042.メモリーカード
手をとりあって

「ねぇ、私もこうちゃんの卒業式行ってもいいかなぁ?」
「はぁ!?」

2月のある日。
予備校から帰ってきた俺は開口一番のまゆの言葉に目を丸くした。
「...ちょ、ちょっと待て...たしかにまゆは"元・うちの学校の先生"だけど、今は違うんだから、卒業式に来るのはまずいんじゃないかな...」
俺がしどろもどろに自分でもよくわからないようなことを言っていると、まゆはにっこり笑った。
「でもね♪」
そう言ってまゆは持っていた封筒を俺の目の前に出した。
封筒の表にはうちの住所と"橘真優子様"の文字。そして、その下には...なんでうちの学校の名前が印刷されてるんだ...?
まさに"目が点"状態の俺にまゆはふふっと笑った。
なんでも、もうやめてしまった講師でも自分の教えた生徒たちが卒業する時には卒業式に招待されるらしいのだ。
「で、でも、まゆ、去年の卒業生にだって教えていたのに、卒業式、来なかっただろっ!?」
「え、それはそうだけれど...でも、今年の子たちはほぼ全クラス教えていたし。」
満面の笑みを浮かべるまゆに俺はもう何も言い返すことができなかった。
でも...みんな、俺とまゆがつきあってること知ってるんだぞ(←ちょっと自意識過剰?)。
そんな中、まゆが卒業式に来たりしたら、俺もまゆも何を言われるか...考えるだけでぞっとする...。
俺は意を決してまゆに視線を向けた。
「とにかく!! 卒業式には絶対に来ちゃダメ!! いいなっ!!」
「え〜...」
まゆは不満そうな顔をしたが俺は聞く耳を持たなかった。



そして、3月1日、卒業式当日。
あっというまに卒業式も最後のLHRも終わり...

いまや、昇降口と正門をつなぐ桜並木には卒業生、在校生があふれかえり"別れのあいさつ大会"(!?)の真っ最中であった。
そんな中、俺と友人の古屋保は昇降口の壁に寄りかかりその人の群れをながめていた。
「なぁ、"これ"っていつになったら終わるんだ?」
「さぁ...」
俺と保は人波に目をやったまま"ふぅ"とため息をついた。
「おまえら、何やってんの?」
と、そこに現れたのは両手いっぱいに花束を抱えたクラスメートの三宅慎一だった。
「"何"って別に...それにしても、三宅、すげぇな、その花束。」
「いやぁ、人気者はつらいねぇ♪」
「やっぱ"元・生徒会長"ともなると中身がろくでもないヤツでも人が集まるんだなぁ。」
「...って、古屋、おいおい!!」
"納得いかない"という顔の三宅にツッコミを入れられている保の手にも三宅ほどではないがたくさんの花束。
「やっぱ、部活とか委員会とかやってたヤツはいいよなぁ。俺なんか"帰宅部"だったし...」
「そう言う晃平だってバレンタインにチョコくれた子から花もらったじゃん。」
保はそう言いながら俺が持っていた小さな花束に目をやった。
「え!? なに、"バレンタイン"って!?」
「いや、それがなぁ...」
「保!! よけいなこと言うなよ!!」
しかし、保は俺を無視して"興味津々"な三宅に話を始めていた。
「まったく...」
俺がため息をつきながら昇降口の壁にこつんと頭をつけると...
「こーへー!!」
耳に飛び込んできた自分の名前にあたりを見回すと、昇降口の隣にある旧体育館脇から走ってくる隣のクラスの寺西敦美の姿が目に入った。
敦美といっしょにちょっと小柄な制服姿の女の子がこちらに向かっていたが...見覚えのあるようなないような...。
そして、敦美が息を切らしながら俺の目の前にやって来た。
もうひとりの"彼女"はちょっと離れたところで顔をふせてぜーぜー言っていた。
「おまえ、人のこと待たせといて、あんなところで何やってたんだよ?」
実は俺(&保)は今日の朝、敦美から"LHRが終わったら昇降口前で待っていること"と言われていたのだ。
「フフフ♪ それはねぇ...」
敦美はいたずらっぽく笑うと"例の彼女"の腕を取り、俺の目の前に立たせた。
「ジャーン!!」
満面の笑顔の敦美と対照的にこわばった真っ赤な顔をした"彼女"は肩の線よりもちょっと長いふわふわの髪の毛で、って...。
「...まゆ...?」
そう。
俺の目の前にいるのは北高の制服に身を包んだまゆだったのだ!!
俺は思わず言葉を失い、一方、まゆは真っ赤な顔でかたまったままだった。
「どう、いいでしょ? "まゆ先生・高校生バージョン"♪」
そんな俺らの横で敦美はひとり満足気な顔でうなづいていた。
「あれ?おまえら、何やって...」
かたまったままの俺たちに気づいた保と三宅がこちらに目をやり、制服姿のまゆに気づくと俺同様言葉を失った。
「...ま、まゆ先生?」
「うそっ...かわいい...」
保と三宅がそれぞれの感想(!?)を述べていると、さらに敦美とよくつるんでいる"元・女子バレー部の面々"がやってきた。
「どう、酒井?」
「惚れ直しちゃった?」
...っておまえらも共犯か〜!!
「さて、"感動のご対面"(!?)もすんだから...」
敦美はそう言うと俺とまゆを昇降口の壁の前に並ばせた。
「はい、記念撮影〜!!」
ポケットからデジカメを取り出した敦美はパシャパシャと俺たちを撮り出した。
「あ、敦美!! それ...」
ふと"あること"を思いついた俺はふいにそれが口をついて出てしまい、あわてて口を押さえた。
しかし、敦美はそんな俺の考えをお見通しのようだった。
「大丈夫、ほかの子たちが撮ったのもまとめてメモリーカードごとこーへいに進呈するから♪」
いたずらっぽく笑う敦美に俺は自分の顔が赤くなるのを感じた。
...ってそんなにみんなにも撮られているのかっ!?
俺とまゆが芸能人のようにフラッシュの洪水をあびているとまわりにいた奴らも「なんだなんだ?」と集まってきた。
と、そこへ...。
「こら、おまえらいつまで騒いでるんだ〜?いいかげんに...!!」
まるめたプリントで生徒たちの頭をぽこぽこたたきながらこっちにやってきた杉本先生は制服姿のまゆに目を留めるとあっけにとられた顔でかたまってしまった。
「...た、橘...?」
そして、杉本先生につられてまわりのみんなもかたまった一瞬、俺はまゆの腕を取ると正門に向かって駆け出した。

