優は思わずびくっとしてしまった。 「あ、わり...」 ポケットから携帯を取り出した大和はサブディスプレイの表示を見ると一気に不機嫌な顔になり、携帯を開きメールの内容を見るとさらに渋い顔になった。 「? どうかした?」 「...寮のやつらなんだけど...」 首を傾げる優に大和が携帯の画面をぐいっと差し出した。 そこには... 『宿題まだ?』 "それ"に優はこまった顔で笑うしかなかった。 そして、大和の早めの帰宅(というか"帰寮")は寮の一年生たちに宿題を見せる約束のためなのだと、優も理解した。 「た、大変だねぇ...」 「いや、厳密に言えば大変なのはおれじゃなくて"全然宿題やってないやつら"なんだけどな。」 そう言って大和は深々とため息をついた。 「あ、でも、ということは、上村、もう宿題全部終わってるんだ。すごいな〜!!」 「...ほんとはもっとゆっくりやりたかったんだけどな...」 つまり、"終わらせた"というより"終わらせざるをえなかった"という訳なのだ。 相変わらず渋い顔の大和に優はまたこまったように笑った。 「それにしても、携帯ってほんと便利そうだねぇ!!」 なんとか話題を変えようと思った優はなんとか笑顔でそう言った。 「ん、まあな。待ち合わせの時とか直接連絡取れるし...って、あれ、柳瀬、携帯持ってない?」 「うん。あんまり必要ないかなぁって思って...」 「まぁ、結構金もかかるしな。おれもたまに使い過ぎて親から文句言われたりするし。」 「そうなんだぁ。」 にかっと笑う大和に優も笑顔になった。 それから、ふたりは休みの間のことやテレビのことなど他愛のない話をし、本屋の前で別れた。 そして、優はいつものように本屋の中をぐるっとまわり(途中立ち読みもしながら)レジで注文しておいた本を受け取ると、またN駅へ向かった。 N駅前にやってきた優はいきなり肩をぽんとたたかれた。 また誰か友達かと思って振り向いた優であったがそこにいたのは知らない顔。 「なんですか?」 訝しげな顔の優がそうたずねると、大学生らしいその男はにっこり笑った。 「きみ、かわいいねぇ。お茶でも飲みに行かない?」 (はぁ?) 男の言葉に優はかたまってしまった。 "今時そんなセリフでひっかると思ってるのか〜!?"とかいろんな考えが優の頭の中をかけめぐっていたが、一番頭にきていたのは"自分が女の子に間違えられていること"であった。 「あの、僕、男なんですけれど...」 「またまたそんなこと言っちゃってぇ。」 (やっぱりだめか...) いままでも何度か女の子に間違えられたことがあって、そのたびに"自分は男だ"と言っても信じてもらえなかったのだ。 (そりゃあ、女顔だって言われるし声も高めだけど、れっきとした男だって!!/怒) 優がそんなことを考えながらも口に出せずにいる間に、男は優の腕を取って歩き出そうとしていた。 「ちょ、ちょっと待って...」 優がそう言ったちょうどその時、なにか強い力が優の反対の腕を引っぱった。 びっくりした優が振り返るとそこにいたのは... 「圭!?」 優と同じ合唱部の一年生の藤原圭だった。 やはりびっくり顔の"大学生風の男"があわてて優の腕を離したので、圭は優の肩に手をやり身体ごと自分の方に引き寄せた。 そして、険しい顔で男をじろっとにらんだ。 長身で整った顔立ちの圭のひとにらみに男はあわてて退散した。 男がいなくなると優はほっと息をついた。 「大丈夫か?」 圭は優の顔をのぞきこむと低い声でぼそっとつぶやくように言った。 「あ、うん、ありがとう。助かった。」 "女の子に間違えられてナンパされた現場"を見られてしまい優はひとりあわてふためき、さらに、まだ圭に肩を抱かれたままなのに気づいてあわてて離れた。 「あ、圭、今、こっち来たの?」 「あぁ。」 「あ、さっきね、上村にも会ったんだ。みんなに宿題写させてあげるって。圭はもう宿題終わった?」 「一応。」 「そっかぁ。僕なんかわかんない問題多くてまだ全然終わってないんだぁ。」 優が頭をかきながら笑っていると、突然、圭はコートのポケットをごそごそと漁り始めた。 「なに?」 「...優、なんか書くもの持ってるか?」 そう言われた優はデイバッグのポケットからボールペンを取り出し、圭に渡した。 そして、圭はポケットに入っていたレシートの裏になにか書くと優に差し出した。 「これ、おれの携帯の番号。わかんないとこあったらいつでも電話しろ。」 優はちょっとの間、訳がわからない顔で渡された紙をまじまじと見つめていたが... 「ありがとう。」 顔を上げると圭ににっこりと笑った。 それを見た圭も笑顔になった。 そして、三学期が始まって数日がたったある日。 優は朝からなぜかひとりそわそわとしていた。 そして、放課後...。 「圭ー!!」 掃除が終わると一目散に音楽室にやってきた優はすでに来ていた圭のところへ駆け寄った。 「これっ!!」 多少びっくりした顔の圭の前にやってきた優は小さな白い紙を差し出した。 「僕の携帯番号とメールアドレス!! い、いつでも電話してねっ!!」 "絶対に圭に一番最初に教える"と身構えて(!?)いたせいか優は妙に緊張して、声も多少震えていた。 「あぁ。」 笑顔で紙を受け取る圭にほっとした優は満面の笑みを浮かべた。 |
いまいち優の口調とかがつかみきれていない綾部海です^^; そして、圭、ほとんどしゃべっていませんがほんとはこんなキャラです(笑) (「春に」は綾部的(!?)には"別人状態"です/爆) タイトルは平井堅さんの曲から♪ 綾部の中では優のテーマソングは"これ"なのです(^^) |