011.柔らかい殻
守ってあげたい

ある朝、おそらく7時ごろ。
いつもはまだ寝ているこの時間になぜか俺は目をさました。
と言ってもまさに"目をさました"だけで頭の中は寝ているような状態だったが...。
「コホ、コホ...」
寝転がったまま目だけ声のした方に向けると、さっきまで俺の隣で寝ていたはずのまゆが上半身を起こした状態で青い顔で咳き込んでいた。
それを見た俺は一気に頭の中も目をさましたようだ。
「まゆ。」
俺が声をかけるとまゆは一瞬びくっとし、それからまだ横になったままの俺へと顔を向けた。
「あ、ごめんね、起こしちゃった?」
弱々しく笑いながら咳混じりでそう言うまゆの腕を俺はぐっと引き寄せた。
「具合悪いんだろ? 無理しないで寝てろよ。」
俺は強引にまゆを寝かせると毛布を掛けた。
どうやらまゆはけっこう長い間さっきの状態でいたらしくパジャマ1枚のまゆの身体はすっかり冷え切っていた。
「あ、でも、こうちゃんの朝ごはん...。」
「朝飯は勝手に食うから!! まゆはちゃんと寝てること!! いいね!?」
「はい...」
まゆがそう言いながら毛布にもぐるのを見届けると、俺はベッドにかけてあったフリースを羽織って部屋を出た。

俺はリビング横の和室で制服に着替えると、ごはんとインスタントの味噌汁とちょっと黄身のつぶれた目玉焼きという簡素な朝食をとった。
はっきり言って全然足りないが、ごはんだけはまゆがタイマーをセットしておいてくれたおかげでいっぱい炊けていたのでおかわりしまくった。

それにしても、どうしてまゆは自分のこととなるとこうも無頓着になるのだろうか?
俺には「受験生が風邪ひいたら大変でしょ!?」といろいろうるさくするくせに。
おまけに、まゆは気管支の持病があるらしく、風邪をひいたり具合が悪くなると咳が止まらなくなることがあるのだ。
以前その"発作"を目の当たりにしたことがあるのだがとてもつらそうで見ているこっちも苦しくなりそうだった。
まゆは「時間が立てばおさまるから大丈夫」と言うが、俺はまゆのあんな姿を見るだけでもいやなのだ。
俺がそう言うとまゆも気をつけてくれているようだったのだがもう忘れてしまったのだろうか...。

気がつけばもういつも家を出る時間になっていた。
起きたのは早かったのだが朝食を作るのに思ったより時間がかかったのだ。
俺は使った食器を簡単に洗うと、学校に行く準備をしようと和室へ行った。
が、ふと思い立ちまたキッチンに戻ると、ウィダーインゼリーと風邪薬、ミネラルウォーターにスポーツドリンクをかき集めテーブルの上の木のお盆に乗っけた。
俺が風邪をひいたときにまゆがいつも用意してくれるものだ。
そして、和室から持ってきた学生鞄を小脇に抱えさっきのお盆を手にするとリビングを後にした。

「まゆ、寝てるか?」
俺はお盆と学生鞄を抱えたまま寝室に入った。
半分寝入っていたらしいまゆは「ん〜」と薄目を開けた。
俺はお盆をベッドのそばの机の上に置くと、まゆのところにかがみこんだ。
「ウィダーと風邪薬、机の上に置いてくから。ちゃんと飲むんだぞ。飲まないと良くならないからな。」
「うん...」
「今日は仕事休みなんだよな?ずっと寝てるんだぞ。」
「うん...」
「じゃあ、俺、学校行ってくるから。」
「うん、いってらっしゃい...」
そう言って弱々しく笑うまゆになんだか俺はドキッとしてしまった。
そして、まゆの額にキスして耳元に「いってきます」とささやくと、ダッシュで部屋から出た。

エレベーターが6階に着くのを待つ間俺は一生懸命息を整えていた。
なんだか弱っているときのまゆっていつもより色っぽいっていうかなんと言うか...って俺、朝から何言ってるんだ!?
でも...まゆは俺がこんなにドキマギしていること知らないんだろうなぁ...、と思いながら俺はエレベーターに乗った。