勢いあまって学校の前の坂道を一気に駆け下りてしまった俺たちは赤信号の横断歩道の前でぜーぜーと肩を上下させていた。
「あ!! まゆ、荷物は!?」
「大丈夫、この中。」
そう言いながらまゆはずっと手に持っていた白い紙袋を見せた。
俺は...気がつけば手にしていたはずの花束がいつのまにかなくなっていた。
でも、"あの子"には悪いけれど、まゆに下手な追求されないですんだからよかったかも...。

そして、俺たちはいつもまゆが車を停めている本屋の駐車場(ひとつ向こうの通り)に行くため、横断歩道を渡り始めた。
「それにしても、まゆ、なんで敦美の"悪ふざけ"につきあってるんだよ。ちゃんと断んなきゃだめだろ。」
「ごめんね。でも、私が通っていた頃とデザインが違うから着てみたいなぁ、って思ってたし...それに...」
「ん?」
ふいにまゆが言葉を切ったので俺はまゆの顔をのぞきこんだ。

「一度でいいから制服姿でこうちゃんと手をつないで歩いてみたかったの。」

その言葉に俺は目が点になってしまったが...
いままで口にしたことはなかったが、実は俺もまゆと同じようなことを考えていたのだ。
今のままでも十分しあわせだったが、校内で仲良さそうにしているカップルを見ると「もしまゆも高校生だったらああいうふうにできたのに...」と思ったりしていた。
まぁ、考えてみたら、ちょっと変な形ではあるがその"夢"が実現できた、ってことなのかな?
そのことに気づいた俺は一気に顔が赤くなるのを感じた。
「まぁ、今日が最後のチャンスだったしね...」
俺はうれしさと照れくささからまゆの顔を見ることができず、正面を向いたままそう言った。
「そう、"最後のチャンス"♪」
そう言って"ふふっ"と笑うまゆを俺はちらっと横目で見たが...やばい...可愛すぎる...(爆)

あぁ、今、俺の目に映っているまゆの姿を全部メモリーカードに記録できたらいいのに...。

俺はひそかにそんなことを考えながら三年間慣れ親しんだ坂道をまゆとふたりで歩いていった。
つないでいたまゆの手をさらにぎゅっと握りしめながら。


手をとりあってこのまま行こう 愛する人よ
静かな宵に 光をともし 愛しき教えを抱き


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

というわけで、"綾部からの晃平への卒業祝い"いかがだったでしょうか?(爆)
ちなみに、まゆが着ていた制服は去年卒業した敦美の友達のお姉さんが提供してくれました(笑)
そして、タイトルはQUEENの曲から♪(サビのところが日本語でこれがまたいいのですっ!!←最後の2行です)
とりあえず、晃平の卒業式も書けたし次はBDの最終回を!!(と、言いつつもその前に書いておきたいお話がたくさん...^^;)
[綾部海 2005.3.15]

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Photo by So-ra