BEFORE DAWN
My Gift to You

まゆは今年のクリスマスイブが仕事だということに気づいたのは11月の中旬だった。

「なんでクリスマスイブまで仕事なんだ〜?」
俺はリビングのクッションをかかえてふてくされた。
「でもね、こうちゃん、平日だから世間一般の社会人のみなさんはお仕事なんだよ...」
まゆの言葉を無視して俺はぶちぶちと文句を言っていた。
第一、"世間一般のみなさん"は大体昼間に働いてるから夜にデートできるじゃないか。
でも、まゆの仕事は夜なんだ!!
おまけにその日も翌日も仕事があるから、昼間は準備で相手にしてくれないし...。
「ねぇ、こうちゃん、クリスマスイブはチキンとケーキ買ってくるから、仕事から帰ってきたらふたりでお祝いしよ、ね。」
まゆはなんとか俺の機嫌を直そうとしてきた。
「でも、まゆ、夜中に甘いものとか油っぽいもの食べると太るからいやだって言ってたじゃん。」
「う!!...まぁ、その日は特別、ということで...」
"冷や汗たらり"という顔のまゆに俺はくすっと笑った。
「わかった。楽しみにしてるよ。」
機嫌の直った俺にまゆはほっとした様子。
でも、そのとき俺の頭の中にある"計画"が浮かんでいたことをまゆは知らなかった...。

あっというまにクリスマスイブ当日。
「じゃあ、行ってくるね。できるだけ早く帰ってくるから!! あ、ちゃんと勉強してるんだよ!!!」
「はいはい。気をつけて。」
夕方、仕事に出かけるまゆを俺は笑って送り出した。
さてと...。
準備はばっちり。
あとは"計画執行"の時間が来るのを待つばかり...。
よし、時間まで勉強でもしてるかな。(一応受験生)

夜8時過ぎ。
俺はコートのポケットに財布と家のカギとまゆの車のスペアキーとMDプレーヤーと"ある物"を入れるとマンションを出発した。
ヘッドホンでCHEMISTRYのアルバムを聴きながら歩いて10分ほどでD駅に到着。
ここからまゆの職場に一番近いI駅まで電車で15分くらいだ。
俺はI駅までのキップを買うとホームへ向かった。
クリスマスイブのせいかこんな時間でも駅はけっこう混んでいた。

そして8時半ごろ、俺はI駅に到着した。
さぁ、ここからが肝心だ!!
駅から歩いてまゆが教えている塾へ行くのだが...実は道がよくわかっていない(爆)
以前、まゆと車でこのあたりを通ったときに教えてもらって、一応覚えていると思うのだが...。
ここで迷ってまゆに助けを求めたりしたらこの計画が台無しになってしまう。
俺の記憶が合ってればいいのだが...。

途中迷いつつも、俺はなんとかまゆの職場へたどり着くことができた。(周りの道が暗くてこわかった!!)
時間は9時ちょっと前。
まゆの授業は9時終わるはずなのでちょうどいい時間だ。
教室の前には何台か車がとまっていた。 たぶん生徒のお迎えに来たのだろう。
塾はスーパーと隣接していて、そこの駐車場にまゆの車がとめてあった。
俺はスペアキーでドアを開けると車の助手席に乗り込んだ。

9時15分ごろ(推測)、まゆが駐車場へやってきた。
窓が曇っているせいか俺が助手席にいるのも気づかない様子で車に近づいてきた。
そして、いつものようにアンロックボタンを押してドアを開け、運転席に座った。
「お疲れ。」
俺が声をかけると、まゆはとてもびっくりした顔でこちらを向いたが、俺の顔を見るとちょっとほっとした顔をした。
「あ〜びっくりした〜...ってなんでこんなところにいるの!?」
「びっくりさせようと思って♪」
「ど、どうやって入ったの!?」
「これで。」
俺がスペアキーを見せるとまゆは納得顔。
「気に入ってくれた? 俺からのクリスマスプレゼント♪」
いたずらっぽく笑う俺にまゆは一瞬きょとんとしたが、すぐに「あ」と気づいたようで少し照れたように笑った。
「とっても♪」
俺もにっこりと笑うとまゆの頬に手をやったのだが...。
「冷たい!!」
「え?」
「こうちゃんの手、めちゃくちゃ冷たいよ!!」
俺の左手はまゆの両手に強奪されてしまった。
確かにまゆの手の方がめちゃくちゃ温かかった。
「あ、どうして暖房つけなかったの? カギ持ってたのに。」
それは...
「つけ方わからなかったから...。」
そう、俺は車のエンジンのかけ方も知らなかったのだ(爆)
カギを入れるところはなんとなくわかっていたが、下手にいじって車が壊れたら困るのでいじらないで、ひたすら寒さに耐えていたのだ。
「も〜風邪でもひいたらどうするの!?」
まゆは自分が持っていたカギでエンジンをかけると暖房を"最強"にした。

