025.のどあめ
薄荷キャンディ


―君だけがぼくが選ぶひと―

「もうなにこれ〜!! 信じらんない!!」
寝室のドアを開けるとリビングからまゆの叫び声(はオーバーか?)が聞こえてきた。
寝起きのぼさぼさ頭のまま俺がリビングのガラス扉を開くと、まゆがダイニングテーブルでテストの採点をしているようだった。
「あ、ごめん!! 起こしちゃった?」
まゆは赤ペンを手にしたまま俺の方に顔を向けた。
「ん〜、別に勝手に目が覚めた。帰って来たなら起こしてくれればよかったのに。」
「でも、こうちゃん、こんな時間に寝てるってことは調子が悪いんだろうなぁ、と思って。今朝もつらそうだったし。」
確かに、俺はここ数日風邪気味だったのだが今日は特にひどくて、学校から帰るとすぐにベッドに飛び込んだのだった。
ほんとはまゆが帰って来たら起きるつもりだったのだが、それにも気づかないほど熟睡していたらしい。
「で、何が"信じらんない"の?」
俺はそう言いながらダイニングテーブルの椅子に座った。
「今日、中3生のまとめのテストやったんだけどね、受験直前のこの時期にこんな点数取ってるのがね...も〜!!」
う〜む、同じく"受験生"である俺には耳の痛い言葉かも...。
苦笑いする俺の横でまゆはカリカリしながらテストの採点を続けた。
ゴホゴホン!!
思わずセキがこぼれた俺はあわてて口を押さえた。
「大丈夫? やっぱ寝てた方がいいんじゃない?」
「ん〜、でも、数学、今日のノルマやってないし...」
そう言いながら俺はテーブルの上の小さな缶のふたを開けたが...。
「ない。」
いつもこの中にはまゆがあめを入れておいてくれるのだが...今はかけらひとつも見当たらない...。
「まゆ、あめ、ないんだけど...」
「あ、ごめん!! さっき最後の1個もらっちゃった!!」
そう言うとまゆは"あーん"と口を開けた。舌の上に白いあめがちょこんと乗っていた。
「ほんとごめん...今、買って来ようか?」
「いい...明日、コンビニで買うから...」
そう言いながら俺はまた咳き込んでいた。
やばい...ノド、めちゃくちゃ痛いかも...。
そんな俺をまゆは心配そうな顔で見ていた。
「こうちゃん。」
「ん?」
「ちょっと口開けて。」
俺は訳もわからず軽く口を開けてみた。
そして、まゆの顔が近づいてきて...。
!!
突然、俺の口の中に薄荷の香り(というか味)が広がった!!
俺は今、自分の身に起きたことがよく理解できず固まってしまった。
しかし、まゆはそんな俺におかまいなしで、俺の額に自分のおでこをコツンと当てた。
「あれ? こうちゃん、熱あるんじゃない?」
...って原因はお前だ〜!!
「ちょっと待ってね。体温計、体温計...」
まゆはそう言いながらリビングから出て行った。

......な、なんだったんだ、さっきのは!!!
まゆってああいうことする"キャラ"(!?)だったのか!?
それにしても...く、"口移し"なんて、初めてかも...。

俺がひとりで真っ赤な顔をしていると(頭、沸騰しそう...)、まゆが戻ってきた。
「デスクにまだミントキャンディ残ってたよ。もしよかったらこれなめてね。」
まゆが手のひらサイズの缶を開けると、中にむきだしの白いあめが半分くらい詰まっていた。
でも...今、口の中にあるの、なめるのもったいない...とか言っても無理だよなぁ。
「あと、体温計。熱計ってみな。」
そう言ってまゆが差し出したピンクの体温計は...。
「まゆ、これ、"女性用"じゃないの?」
「別に普通の体温計と変わんないよ。男の子が使ったっていいでしょ?"舌の下"に入れるんだよ。」
まゆは"べー"っと出した舌を指差して言った。
しかし、まださっきのあめが口の中に残ってるんだよなぁ。
「いやだ。ほかの体温計ないの?」
「え〜。仕方がないなぁ。」
まゆは台所の棚をごそごそとし始めた。
ていうか、ほかのあるなら最初っから出せよ!!
「はい。こっちならわきの下でいいよ。」
まゆはスヌーピーのレリーフ(みたいなの)がついた体温計を差し出した。
(なんでいわゆる"普通の体温計"がないのだろう?)

