089.マニキュア
空がきれい
前編

とある冬の土曜日、俺は模試のために学校に行かなければならなかった。
で、ちょうどその日、学校の近く(といっても車で行ける範囲で)に大型ショッピングセンターがオープンするらしいのだが、まゆが先着でもらえる粗品目当てに「開店前から並ぶ!!」と言い出した。
そこで、ついでに俺も車で学校まで送ってもらい、模試が終わったら合流することになった。
が...。

「37.8℃。」
まゆがブザーの鳴った体温計を取り出すと、俺はまゆが液晶を見る前に横から奪い取り、そこに出た数値を読み上げた。
(まゆは自分が具合が悪いとわかっているときほど体温計を俺に見せず「大丈夫だったよ。」とごまかそうとするのだ。)
「はい、決定!! まゆは今日は一日寝てなさい!!」
「え〜!? オープンセールは〜!?」
パジャマにカーディガン姿でベッドに腰掛けていたまゆはぶーぶー文句を言った。
「あのな〜...こんな熱があるくせにまだ行列に並ぶつもりか!?」
俺の怒鳴り声にびくびくしながらもまゆはまだ「だってぇ...」とぶつぶつ言っている。
俺はため息をつくとまゆの前にしゃがみこんだ。 まゆの目線の方がちょっと高くなる。
「いい? ちっぽけな粗品のために風邪悪化させて仕事の時まで引きずったらバカみたいだろ?」
「うん...」
まゆは上目遣いの俺ににこっと笑ったが、風邪のせいかなんだか力ない。
「じゃあ、ちゃんと寝てるんだぞ。 俺もできるだけ早く帰るから。」
俺はまゆの唇に軽くキスすると寝室を後にした。

まったくこれじゃあどっちが年上なんだか...。
でも、まゆがあれだけわがまま言うのは俺に対してだけだってわかっていた。
それだけ、俺に甘えてくれているっていうことなんだろうなぁ。
そう思うと自然に顔がにやついてしまった。
「晃平。」
気がつけば、目の前には英語の参考書を片手に渋い顔をしている保がいた。
「あ、何?」
「気持ち悪い...」
保は俺の顔を見ながらさらに渋い顔をした。
俺はあわてて顔をきりっとさせようとした。
「何考えていたのかはきかなくてもわかるが、頼むから今くらい試験に集中してくれよ。」
保はそう言うと深々とため息をついた。
確かに試験前の教室でひとりにたにたしている俺ってめちゃくちゃあやしいかも...。
俺は今さらだが参考書に意識を集中させようとした。

そして、なんとか五教科の試験を終えた俺はまっすぐに駅に向かった。(試験の結果は考えたくもないが...)
途中、歩きながらまゆに「今から帰る」とメールしたらすぐに返信が来た。

 『何時の電車に乗るの? 迎えに行くよ。 Mayu』

"迎えに来る"って熱も高いのに何言ってるんだ、あの人は?

 『風邪がひどくなるからいいよ。 家で待ってて。 晃平』

俺がそう返信するとまたすぐに返事が。

 『大丈夫!! 絶対に行く!! Mayu』

ここで無理に断ると明日まですねる可能性大...。
仕方がないので、俺はM駅に着いた時に電車の時刻をメールした。

M駅からD駅まで電車で約10分。
俺が電車から降りると、まゆは改札のそばで手を振っていた。
「おかえり〜」
「ただいま」
こういう風にまゆに迎えに来てもらったのは初めてだけど...なんかいいかも...。
俺がこっそりとよろこびをかみしめていると...。

「まゆ!?」

横から知らない声が飛んできた。
声の方に目をやると...中学生? 高校生? 俺よりもけっこう小柄な少年が目をまるくして立っていた。
見覚えがあるようなないような...。
「天ちゃん!?」
まゆはびっくりした顔で少年に駆け寄った。
「ひさしぶり〜!! なんで天ちゃんこんなところにいるの!?」
「まゆ、お前、"ちゃん"はよせって言っただろう!!」
こいつ...なんでまゆのこと呼び捨てなんだよ...(しかも二回も!!)
俺が頭に"怒りマーク"を浮かべながらふたりの様子を見ていると...。
「天、勝手にうろちょろするなって...あれ?」
今度は眼鏡をかけた長身の男が現れた。たぶん俺より高いな、こいつ。
「あ、やっぱり要くんもいたんだ〜!!」
「まゆ先生!?」
"要に天"って...うちの学校の1年にそんな名前の有名人コンビいなかったっけ...?

「こうちゃん、こうちゃん」
俺がちょっと離れたところから三人をながめているとまゆが俺に手招きした。
「こちら、私が去年家庭教師していた子たちで宮島要くんと宮島タカシくん。 こうちゃんの後輩なんだよ。」
やっぱり...道理で見たことがあると思った。
「要くん、天ちゃん、こちらは北高三年の酒井晃平くん。」
(ていうか、俺が北高生なのは学校指定のコートでわかるんだけどね。)
「どうも。」
俺がぼそっと言うと、眼鏡の要はにこっと笑った。
「こちらこそ。どうぞよろしくお願いします。」
一方、小柄で猫目の天は俺をじーっと見ていた。
「この人、まゆの彼氏か?」
それを聞いたまゆはぼっと顔を赤くした。
「もぉ、天ちゃんたら〜!!」
そう言いながらまゆは天の背中をべしっ!!と叩いた。 絶対痛いぞあれは...。
「何すんだよ、まゆ!!」
子供のようにぎゃーぎゃー騒ぐふたりを俺と要は苦笑いしながら黙って見ていた。

「お待たせ...って何してるの?」
要の後ろからまたもや見覚えのあるロングヘアーの女の子がひょっこり顔を出した。
「高瀬!?」
「あれ、酒井先輩!?」
中学の後輩の高瀬雪野だった。あ、そうだ今は...。
「悪い。今は"前田"だっけ?」
「いいですよ、別に。」
雪野はにっこり笑った。
「あれ? お前引っ越したんじゃなかったっけ?」
中学の時は俺の実家の近所に住んでいたのだが。
「引っ越しましたよ、そこに。」
そう言って雪野は駅のすぐそばのマンションを指差した。
「何、雪野、知り合い?」
さっきまでまゆとじゃれあってた天が割り込んできた。
「中学で一緒だったの。ね、先輩。」
そして、雪野はまゆに気づくとまたにっこり笑った。
「あ、こちら、橘真優子さん。元・うちの高校の先生で...」
「元・おれと天の家庭教師。」
俺の言葉に要が続けた。
「はじめまして、前田雪野です。」
「橘です、よろしく。」
まゆと雪野はにっこり笑いあった。

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"マニキュア出てこないじゃん!!"と思ったみなさま申し訳ありませんm(_ _)m 後編をお待ち下さい^^;
前編は題して"夢の競演編"ということで。
あ、タイトルはRAG FAIRの曲からです(つけたし?^^;)
[綾部海 2004.2.24]

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