窓の曇りが取れないと危なくて走れないということで、俺たちはしばらく待つことになった。
俺はまゆに怒られてしょぼんとしていた。
ふいにまゆの手が俺の頬に触れた。
「ほら、ほっぺたもこんなに冷たくなってる。」
まゆが厳しい顔をしているので、俺は目をそらしてしまった。
「来てくれたのはうれしかったけど、そのせいで体こわしちゃったらどうしようもないよ。」
まゆの言葉の後半は俺の耳には入っていなかった。
"うれしかった"って!! まゆが"うれしかった"って言ってくれた!!
それだけで有頂天になった俺はまゆのもう片方の腕をぐいっと引っぱった。
「あ...」
引っぱられた俺の上に倒れこんできたまゆの身体を俺はぎゅっと抱きしめた。
「こ、こうちゃん、あの...」
「まゆ、あったかい。」
目を閉じてそうつぶやく俺に抵抗していたまゆも静かになった。

数分後。
「ねぇ、もういい?」
「もうちょっと。」
俺はまゆをさらにぎゅっと抱きしめた。
しかし、俺の腕の中のまゆはなんだか落ち着かない様子。
ひょっとしていやなのか!?
あ、もしかして勝手に来たのを怒ってるのかも...。
いや、でもさっき"うれしかった"って言ってたし。
そんなことはないはずだ、うん。
俺がずっと抱きしめたままだったまゆの額にキスすると、まゆはびくっとした。
やっぱりそうなのか...?(涙)
「...だめ?」
俺が口に出して言うと、まゆは赤くなってこまったような顔をした。
「あのね...だめ、とかいうんじゃないけど...ここだと生徒たちとかほかの先生方に見られちゃうかなぁ...と。」
そういえば、駐車場にはほかにも車がとまっていたが、スーパーはとっくに閉まっているようだった。
ということは...。
俺はあわてて抱きしめていた腕を解いた。
俺もまゆも顔が真っ赤になっていた。

途中のファミレスで夕食を済ませると、俺たちはまた車中の人となった。
「ちょっとドライブしていこうか。」
D駅のそばに来るとまゆはマンションとは違う方向へ車を走らせた。
車は高台の住宅地に入っていき、さらにそこを抜けていった。
真っ暗でよくわからないが確実に俺が知らない道のようだ。
そして、まゆはどう見ても何もなさそうな道の途中で車をとめた。
こんなところに何があるのだろう、と思っているとまゆが車を降りたので俺もそれに続いた。

「ここ、こうちゃんに見せたかったの。」
そこは見晴らしのいい高台で、下には赤や黄色やいろいろな色の街の灯りが宝石箱のように散りばめられていた...。
「すっげーきれい!!」
"すっげー!!すっげー!!"を連発する俺にまゆは満足気だった。
「ここ、お気に入りの場所なんだ。...さっきのお返し。」
はにかみながら言うまゆに、俺は一瞬「"さっき"ってなんだろう?」と思ったがすぐに思い当たりにこっと笑った。
まゆはちょうど見晴らし台のように道路からがけ(下には何もなかった!!)の上に出っ張っているところに座り込んだ。
そして、自分の横をぽんぽんと叩き"おいでおいで"をした。
しかし、俺はまゆの真後ろに座ると後ろからまゆを抱きしめた。 ちょうどまゆが俺の脚の間にすっぽりはまる形になった。
まゆは俺の予想外の行動にドキドキしているらしく耳まで真っ赤になっていた。
「寒くない?」
「だ、大丈夫...こうちゃんこそ、寒くない?」
「まゆがあったかいから大丈夫。」
耳元でささやく俺の声にまゆの鼓動がさらに早くなったのがわかり、なんだか笑ってしまった。

俺はしばらくまゆの肩にあごを乗せて"宝石箱"をながめていた。
まゆも慣れてきたのかいつもの落ち着いた様子で何も言わずに夜景を見ていた。
...なんか物足りない...。
腕の中には最愛の彼女、前方には夜景、と絶好のシチュエーションのはずなのに、なんだか...あ、そうか。
「まゆ。」
「え?」
突然声をかけた俺に驚いたまゆは俺の顔がある方を向いた。
「歌って。」
「え!? 歌うって何を...」
「なんでもいいから歌って。」
まゆは俺といっしょにいるうちの80%は歌っているのだ。(ここに来るまでも車の中で歌いまくっていたし)
何か足りないと思ったらそれだったのか。
「でも、こんなところで...」
「まゆ、前に外で歌うの好きって言ってたじゃん。」
まゆが「うっ...」となるのを俺はにやにやと見ていた。
外で、特に夜、歌うと声が大気に溶けていくような感じがする、と前にまゆが言っていたのだ。
俺はそれがどんな感覚かわからないが、なんだか今なら俺にも理解できそうな気がしてきた。
「じゃあ、クリスマスソングでも...」
「うん。」
まゆが「エヘンエヘン」と準備をしている間に、俺は顔をまゆの髪にうずめた。
「♪Joy to the world, the Lord is come〜」
"もろびとこぞりて""サンタが街にやってくる"などの定番(ただし英語だ!!)やタイトルは知らないけどこの時期よく聞くような曲など、いろいろな歌をまゆは歌っていった。
俺は額がまゆの頭にあたっていたせいか、まゆの声の響きが直接に俺にも響いてきてなんだか不思議な感じがした。
その子守唄のようなあたたかい響きに俺はねむってしまいそうになっていた。

