090.イトーヨーカドー
以心伝心

6月最初の日。
リビングの入口そばに掛けられたスヌーピーのカレンダーの"14"に赤い丸がついていた。
俺はしばし首を傾げたが、それが何の日か思い出せなかった。
「まゆ、この赤丸、何?」
「あ...ちょっとね...」
まゆはふふっと笑うとリビングから姿を消した。
俺はまた首を傾げた。

そして、あっというまに14日。
俺はまだ"謎"が解けずにいた。
まゆは何度聞いてもはぐらかすし...うーむ...。

「晃平、どこ行くんだよ?」
保の声に俺ははっと我に帰った。
そうだ、俺は放課後、保とイトーヨーカドーに来ているんだった。
そして、3階のCDコーナーに向かっていたはずなのに、俺は考えながら歩いていたせいかその前をとっくに通り過ぎていた。
CDコーナーの入口に立っている保の所に駆け寄ったその時。

「すっごい本物みたい!!」
「食べちゃいたい!!」

CDコーナーの隣の雑貨コーナーから聞こえてきた声に俺と保は思わず目をやった。
うちの学校の制服の女子がふたり、キャーキャー騒いでいた。
「あれ、うちのクラスの川本と関じゃん。」
保はそう言うとふたりの方に歩き出したので俺もあわてて着いていった。

「あれ〜!! 古屋、なんでこんなところにいるの!? 剣道部は!?」
「昨日、試合だったから今日は休み。」
(ちなみに、保は剣道部の部長だ)
保と川本は楽しそうに話していたが、まだ"社会復帰"したばかりの俺はなんとなくそこに混ざれずにいた。
ふと、川本の隣にいた関と目があったので軽く頭を下げたら、なぜかびっくりしたような顔で返された。
...俺ってまだそんなに愛想ないかなぁ...。
「で、何、騒いでたの?」
「あ、そうそう!! これ見て、見て!!」
保の言葉に川本は手にしていた小さなくまのぬいぐるみを見せた。
それは確かにくまなんだけれど...頭には赤いイチゴが乗っていて、白いふわふわの"服"、さらに銀色のカップみたいなのの上に座っていて...これはまるで...。
「なんだけケーキみたいだな、これ。」
どうやら保も俺と同じことを考えていたらしい。
「そうそう!! おまけにね...」
川本がその"ケーキくま"を保の鼻先に持ってきた。
すると、保が「あ!!」という顔になったので、俺も鼻を近づけてみると...。
「これ、ケーキのにおい!!」
「そうなの♪」
川本は満足気に笑った。
それで"食べちゃいたい"とか言ってたのか(笑)
「あとねぇ、イチゴショート以外にねぇ...」
川本と関がほかの"ケーキくま"を見せている横で俺はふとここしばらくケーキにお目にかかっていないことを思い出した。
毎年、誕生日には食べていたけれど今年は...ん?
「あ!!」
「どうした、晃平?」
保がびっくりした顔で俺の方を見た。
「今日...まゆの誕生日...」

あれはまゆとふたりで初めてスーパーに行った時のこと。
レジでその店のポイントカードが見つからなかったまゆは財布の中のありとあらゆるカード(チェック済)を俺に渡していった。
その中に車の免許証があり、そこにまゆの誕生日が書いてあったのだ。
すっかり忘れてた...。

「え!? じゃあ、おまえ、とっとと帰った方が...」
「今日、仕事だからもういない...」
俺と保はふたりでがっくり肩を落とした。
あぁ、恋人の誕生日すっかり忘れているなんて俺って...。
そこで俺はふとあることを思いついた。
そして、川本と関に目をやった。

「あのさ、女の子って誰でもこういうのもらったらうれしいかな?」
俺は"ケーキくま"を指差しながらふたりにたずねた。
「まぁ、好みもあるかもしれないけれど...普通はうれしいよね?」
「うん。」
川本と関は顔を見合わせてうなづいた。
そうか、よし!!
「あ、ひょっとして、酒井、彼女にでもプレゼントするの?」
川本の言葉に俺は思わず顔が赤くなった。
その様子に女子ふたりはびっくりした顔になり、保はにやにやと笑った。

