003.荒野
荒野の歌

「♪わが影の〜ほ〜か〜に〜 ひとつの影もなし〜

また、まゆが変な(俺にとっては)歌を歌い始めた。
台所で洗い物をしながらだ。

まゆは家にいるときはしょっちゅう歌っている。(車の中でもそうだが)
普通に歌っているときもあるのだが、ちょっとおかしなくせがあって、それまで頭の中で歌っていた歌のワンフレーズを突然口に出すのだ。
この前も「♪白骨がころがる〜」と突然歌いだすので、「なんだその歌は!?」ときいたら「『行け行け川口浩』(by 嘉門達夫)」と返ってきた。
(ていうか「川口浩」って誰だ!?)

「♪わが影の〜ほ〜かに〜 ひとつの影もなし〜
歌詞はさっきと同じだけどメロディ微妙に変化。
「♪ンンン〜 ンンン〜
歌詞忘れたらしくハミングでごまかしてる...。
「♪ンンン〜ンンン〜 ンンンンンンン ンンン〜ンンン〜 ンンンンンンン
まだハミング...ていうかほかの歌にしろよ。
「♪お〜お〜いなる〜火車〜火車〜
やっと歌詞が復活、って"火車"!?
「♪しずみゆくか〜 火車〜
.....
「♪荒野のはてに〜 は〜て〜に〜〜〜〜〜

「ちょっと待て!!」
「え?」
一曲完走(!?)して(途中ごまかしながら)満足げだったまゆは驚いてリビングの俺を見た。
「今の歌はなんだ!?」
「え、聞いてたの?」
「そんなことはどうでもいいから!!」
まゆは俺が興奮している(!?)理由がわからず不思議な顔をしている。
「今の『荒野の歌』」
「タイトルはどうでもいい...ってそのまんまか!?」
「小学校か中学校の合唱コンクールで歌った曲なんだけど、なんか急に頭から離れなくなっちゃって...忘れてる部分も多いけど。」
「小中学生にそんな暗い歌うたわせてたのか!?」
確かに合唱コンクールで歌う曲って戦争ものとか暗いの多いけどでもねぇ...。
「そう言われればそうかもね。その当時はあんま気にしなかったけど。」

まゆは洗い物を終えたのかタオルで手をふくとリビングへやってきた。
「そういえば、大学の合唱部のときによく"詩の解釈"とかやったっけ。」
「詩の解釈?」
「うん。歌詩って何を表現してるのかとかどういう状況なのかとかけっこうわかりにくいのあるでしょ?で、みんなでこの歌のこの部分はこういうことを表現している、っていうのをみんなで話し合ったりしたの。」
「なんで? そういうのやんないとだめなの?」
いままでに合唱コンクールとかでいろいろ歌ってきたけど歌詩の意味とかちゃんと考えたことなんてなかったな、そういえば。
「まぁ、別にやんなくても歌うことはできるけどね。私も高校のときとかそうだったし。でも、同じ部分が人によって強かったり弱かったりしたら曲がぐちゃぐちゃになっちゃうし、聴いてる人にも伝わらないでしょ?」
"聴いてる人"!! そんなことまで考えたことなかったよ。
さすが高校・大学と合唱部だっただけあってまゆはこの手のことを語りだすと熱くなってくるようだ。
でも、俺も真剣に楽しそうに語るまゆ見てるの好きだからいいけどね。
「じゃあさ、さっきの歌だったらどんな感じで話し合うの?」
「う〜んとまず自分の意見というか解釈をまとめておくんだけど...。人によって違うけど、私だったらどんな状況なのかをお話にしてみたりしてたよ。」
「状況...まず自分ひとりだけで...あと、荒野にいる...」
「そうすると、なんでこの人はひとりだけなのか?、とか、なんで荒野にいるのか?、って考えるよね。」
なんか推理ものみたい...。だんだんおもしろくなってきたかも、なんだかんだ言っても。
「前に映画かなんかで、宇宙を旅していた人がある星に降り立ったら一面の荒野だった、とかいうのがあったような...。」
「それって、その星は実は荒廃した地球だった、ってやつじゃない?」
むかしTVで観たような気もするが...タイトルも覚えてないや。
「その人ってどんな気持ちだったんだろうね、その荒野が自分のふるさとだった知ったとき...」
ふと、まゆを見てみると、どうやら俺が言ったことを考え始めたらしく、表情がどんどん暗くなっていった...(まずい)。
「家族とか...好きな人とか、きっといたよね...別れるとき、もう二度と会えないなんて夢にも思ってなかったよね...」
「!!」
突然まゆのほほに涙がだーっと流れ始め、俺はめちゃくちゃあせった!!
もうまゆは"ただひとり生き残った地球人"の気持ちになりきってしまっているのだ...。
ほんとにこの人はどうしてこんなに感情移入しやすいのだろうか...。
映画やTVでも悲しい話で泣き、感動的な話で泣き、と泣いてばかりいるし。
俺はまゆを抱き寄せると背中をぽんぽんとたたいた。
「ほら、まゆはいまひとりじゃないだろう。...お願いだから涙ストップさせてくださいよ...。」
しかし、まゆの"泣き"のスイッチは一度入るとなかなか解除されないらしく、まだぐずぐず言っていた。
こういうときの顔を見られるのがまゆはあまり好きではないらしいので、俺はまゆの背中に腕をまわして復活を待つしかなかった。

正直言って、"荒野にひとりぼっちの人"の気持ちを俺は想像もできなかった。
「さびしいんだろうなぁ」くらいは思うけど、あくまでも他人事だ。
それはやっぱりまゆが隣にいるからだろうか?
 
俺のいちばん大事な人がそばにいるから。

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

タイトルはそのまんま"例の歌"から(ほんとに歌詞うろ覚え...)。
綾部にもまゆと同じ"あやしいクセ"があります^_^;
(頭の中でよく白骨がころがったり...←おいおい)
[綾部 海 2003.11.4]

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