「はい、終わり。」
まゆの言葉に俺ははっと我に返った。 やばい、ほんとに寝てたかも...。
俺がまたまゆの肩に顔を乗せると、まゆは「いかが?」という顔で見た。
「ん〜すっごいよかった!! 俺、天使のラッパが見えちゃったよ!!」
俺の言葉にまゆはおかしそうに笑った。 "天使のラッパ"はちょっと変だったかな...(汗)
「そろそろ帰ろ。」
まゆの言葉に俺たちは立ち上がると車に戻った。

案の定、車の中は冷え切っていて窓の曇りもひどかったので、それが消えるまで暖房全開で待機だ。
まゆはエアコンの通風口に手をかざしながら、カーステレオから流れるCHEMISTRYの曲をいっしょに歌っていた。
そして、俺はコートの左ポケットに手をつっこみ、"あるもの"を握ったり離したりしながらひそかに悩んでいた。
どうしよう...本当は家に帰るまでに渡すつもりだったのに...。
もうあとは家に帰るだけ。"クリスマス気分"から"日常"に戻ってしまうのだ。
だから、今は絶好のチャンスなのだが...きっかけが...(涙)
「どうかしたの?」
「あ、別に...」
ひとり黙り込んでいる俺にまゆは「?」な顔をしていた。
あぁ、絶対、今日渡すって決めたのに...もう日付が変わっちゃうよ...。
俺が頭を抱えそうになっていたそのとき...。
「あ。」
カーステレオから"My Gift to You"が流れてきた。
この曲は俺のお気に入りだった。
歌詞の内容とかすごく好きで、「いつかまゆのために歌いたいなぁ」などと夢見ていたが...(しかし歌に自信なし)。
俺はその曲をぼーっと聞いていたが...。
決めた!! 今渡そう!!

「まゆ。」
俺がまゆの左手を握ると、まゆは「ん?」と首を傾げた。
「ちょっと目つぶってて。 "いい"って言うまで絶対に開けちゃダメ。 いい?」
まゆはくすっと笑うと目を閉じた。
俺はポケットから"例のもの"を取り出すと、まゆの左手の薬指へ...。
「もういいよ。」
まゆは目を開けると、大きく広げた自分の左手をまじまじと見つめた。
そこには銀色の指輪があった。 シンプルな余分な飾りがないスタイルで表面に"believe"と刻んである。
「これ...なんでわかったの!?」
まゆは驚いた顔を俺に向けた。
実はこの指輪はまゆがある雑誌で見てすごく気に入っていたものなのだ。
前々から「クリスマスにはまゆに指輪をプレゼントだ!!」と思いつつもなかなかいいのが見つからなかった俺はそれを見逃さなかった。
その雑誌は掲載商品を通信販売していたので、俺はこっそりとその雑誌を持ち出し、購入していたのだ。
でも、うちに届いたらまゆにバレる可能性大だったので、保に頼み込んであいつのうちに配達してもらったりと、いろいろ苦労したが、今、そのすべてが報われた気がした(ちょっとオーバー?)
「それは...愛の力です。」
ちょっとかっこつけて言った俺にまゆはぷっと吹き出した。
「"愛の力"ってなに〜!?」
とてもおかしそうに笑うまゆの瞳から突然涙が流れた!!
「ま、まゆ!?」
俺はおたおたとしながらまゆの顔をのぞきこんだ。
「あ、ごめんね...すっごいうれしかったもんで...」
まだ涙を流しながらも、ほんとにしあわせそうに笑うまゆに俺もなんだか心があったかくなった。
俺はまゆの瞳に軽くキスをした。
そして、俺たちは目を合わせるとおたがいににこっと笑った。
それから、軽く口づけをした後に、まゆが言った。
「おうちに帰ろう。」

ちょうど俺のお気に入りの曲も終わるところだった。
曲に合わせて俺も小さくつぶやいた。

"愛してる"


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テーマは"ラブラブクリスマス"(笑) やっぱBDはこうでしょう(^ー^* )フフ♪
タイトルは本編にも出てきたCHEMISTRYの曲から。クリスマスソングではないのですが"冬の歌だしふたりにも合うなぁ"と思ったら、この曲に合わせてお話がさくさくと浮かんできました(^^♪
ちなみに、綾部もクリスマスイブ&クリスマスは夜、仕事です(ーー;)
[綾部海 2003.12.21]

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Photo by カナリア