ピピピピピ。
体温計を取り出した俺はその表示を見てしばし固まってしまった。
「どうだった?」
横からのぞきこんだまゆも一瞬固まったようで...。
「え!? 39℃!?」
俺はなんだかその数値を聞いた途端、一気に具合が悪くなったような気分になった。
「どうしよう!! えっと、薬に冷えピタに...あ、こうちゃん、こんな所でぼーっとしてないでちゃんとベッドで寝なきゃ!!」
俺はそんなまゆに思わず笑ってしまうとまゆの手を取った。
「なに?」
「まゆも一緒に寝よ。」
俺の言葉にまゆは一瞬きょとんとしていたが、すぐに"仕方がないなぁ"という感じで笑った。

そして、俺はまゆを抱きしめて眠った。
熱でぼーっとした頭でこんなことを考えながら。
"どんな抱き枕でもまゆよりも俺にぴったりくるのなんてないんだろうなぁ。"
それなのに...。

俺は夢を見た。
内容はしっかりとは覚えていないが突然まゆが俺のそばからいなくなってしまうのだ。
俺はいろんな所を探してまわるのだがどこにもまゆの姿はなく...。

「...!!」
がばっと起き上がった俺はいつものベッドの上にいた。
そして隣を見ると...まゆがいない!!
「まゆ!?」
まさか...さっきのは夢じゃなかったのか...!?
俺がベッドの上で呆然としていると寝室のドアが開いた。
「あ、こうちゃん起きてたの...ってなんで泣いてるの!?」
まゆがびっくりした顔でベッドにかけよった。
俺自身まゆの言葉に驚きながら自分の頬に触れると、確かに濡れていた。
"なんで泣いてるか"なんてこっちが聞きたいよ...。
「どうしたの?なんかあったの?」
まゆはベッドの前にひざまづくと俺の顔をのぞきこんだ。
「...夢で...まゆが、いなくなって...それで...あの...」
いったいなんて説明すればいいんだ!?
おまけにとぎれとぎれに話しながらさらに涙がこぼれていくようだった。
...まったくガキか、俺は!?
あまりの恥ずかしさに顔が赤くなっていくのを感じた。
まゆはそんな俺を見てくすっと笑うと、また俺の額におでこをコツンとした。
「私がこうちゃんのこと、ひとりにするわけないでしょ。」
そう言うと、まゆは俺をぎゅっと抱きしめた。
そのあたたかさに俺は"やっぱりさっきのは夢だったんだ"と実感し、また涙がこぼれそうになった。
そして、俺もまゆをぎゅっと抱きしめた。

「こうちゃん、お腹すいたでしょ。おじや作ってみたんだけど食べられそう?」
「ん。」
「じゃあ、すぐ持ってくるから待っててね♪」
まゆは俺の頬に軽くキスすると寝室から出て行った。
俺はまゆが触れた自分の頬に触れながら思わず笑みがこぼれていた。

ふと、ベッドに作りつけの棚に目をやると昨日の缶入りミントキャンディが置いてあった。
俺は缶を開けると中のひとつをぽいっと口に放り込んだ。
まゆに昨日の"しかえし"をするために(笑)

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

タイトルはKinki Kidsの曲から。あの歌の"とある一節"からこんな妄想話(!?)が生まれてしまいました...^^;(ファンの方ごめんなさいm(_ _)m)
ちなみに、まゆは普段はピンクの方の体温計を使っています(どうでもいい?)
[綾部海 2004.1.27]

100 top / before dawn top