そして、学校に着いてからも俺はまゆのことが気になって仕方がなかった。
"まゆ、ちゃんと薬飲んだかなぁ..."とか"また発作起こしてたらどうしよう..."とか考えていて授業どころではなかった。
あぁ、やっぱり学校なんか休んでまゆのそぱにいればよかった!!、と頭を抱えていたら...。
あれ? クラスのみんな、くすくす笑ってないか?
"なんかあったのかな?"と顔を上げたら...。
目の前に田中先生(クラス担任、数学担当)の顔があった...。
「酒井、お取り込み中のところ大変申し訳ないが...授業、先進んでいいか?」
先生の発言にクラス中大爆笑!!
「は、はい...」
「では、酒井のお許しも出たところで...」
またまた大爆笑...。
そうか、みんな俺が先生に気づかないから笑ってたのか...。

「お前、今日どうかしたのか?」
実は田中先生がけっこう長い間じっと見ていたという話を聞きさらにショックを受けていた俺に保はそう聞いた。
俺がまゆのことを話そうかどうしようか迷っていると...。
「男子〜!! とっととそうじ始めてよ〜!!」
教室担当の女子たちが机を下げ始めた。
その時、あることがピンとひらめいた俺は保の肩をたたいた。
「保!!」
「あ?」
「俺は今日は具合が悪くて早退したから。」
「は?」
俺の発言にあっけにとられている保を尻目に、俺は学生鞄を手にするとダッシュで教室から逃げ出した。
「あ、酒井、さぼり〜!!」
「さぼり〜!!」
教室や廊下でほうきを手にしていた女子たちの声を無視し、なんとか先生たちにも捕まらずに校門をクリアした俺は急いで駅へ向かった。

いつもより大分早い時間の電車に乗り、俺はマンションへと帰った。
おそらくまゆは寝ているだろうから、とできるだけ静かに寝室へと入った。
が、本来枕の上にあるはずのまゆの頭がない...。
俺は一瞬あせったが、そのふくらみから、まゆが毛布を頭からかぶっているらしいことが判明した。
ためしに毛布をめくってみると、まゆが膝を抱えて丸くなってねむっていた。
これはまゆが"猫のポーズ"と呼んでいる体勢だった。
前にまゆが「よくねむれないときは"猫"になるとぐっすりねれるよ」と言っていたのだ。
そういえば、具合が悪いときはよくいやな夢を見たりするから、それでまゆも"猫"になったのだろうか...。

それにしても、こうやって見てみるとこの体勢はまるで"胎児"みたいだな。
ということは、この毛布は母体...というより"殻"か、卵の。
でも、こんなたよりない殻でちゃんと身を守れるのかな?
というより、こんな殻ででも守らなければならないほどまゆって弱かったのか...?
俺は思わずその"殻"ごとまゆをぎゅっと抱きしめた。

「ん...」
いまので目をさましたのかまゆが毛布から顔を出した。
まゆと布団の上に覆いかぶさっているような状態の俺に目をやるとまゆは軽く笑った。
「おかえり。」
「ただいま。」
俺がまゆの頬にキスするとまゆはくすぐったそうに笑った。
「具合どう?」
「ん、だいぶいいみたい。もうばっちり。」
おっとりとそう言うまゆはどう見ても"ばっちり"ではないのだが...。
俺がまた毛布の上からまゆを抱きしめると、まゆはまた笑った。

「あれ?」
まゆの視線がベッドサイドの時計で止まったのに俺はギクッとした。
「なんか帰ってくるの早くない?」
確かにちゃんと授業を6時間受けて掃除もこなしていたらこんな時間に帰ってこれるわけがない...。
さすが"元・うちの高校の教師"だけあってタイムスケジュールは把握しているらしい...。
「あ、き、今日は短縮授業で...」
毛布&俺の腕から抜け出したまゆは真面目な顔で俺をのぞきこんだ。
「ほんとに?」
こういうところはやっぱり"先生"だ。
まゆの"嘘だったらただじゃおかない!!"という視線を直に受けて俺はあっさり陥落してしまった。
「ごめんなさい...そうじさぼりました...。」
「なんで?」
「...まゆが心配だったから...。」
その言葉でまゆは一気に"先生"から"いつものまゆ"に戻ってしまった。
真っ赤になって顔をそむけたまゆを俺は背中から抱きしめた。
「あ、明日、ちゃんとみんなに謝るんだよ!!」
「は〜い。」

いつか俺がまゆをあらゆることから守ってあげられるようになれたらいいな、この柔らかい毛布のように。

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タイトルはユーミンの曲から♪
ちなみに、"猫のポーズ"は友人の受け売りです。
綾部もたまに丸くなって毛布に埋もれています^^;
[綾部海 2003.11.25]

100 top / before dawn top

Photo by イロキチ。