BEFORE DAWN
8

また金曜日が来た。
ここ一年近くは一日一日がゆっくりと進んでいたのに、なぜか今週はあっというまだった。
俺はあの日からまゆ先生のことが頭から離れなかった。
なぜだろう?
前に別れたのは1年の最後の授業のときだった。
そのときは別に悲しくもなかったし、それから1年以上会わなくてもなんとも思わなかった。思い出しもしなかった。
それなのに...。
この1週間、俺はこのことばかり考えていたが答えはでなかった。

そして、夜。
俺は夕食の後片づけを終えて(当番だった)自分の部屋に戻った。
「あー、疲れた...」
俺はベッドの上にどさっと寝転がった。が、ふと顔をあげてベッドの横の机の上に目をやった。
そして、そこにあった1枚のメモ用紙を手にとった。
メモ用紙には「Mayu」という文字と携帯の番号が書いてあった。
日曜日、別れ際にまゆ先生が「もしよかったら、またなにかあったら電話して」とくれたのだ。
あの日別れてから俺は毎日この紙を見つめていた。
でも、ただ見つめるだけだった。
第一、俺はまゆ先生に電話してどうするつもりなんだ?
確かに今の状態はある意味"なにかあった"と言えるかもしれないが、自分でもよくわかっていないことをどうやってあの人に説明できるんだ?
でも...まゆ先生と話したら...まゆ先生と会ったら、なにかが変わるかもしれない...。
「...」
俺はずっと見つめていたメモ用紙をぎゅっと握った。

俺は親父に見つからないように家を抜け出すとこの前のコンビニに向かった。
最初はただ"まゆ先生と話したい"と思っていたはずなのに、いつのまにか"まゆ先生に会いたい"になっていた。
でも、家にいたままでは「また今度にしよう」と逃げ出してしまいそうなので、外に出てきたのだが...。
時刻は10時ちょっと前。 ちょうど先週まゆ先生に会ったくらいの時間だ。
俺はまた先生が来てるのではないかとコンビニの中をぐると回ってみたがいないようだった。
しかたがない。 やっぱり自分から連絡を取らないといけないようだ。
俺はコンビニの前に座り込むとポケットから携帯とメモを取り出した。
コンビニの明かりの中、俺はメモに書かれた番号をひとつずつゆっくりと押し、発信ボタンを押した。
コール音が聞こえてきた。
1回...
2回...
なんだかコール音がすごく大きく聞こえて、頭の中にガンガン響いてきた。
3回...
4回...
心なしか鼓動も速くなってきた気がする。
5回...
6回...
出ないなぁ...。
ひょっとしたら今日はまだ仕事中だとか? 
7回...
8回...
まさかまた具合が悪くなったとか...?
俺が(ある意味)"最悪の状況"を考えているうちに9回目が鳴り、そして...。
『もしもし』
まゆ先生の声が聞こえた。
「よかった」と思うと同時に「なに話したらいいんだ!?」という思いから俺はわたわたしてしまった。

『もしもし?』
俺が黙ったままなのでまゆ先生の不審気な声が聞こえてくる。
「あの、まゆ先生...?」
『はい。』
「俺、酒井晃平です。」
『あ、なんだ、酒井くんだったの。』
硬かったまゆ先生の声が一気にやわらかくなった。
『なんかびっくりしちゃった。あ、風邪は大丈夫?』
「はい、もうすっかり。」
『そう、よかった。で、どうしたの、今日は?』
先生の問いかけに俺の鼓動はさらに速くなった。
自分の言いたいことはわかっている。 でも、その言葉がなかなか口に出せない、というより出てこないのだ。
『酒井くん?』
「あの、先生、いま、家ですか?」
『うん、さっき帰ってきたところ。』
「俺、いまから会いに行ってもいいですか?」
自分の言葉が身体中に響いているような気がした。
心臓の音もうるさく鳴っている。
そして、この音のせいでまゆ先生の声が聞こえないんじゃないか、というくらい長い沈黙があった。
やっぱりこんなこと言うべきじゃなかったか? 「突然なにを言い出すんだ」と思われてるだろうなぁ...。
『酒井くん。』
やっとまゆ先生の声が聞こえてきた。
『いま、おうち?』
「いえ、この前先生と会ったコンビニの前です。」
『そう、それじゃあすぐ来られるね。』
俺は、自分が言い出したことながら、まゆ先生の言葉に一瞬耳を疑った。
まさか受けてもらえるとは思っていなかったのだろう、ほんとは。
『部屋覚えてるよね?』
「はい。」
『じゃあ、待ってます。』
「はい。」

俺は電話を切ると大きく息を吐いた。
気がつけば手は汗でびっしょりで、左手は携帯を持ったままかたまってしまったようだった。
俺はもう一度息を吐くと、携帯をたたみ、立ち上がって、携帯をポケットにしまった。

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

気がつけばキーボード打っていた綾部の手のひらも汗びっしょり...(感情移入しすぎ^^;)
さぁ、"ジェットコースター(FUJIYAMA級)のてっぺん"はもうすぐですよ!!(ていうか綾部ががんばれ)
[綾部海 2003.11.27]

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