そして、3人にひやかされながら俺はケーキくまを"プレゼント用"にラッピングしてもらった。
それから、女子たちと別れて、俺と保はイトーヨーカドーのそばのT駅に向かった。
「今夜楽しみだなぁ♪」
にっこり笑う保に俺は何も言えず、顔を赤くした。

そして、夜。
「ただいま〜。」
まゆの声に俺はあわてて玄関に向かった。
「お、おかえり!!」
「あれ、どうしたの?出迎えてくれるなんてめずらしいねぇ。」
まゆはちょっと驚いた様子だったがにっこりと笑った。
「あのね、今日...」
「ちょっとこっち来て。」
まゆが何か話しかけていたが、俺はそれをさえぎり、まゆの腕をつかむとずんずんとリビングに向かった。

「ここ座って。」
リビングのガラステーブルの前にまゆを座らせて、俺もその横に座った。
そして、テーブルの上に置いてあった紙袋をまゆに差し出した。
「なに?」
「これ、あの、誕生日プレゼント...」
しどろもどろの俺の言葉にまゆはびっくりした顔になった。
「え〜!! なんで知ってるの!?」
「前に免許証見たから...」
それを聞いたまゆは納得顔。
「あ、これ、開けてもいい?」
「うん。」
うれしそうにハミングしながらまゆが包装を解いていくと、イチゴショートくまが姿を現した。
「わ〜かわいい〜!!!」
まゆは両手の上にくまを乗っけるととてもうれしそうに笑った。
「あ、このくまさん、おいしそうなにおいがする〜!! 食べちゃいたい〜!!」
川本たちと同じこと言ってるな、まゆも(笑)
「こうちゃん、ありがとう!!」
にっこり笑うまゆに俺も自然と笑顔になった。

「それにしても、こうちゃん、エスパーかと思っちゃったよ。」
「え!?」
思いもかけないまゆの言葉に今度は俺がびっくりした。
「だって、私、何も言わなかったでしょ。」
「うん。でも、なんで?」
「気つかわせたくないなぁ、とか思って...。でも、やっぱりプレゼントうれしいね!! 思ってもみなかったから特に♪」
まゆの言葉に俺は最初ドキッとしたが続きを聞いてほっとした。
やっぱり思い出してよかった。
あ、でも、ギリギリでも今日思い出せたのはひょっとしてまゆがこっそりとテレパシー送っていたのかも(笑)

「あ、そういえば、こうちゃんの誕生日っていつ?」
「4月30日。」
「え!? もう過ぎちゃったじゃん!!」
そんなこと言っても、俺、まゆと再会した時にはもう18歳だったんだし...。
「じゃあ、今からでもなにかプレゼントしなきゃ!!」
「え、いいよ、別に。」
「だって、私だけもらいっぱなしじゃよくないよ!!」
まったくまゆはおかしなところにやけにこだわるんだから。
そして、どうやらまゆは頭の中で俺へのプレゼントを考え始めたらしい。
俺はくすっと笑った。
「それじゃあこれでいいよ。」
まゆが「ん?」と顔を上げると、俺はまゆの頬に手をやった。
そして、まゆのくちびるに軽く口づけた。
「...これじゃあ、私の方がもらったみたいじゃない?」
まゆはちょっと不満げに俺を見た。
「いいじゃん。プレゼントは"自分が欲しいもの"が基本でしょう。」
「それじゃあ、こうちゃん、くま、欲しかったの!?」
びっくりした顔のまゆに思わず俺は苦笑い...。
そうじゃなくって...って俺の言い方がまずかったのか...?(汗)

それから、俺たちはまゆが買っておいてくれたケーキを食べた(美味!!)。
そして、俺が買ってきた"ケーキ"はリビングのテレビの上が指定席となったのだった。

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時間の流れとしては「BEFORE DAWN」「Smoke Gets in Your Eyes」(100のお題004.マルボロ)の中間にあたります。
タイトルは松岡英明さんの曲から。("以心伝心=テレパシー"で♪)
というわけで、Happy Birthday、まゆ!!(^^)
[綾部海 2004.6.14]

100 top / before dawn top