010.トランキライザー
キミノイイトコロ

P.M.9:40 まゆが帰ってきた。
本人は気づかれないようにこっそり入ってきたつもりだろうがもう俺にはバレバレだった。
玄関を通り、寝室のドアの前に仕事カパンを置き(重いのだ)、音をたてないようにリビングの入口のドアを開け、そして...。
「おかえり」
リビングのガラステーブルの前に座っていた俺の背中にまゆがしがみついてきた。
いっしょに暮らし始めたころは毎回"これ"に驚かされていたがもう慣れっこだった。
「...ただいま...」
平然としている俺にまゆはちょっとつまらなそうだった。
「数学?」
まゆは俺の背中にくっついたまま俺の肩にあごを乗せてテーブルの上に広げてあったテキストに目をやったらしい。
「うん。予備校の課題。」
「えらいねぇ...」
「受験生ですから。」
俺が苦笑いしながらそう言うとまゆはひとこと。
「...見習わせたい...」
そう言うと大きくため息をつき俺の肩口に顔をうずめてしまった。
どうやら今日も"噴火直前"らしい...。

まゆは仕事から帰ってくるといつも"こう"なわけではない。
むしろ普通に堂々と(!?)帰ってくることの方が多いのだ。
で、何ヶ月かの"同居"生活の結果...まゆは仕事で異様にストレスがたまったりいやなことがあったときはこういう風になることがわかったのだ。
今日は中3生の授業があったはずだからそこでなにかあったのだろう。
("受験生"に反応するところから見て)

まずは対策1。
「まゆ、腹減ってるだろう?夕飯食べちゃいなよ。」
俺の肩からだらりと伸びているまゆの腕を持ってまゆを立ち上がらせるとキッチンへと連れて行った。
まゆは黙ってキッチンのテーブルに座ったまんまなので、俺がごはんをよそったりおかずを出したりした。
(と言ってもおかず自体はまゆが仕事に行く前に作っておいてくれたものなのだが)
まゆはぽそぽそと食事を始めたが相変わらず静かなままで、どちらかというと不機嫌な顔をしていた。
俺はまゆの向かいの席に座り様子をうかがったが変わる様子はない。
...だめかな...?
日によっては機嫌が悪いのは空腹のせいの場合もあるので、そういうときは食事をすればいつも通りになるのだが...。
しかたがない。 最後の手段か...(というほど大層なものでもないのだが)。

テーブルの皿がほとんどからになってきたので俺はロイヤルミルクティーを入れ始めた。
(といっても粉末のだけどね。これはまゆの大好物なのだ。)
そして、マグカップをまゆに差し出しながらこうきいた。
「今日、仕事どうだった?」
すると、まゆは「待ってました」とばかりに顔をあげた。
「それがねぇ、聞いてよ!!」
まゆはいままで黙っていたのがうそのように、「受験生としての自覚がない」とか「宿題をやってこなくて当たり前だと思ってる」とかまくしたて始めた。
俺はお茶を飲みながら「うんうん」とうなづいていた。

この"最後の手段"のポイントは"俺は聞き役に徹すること"。
別にまゆは俺に相談したいわけではなく、ただ心の中にたまっていたものを吐き出したいだけなのだ。
それに、下手に口をはさむと「わかったような口きかないで!!」と攻撃される可能性大。
そうなるとさらに機嫌が悪くなる場合が多い。 それだけは避けたい。

俺はこの"役"をまゆといっしょに暮らし始めてから身につけた。
最初は仕事のことであれこれ言ってくるまゆを正直うっとおしく思っていた。
「俺に仕事のことを話してもどうしようもないだろう」と思っていたし「なんでそんなことわざわざ俺に話すんだ」とも思っていた。
しかし、実は俺も学校や成績のことなどでまゆと同じことをしているのに気づいたのだ。
ということは、まゆも俺と同じいやな思いをしていたのだろうか?、と考え、"自分がいやなことは人にもしないようにすること"と母に教えられていた俺はまゆに自分のストレスをぶちまけないようにした。

しかし、ある日まゆが言ったのだ。
『こうちゃん、学校とか勉強とか悩んでることとかいやなこととかあったら言ってね。私じゃなんの役にも立たないかもしれないけど、きっと口に出すだけでもすっきりすると思うし。あんまり"もやもや"ためちゃうと身体によくないんだよ♪』

そういえば、まゆに言わないようにしようと決めてからずっとイライラしてたかも、俺...。
それに、まゆの言葉から、本当はまゆは俺にどうこうしてほしいじゃなくてただ聞いてほしいだけなんだということもわかったのだ。
それから、俺もまゆを見習って"聞き役"としての修行(!?)を始めたのだ。
なんかの歌で「君の良いところと同じようなことを出来るようにするから」ってあったし。

ところで、今日のまゆはだいぶうっぷんがたまっていたらしくとうとう泣きが入ってしまった...。
(ちなみに、俺は"ちゃんと話を聞いているふりをしながらほかのことを考えたりする"というワザ(!?)まで身につけてしまった(笑))
俺がテーブルの上のティッシュを差し出すと涙をふいたり鼻をかんだりしながらなおも話は続いた。
なんか"聞き上手"になってから"爆発"の回数増えてないか、そういえば?(汗)

「あ〜すっきりした〜♪」
まゆのマシンガントークもやっと打ち止めになったらしい。
まゆは涙のせいで真っ赤になった顔でロイヤルミルクティーをすすると大きくため息をついた。
「毎回ごめんね。こうちゃんってほんとすごいよね。」
「え?」
まゆの向かいでやはりミルクティーをすすっていた俺はまゆのことばに動きが止まった。
「だって、こんなつまんないどうでもいい話、静かに聞いていてくれるなんて、その年でふつうできないと思うよ。」

 『それはまゆが教えてくれたから。』

そう言ったらこの人はどんな表情をするんだろう?
すぐに見てみたいような、もうちょっと楽しみにとっておきたいような...。


きみのトランキライザー(精神安定剤)はロイヤルミルクティーと、俺...だったらいいのになぁ。


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なんかテーマから微妙にずれてるかも...(ーー;)
タイトルは槇原敬之さんの歌から。晃平くんが"なんかの歌で〜"と言ってたのはこの曲です(^^)
[綾部海 2003.10.28]

※ちなみに季節は今頃(10月)です(本文に入れるの忘れてた^^;)
 [綾部海 2003.10.31]
100 top / before dawn top

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